第13話

「誰がやった?」



すすり泣きだけが聞こえてくる教室内に充の鋭い声がとんだ。



「誰も、なにもしてない。見てただろ」



修が私の体を抱き起こしながら答える。

私はどうにか立ち上がったが、すぐにふらついて机に手をついた。



「俺たちは全員この教室内にいた。誰もホワイトボードに近づいてないし、潤を消すようなマジックも使えない」



どうにか冷静になろうと、修はゆっくりと説明をしている。

けれどそれは充を納得させられるような内容ではなかった。



「じゃあ、今の出来事をどう説明すんだよ!」



バンッと壁を叩いて威嚇する充に花と彩が体をビクリと撥ねさせた。



「そういうのやめろよ」



修がすぐに止めに入るけれど、充はそんな修を睨みつけるだけだった。



「この中に俺たちを閉じ込めてる犯人がいる。そうとしか思えねぇ!」



普通だったらそう考えてもおかしくはない。

だけど、この施設内ではすでに普通じゃないことが数多く起こっているんだ。

そんな中で常識的な解決方法なんて、ないんじゃないかと思えてくる。



「それなら、充は今日ここで待機してればいいんじゃない?」



声を震わせて提案したのは純子だ。

純子は無駄に怒鳴り散らす充を睨みつけている。



「なんだと?」


「きっと明日もそのホワイトボードになにかが書かれる。この中に犯人がいるなら、犯人は必ず教室に現れるってことでしょう?」



純子はホワイトボードを指差して説明した。

明日も同じことが起きるかもしれないと想像したら、体中が冷たく凍りついていく。

こんなことが、あと何回続くというんだろう。



「なるほど。犯人が現れたら俺が捕まえればいいんだな?」



充は純子の提案を飲んだようだ。



「本気でそんなことする気か?」



さすがに修は反対みたいだ。

だけど、こうするしか充を納得させる方法はない。

誰もなにもしていないのに現象が起きる。

そう理解すれば、もう誰かを怒鳴るようなこともなくなるはずだ。



「当たり前だろ」



充は簡潔に返事をすると、教室で寝るための準備を始めたのだった。


☆☆☆


ホワイトボードの前に布団が用意され、枕元には野球バッドが置かれていた。

バッドは元々施設にあったもののようで、年季が入っている。

充はそのバッドを両手で握りしめてブンブンと何度も素振りを繰り返す。

こんなことをする犯人を絶対に捕まえてやると、意気込んでいた。



「俺たちはそれぞれの部屋で眠ろう。ちゃんとカギをかけて」



本当は今日もみんなと一緒にいたかったけれど、この中に犯人はいないと断言するためには個々になった方が得策だった。

それぞれカギのかかった個室にいれば、犯人だと疑われる可能性は低くなるから。



「わかった。そうだね」



後ろ髪をひかれる気分になりながらも、私は修の提案を受け入れたのだった。


☆☆☆


昨日はみんなと一緒だったから少しは眠ることができたけれど、1人の今日はさすがに眠りが遠かった。

窓から差し込む月明かりは弱々しくて、部屋の中は暗闇に包み込まれている。

そんな中で目を閉じてみれば、浮かんでくるのは先生と潤の姿ばかりだ。


ふたりともどこに行ってしまったんだろう。

なんの痕跡も残さずに消えてしまったから、死んだのかどうかすらわからないままだ。

布団の中で寝返りをうつと自然と涙が流れてきてしまう。

手の甲で目尻をぬぐい、どうにか涙を押し込める。


眠れなくて何度もスマホ画面を確認してしまうけれど、やはり暗転したままでうんともすんともいわない。

これが使えさえすれば、警察や家に連絡をとることができるのに!



「動いて、お願いだから」



闇雲に画面をタップして、現実から逃れようともがく。

けれどそれは海底まで沈んでから必死で呼吸しようとしているのと同じで、もがけばもがくほど、苦しみにさいなまれるのだった。

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