第5話
もちろん、私も違う。
「今日は8月1日か。でも別に誕生日のヤツはいないんだな?」
先生呼びかけにまた数人が頷いた。
きっと誰かが勘違いしてあんなものを書いたんだろう。
先生はホワイトボードの文字を消していく。
そして私達はまた数学のプリントと向き合う事になったのだった。
☆☆☆
「もう、全然わかんなかった!」
2時間の勉強が終わって昼休憩に入ったとき香が泣きそうな顔で言った。
「私も。もうちょっと簡単な問題にしてくれないと、一週間も持たないよね」
数学と国語のプリントはどちらも難しくて半分も理解できなかった。
ただひとり、修だけは黙々と問題を説いていたから、やっぱり頭がいいんだろうなと関心する。
「さて、今日の昼はオムライスだ」
食堂へ移動してきてから先生が献立を発表する。
最初に聞いていた通り食材は充分にあるので、卵をふんだんに使うことができそうだ。
「俺オムライスって作ったことないな」
偶然近くにいた修が声をかけてきて緊張が走る。
「そ、そうなんだ。簡単だよ?」
「へぇ。さすがだね」
なんでもこなしてしまう修にそう言われると照れてしまう。
「こ、これくらい、練習すれば誰でもできるから」
早口で言いながら大きなボールに卵を割り落としていく。
修にジッと見られていると、つい手元が狂ってしまいそうになるから要注意だ。
「それより、大丈夫?」
泡立て器を使って卵をかき混ぜていると、心配そうな修の目と視線がぶつかる。
「え、なにが?」
「さっき居眠りしてたでしょ? 普段そういうことないから気になってて」
居眠りをしていたところを見られていたことが恥ずかしくて手が止まってしまう。
同時に普段から修が自分を見ていたことがわかって反応に困ってしまった。
私のこと見ていてくれたんだ?
なんて、もちろん言えないし。
「ね、寝不足だったから」
「あぁ、そうだよね。目の下にクマができてたもんね」
「まだ、できてる?」
聞くと修はグイッと体を寄せてきた。
急に近づいた距離に心臓がドクンッと大きく撥ねる。
思わず後ずさりしてしまいそうになるのをグッとこらえた。
「少しマシになってる。昨日は眠れなかったんだっけ?」
「う、うん」
「じゃあ、今日はちゃんと眠れるといいね」
そう言ってニッコリと微笑む顔にやられてしまう。
昨日は恐怖で眠れなかったけれど、今日は別の意味で眠れないかもしれない。
そんな予感がしていたのだった。
☆☆☆
みんなで作ったオムライスはとてもおいしくておかわりまでしてしまった。
お腹がいっぱいになって眠気は加速していく。
午後からも勉強があるというのに、やる気は全く出てこない。
「やっぱり修くんに告白するべきだって!」
連れ立ってトイレにやってきた香が、手を洗いながらそう言ってきた。
「こ、告白なんて、そんな……!」
鏡の中自分の顔は真っ赤だ。
人を好きになったことは何度かあるけれど、告白したことは1度もない。
だいたい、小学校の頃先生を好きになったとか、近所のお兄さんを好きになったとか、その程度の恋しかしたことがなかった。
そんな私がやっと恋らしい恋をした相手が修だった。
「でもさ、修くんも絶対に歩のこと気にしてるって!」
「そ、そうかなぁ?」
首をかしげながらもそれは自分でも実感できていることだった。
この合宿へ来てから、修はなにかと私に声をかけてきてくれている。
でもそれはただの偶然かもしれないし、舞い上がるにはまだ早い気がする。
「とにかく歩はもっと自身持って!」
パンッと背中を叩かれて一瞬のけぞる。
そして私は苦笑いを浮かべたのだった。
☆☆☆
午後からの勉強は自分の苦手科目を自習するというものだったけれど、午前中にも増して教室内はやる気がなかった。
お腹が膨らんでいることもあって、みんな眠気と戦っている。
修だけは黙々と科学の教科書を読んでいて、本当に関心させられるばかりだ。
こうしてはいられない。
修の隣に立ちたいのなら自分だってもっと頑張らない!
そう思い直して自分に気合を入れる。
午前中にもやった数学のプリントを取り出して、できていない部分に目を走らせる。
正直これだけじゃ意味がわからないから、何度も手を上げて先生に質問をした。
学校の授業だといまいち理解できない問題でも、こうして一対一で教えてもらえると頭に入ってきやすい。
どうしてもできなかった問題が解けたときには開放感が体を支配する。
「やった、できた!」
思わず小さな声で言ってガッツポーズを取る。
チラリと香に視線を飛ばしたつもりが、その奥にいる修と視線がぶつかった。
修が口パクで「よかったね」と言うのが見えて、また顔が熱くなる。
私は何度か頷いて、そのままうつむいてしまったのだった。
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