第11話

「……私が行けばよかったのかな」



潤が教室から連れ出されて行くとき、私は修じゃなくて良かったと思ってしまった。

このメンバーなら潤が選ばれるのが自然だとも。


そんな自分に気がついたとき、心底恥ずかしくなっていた。

こんな気持になるくらいなら、自分が犠牲になればよかったんだ。

修は潤に成り代わろうとしていた。

私はそれを止めただけだ。



「なに言ってんだよ。そんなわけないだろ」



修の強い声に驚いて顔をあげる。



「こんなことを言うのはダメだってわかってるけど、潤だって、これは自分の役目だってわかってたはずだ」



途端にしどろもどりになり、頬を赤く染めて言い訳を始める修。

その態度に少しだけ胸がドキドキした。


まさか……なんて、こんな状況なのに変に期待してしまいそうになる。

甘い気持ちが浮かんできたとき、食堂のドアが叩かれた。

ハッと我に返って視線を向けるとドアが開いて充たちが戻ってきた。


充も正志も未来も純子も、みんな浮かない表情を浮かべている。

充は疲れたように大きなため息を吐き出して椅子に深く座った。



みんなの様子を見ている限りではなにがどうなったのか全然わからない。

それに、問題の潤が部屋に入ってくる気配がないのだ。

4人の疲れた様子。

そして潤だけが戻ってこないことから嫌な予感が胸に膨らんでいく。



「未来!」



私は椅子に座り込んでしまった未来に駆け寄った。

未来も疲れた表情を浮かべていて、私と視線がぶつかると苦笑いをした。



「潤はどうしたの?」


「大丈夫。トイレによってから戻るって言ってたから」



その返答にひとまず胸をなでおろす。



「そっか。それで、えっと……」



イジメは成功したのか?

そう聞きたかったけれど、言葉が喉の奥にひっかかって出てこない。


こんな質問するべきじゃないと、心のどこかでストッパーがかかっている。

だけど他の子たちも一様に私と同じ疑問をいだいているはずだ。

4人は戻ってきてからひとことも言葉を発さないし、誰かが聞くしかない。



「あ、あのね!」



思い切って質問しようとしたそのときだった。

ガチャッとドアが開く音がして潤が入ってきたのだ。


全員の視線が潤へ向かう。

潤はその視線に一瞬たじろいだ様子を見せたけれど、すぐにいつも通り一番隅っこの席に座ってしまった。

潤の外見だけで言えば特に変化は見られないみたいだ。



「本気で誰かをイジメるなんて、できるわけじゃないじゃん」



未来がため息まじりに言葉を吐き出す。



「小学校の頃とかだったらさ、相手の気持ちなんて考えずに石を投げたりしたかもしれない。でも、今はもう無理だよ」



左右に首をふる未来に私はその手をギュッと握りしめた。



本気のイジメなんてできない。

そうわかっていながらも率先して嫌な役割を受け持ってくれていたんだ。

胸の奥がジンッと熱くなってくるのを感じる。



「嫌な思いをさせてごめんね」



私はイジメる側にもイジメられる側にもならなかった。

けれど、それが正解だったとは思えない。

こうしてイジメを強要されたときには、一番卑怯なことをしてしまったのかもしれないと考えてしまう。



「ううん。こんな思いをするのは普段から評価の悪い私たちだけで充分だよ」



未来はそう言って弱々しく笑ったのだった。


☆☆☆


とにかく潤は無事だった。

そのことで食堂の雰囲気は随分と明るくなっていた。

待っている間に作ったシチューを取り分けて食べている間も、自然と笑みが溢れる。


潤は人一倍の食欲があって、2回もおかわりをしてくれた。

それから全員で教室へ移動して、ダラダラと時間だけが過ぎていく。

なにもやることはないけれど、勉強や読書をする気分にはなれない。

潤は疲れたのか教室の奥で横になり、眠ってしまっていた。



「私達いつまでここにいなきゃいけないんだろうね」



教室の奥の壁を背もたれにして、私は呟く。

隣に座る香が力なく左右に首をふった。



「わからないけど、でも今日はきっと誰も消えないよね?」



そう言われて前方のホワイトボードに視線を向けた。

そこにはまだ『イジメの日』という文字が書かれたままになっている。

なんとなく消そうとしないのは、昨日先生が忽然と消えてしまったのを目撃しているからだ。


先生は文字を半分消したところで消えてしまった。

もし、ホワイトボードに書かれた文字を消すことがトリガーになっているとしたら?



そう考えると、誰もあの文字を消すことができなかったのだ。



「イジメなんて最低」



私は小さな声で呟く。

そのイジメを強要するように書かれたあの文字も、最低だ。



「そうだよね。私は人をイジメるのも嫌だし、誰かがイジメられるのを見るのも嫌」



中学に上がってからは見えるようなイジメは少なくなったけれど、無知だった小学生時代にはよく目撃した。

誰かを蹴ったり、無視したり、物を隠したり。

そうして相手が困っていたり嫌がっている姿を見るのが楽しいときもあった。


思い出すと胸の奥に苦い気持ちが広がっていく。

イジメのターゲットだって誰でもよかった。

誰かがあの子をイジメようと提案すると、それが面白くて参加したりもした。

そんなイジメだから長く続くことはなかったけれど、私は確かにイジメに参加した時期があるんだ。



「あのホワイトボードは私達の関係を壊そうとしてるのかも」



10人しかいない生徒たちにイジメを強要して、人間関係をめちゃくちゃにする。

それが目的であるような気がした。



「でも、昨日のは違ったよね?」



香が首を傾げて言った。



「昨日は誕生日を祝う日だっけ」



「そうだよ。誕生日を祝うことで私達の関係が壊れたりはしないよね?」



「そうだね……」



だとしたら目的はなんなのだろう?

余計にわからなくなって、頭がこんがらがってくる。



「夕飯までまだ時間があるし、少し休もうよ。ずっと考えてたら疲れちゃう」



「うん。そうだね」



私は頷き、香と手をつなぎ合って目を閉じたのだった。

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