第4話
「歩、顔真っ青だよ! 大丈夫?」
未来が驚いたのはライトで照らし出された私の顔色だった。
でもなんだっていい。
とにかくここから出たい!
こうしている間にもまたさっきの唸り声が耳元で聞こえてきそうで、全身に鳥肌が立つ。
「仕方ない。出るか」
私の異様な怖がり方を見て充がそう判断したのだった。
☆☆☆
あの声が聞こえたのは私ひとりだった。
他の4人は声がしたことを信じていなかったみたいだけれど、たしかに聞こえた!
自分の部屋で頭まで布団をかぶった私は猫のように体を丸めて震えていた。
あぁぁ……うぅう……。
その声は苦しみにうめいていて、助けを求めているように感じられた。
たった一度聞いただけの声が何度も何度も頭の中でリピートされる。
私は両手で頭を抱えて強く目を閉じた。
もうやめて!!
寒くもないのに体の震えは止まらない。
結局一睡もすることなく、朝日が窓から差し込み始めたのだった。
布団の中で起床の音楽を聞いた私はのろのろと上半身を起こして、窓からの日差しに目を細める。
眠れなかったせいで頭が重たくて、体もなかなかいうことをきかない。
それでもどうにか着替えだけ済ませると廊下へ出た。
「歩おはよぉ!」
元気のいい香の声がガンガンと頭に響く。
「って、どうしたのその顔!?」
「眠れなくて……」
「いつものベッドじゃないと落ち着かなかった?」
その質問に私は曖昧に頷き返す。
昨日の出来事は言わない方がいいかもしれないと、なんとなく感じていた。
それから1階まで降りてくるとすでに数人の生徒たちが洗面台に並んでいた。
「おはようふたりもと」
後ろからそう声をかけられて振り向くと寝起きの修が立っていた。
ふらりとした猫っ毛に寝癖がついていて、可愛らしい。
修を見た瞬間眠気が吹き飛んでしまう。
「お、はよう」
たどたどしく挨拶をして笑みを作るけれど、まだ洗顔もしていない自分の顔を覆い隠してしまいたくなった。
「修くんの寝起き、可愛いね」
隣の香がこそっと耳打ちをしてくる。
私は無言のまま何度も頷いた。
修のこんな姿を見ることができるなんて、やっぱり今回の合宿は参加して正解だった!
朝から私の心臓はドキドキと忙しい。
「目の下にクマができてるけど、眠れなかったんだ?」
修に目ざとく見つけられて思わず目元を手で隠す。
「ちょっと、色々あって……」
もちろん、深夜部屋を抜け出したことや入ってはいけない部屋に入ってしまったことは言えない。
「結構繊細なんだな」
そう言って笑う修にドキドキしてしまう。
自分の顔がカッと熱くなるのを感じていると、廊下の奥から純子と未来のふたりがやってきた。
その後方には充と正志の姿もある。
私は咄嗟に4人から視線を離した。
昨夜の話をされるかと思ったが、4人は朝食で何を作るかという話題で盛り上げっていて、ひとまず安堵する。
今の所誰にもバレていないみたいだ。
先生にもバレてなきゃいいけれど……。
再び昨日聞いたうめき声を思い出して、私は一抹の不安を抱いたのだった。
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☆☆☆
結局不安は杞憂に終わった。
先生は朝食を作っている間も、食べている間も特になにも言ってこなかったのか。
本当にバレていないのか、それとも知っていてみんなの前で黙っていてくれているのかはわからないけれど。
怒られるとしても他の生徒たちが居ない場所でだろう。
修に知られることがなくて安心している間に、あっという間に朝食の時間は終わってしまった。
今朝作ったのは卵焼きとウインナーの炒めものだ。
昨日の内にタイマー予約していたお米がまだ炊けていないというハプニングはあったものの、それ意外は楽しい時間になった。
それから1時間後、私達生徒は1階の教室に集まっていた。
これから本格的に勉強が開始されるのだと思うと少し気が重たい。
教室から見える窓の外の景色はだだっぴろいグラウンドだけだし、なんだかちょっと物足りない気持ちになってくる。
席は自由なので私と香は窓際の席に並んで座ることにした。
「最初の1時間は数学のプリントをしてもらう。わからないところがあったら、遠慮なく質問しろよー」
先生はそう言いながら順番にプリントを配ってくれる。
普段は各科目専門の先生がいるけれど、今回は担任の西牧先生ひとりが5科目を教えてくれることになっている。
つまり、私達の成績はそれくらい悪いということなんだけど……。
配られたプリントを見ると軽くメマイを感じた。
白い紙に上から下までびっしりと問題が印刷されている。
これを見ているだけで眠くなってしまいそうだ。
特に寝不足な私は本当に眠ってしまわないように注意しなきゃいけなかった。
「なにこれ、全然わかんない」
隣の香はさっそく頭を悩ませている。
他の子たちも似たりよったりで、西牧先生は開始早々に引っ張りだこだ。
あれだけあちこち行き来していたら、少しくらい眠ってしまっても気が付かれないかもしれない。
私は口元に手を当てて大あくびをする。
あくびをしたせいで涙が滲んできてプリントの文字が読めなくなった。
「歩、全然勉強する気ないでしょ」
香に言われて苦笑いを浮かべる。
今頃になってこんなに眠くなるなら、昨日少しでも眠っておけばよかった。
と、今更後悔してももう遅い。
私は吸い込まれるように夢の中へ落ちていったのだった。
☆☆☆
どれくらい時間が経過しただろうか。
先生の「なんだこれは?」という声が聞こえてきて私の意識が浮上した。
てっきり自分の居眠りがバレたのかと思って緊張したけれど、それにしてはさっきのセリフはおかしい。
居眠りを指摘するなら『起きろ』とか『朝だぞ』なんて言うのが普通だ。
まだ半分眠っている頭を無理やり起こして教室内を見回してみると、みんなプリントに飽きてしまったのか、膝の上で本を広げていたり、スマホをいじっていたりする。
先生は教室前方に置かれているホワイトボードを見つめていた。
「どうしたんですか?」
先生に声をかけたのは未来だ。
「これ、なんだかわかるか?」
そう言って生徒に見えるように体をずらすと、ホワイトボードには『誕生日を祝う日』と書かれていた。
私は目をパチクリさせてその文字を見つめる。
「誕生日って、今日誰か誕生日なの?」
未来が誰にともなく質問するけれど、数人の生徒が左右に首を振っただけだった。
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