第12話

☆☆☆


少しうつらうつらして次に目を覚ましたとき、教室の様子が違っていた。

さっきまでみんな思い思いに座ったり寝転んだりしていたのに、今は全員立ち上がって教室前方に集まっている。



「起きた?」



修が私と香が目覚めたことに気がついて手招きしている。

すぐに立ち上がって駆け寄ると、みんながホワイトボードを取り囲んでいるのがわかった。



「どうかしたの?」



聞くと、ホワイトボードの前に立っていた充が場所を開けてくれた。

そこに書かれていたのは……『イジメの日 失敗』という文字だ。

その文字を見た瞬間血の気が引いていく。



「なにこれ、誰が書いたの!?」



香が悲鳴のような声で質問するが、誰も返事をしなかった。

みんな青ざめて絶句してしまっている。

それだけで誰もこの文字を書いていないことがわかった。



「気がついたら、書かれてたんだ」



どうにか修が声を絞り出して答える。



「でも、イジメ失敗ってどういうこと?」



充たち4人が、潤をイジメたはずだ。

それなのにホワイトボードには失敗と書かれている。

これじゃ矛盾している。



「……きっと、私達が本気でイジメられなかったからだよ」



震える声で言ったのは未来だった。



「え?」



「言ったでしょ。本気でイジメるなんて無理だったって」



確かに未来はそう言っていた。

戻ってきたとき、潤も比較的元気そうにしていた。

それがダメだったっていうこと……?



「潤がイジメられているっていう自覚を持たなきゃダメだったのかもしれないな」



修がポツリと呟いた。

その言葉で全員の視線が潤へ向かう。

潤はぶるぶると強く首を振って自分のせいではないとアピールしている。

そう、潤のせいじゃない。

潤は一番嫌な役目をしてくれたんだ。

私達はそれを助けることすらしなかった。



「失敗ってことは、どうなるんだ?」



正志が乾いた声で聞く。

また、教室に沈黙が降りてきた。

ホワイトボードに書かれたことを失敗すると、どうなるか。

昨日と同じだとすれば、それは……。



「だ、誰かが消える?」



純子が震える声を上げる。



「誰かって誰!?」



もう限界だったのだろう、花が叫ぶ。



「そんなの知らねぇよ!」



充が吠える。



「みんな、ちょっと落ち着こうよ」


「誰かが消えるかもしれねぇのに、どうやって落ち着いていられんだよ!?」



私の言葉は正志によってかき消される。



「嫌だ! 嫌だ! 私消えたくない!」



彩がしゃがみこんで頭を抱える。

あちこちから悲鳴と怒号が聞こえてきて、もう誰がなにを言っているのかわからなくなる。

パニックはパニックを呼んで未来が泣き始めた。

まともに考えられる人間がいなくなる。



「もう、やめてよ!」



思わず大きな声で怒鳴ったとき、ふっと一人分の気配が消えた。

それは全員が気がつく異変で、誰もが一瞬で言葉を失う。

泣いていた未来までも目を丸くして涙が引っ込んでいた。



「潤?」



小さな声で呟いたのは修だった。



「潤、どこにいった!?」



次は大きな声で、教室中に響く声で叫ぶ。

しかしどこにも潤の姿がない。



ついさっきまで潤が居た場所にはただの空間が広がるばかりだ。



「潤が消えたんだ……」



私は愕然としてその場に膝をついてしまった。

全身から力が抜けていって、なかなか立ち上がることができない。



「どうせまた、マジックでしょう?」



言ったのは香だ。

自分で言いながらもそうじゃないと理解しているようで、顔は真っ青だ。



「どこに隠れたの? 出てきてよ」



香は教室後方のロッカーをひとつずつ開けていく。

どれも正方形の小さなもので人が入れるスペースがないことは見ただけでわかるのに。

それでも香はロッカーの戸を開けていく。



「出てきてよ潤!」



次第に声が大きくなり、涙がにじみはじめる。



「悪ふざけはよして!」



最後のロッカーを開けたとき、香もその場に膝をついてしまった。

両手で顔をおおって肩を震わせている。

すぐに駆け寄ってあげたいけれど、動くことができなかった。



「なんでよぉ……」



2日目で潤が消えた。

その事実だけが残ったのだった。


合宿参加者


山本歩 山口香 村上純子 橋本未来 古田充 小高正志 安田潤(死亡) 東花 町田彩 上野修


担任教師


西牧高之(死亡)



残り9名

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