第6話
☆☆☆
午後の勉強もどうにか終わって、窓から夕日が差込始めた頃。
教卓の前に立った先生が「今日は1日よく頑張ったな」と、生徒たちを見回した。
ちゃんと勉強していた者。
ほとんどサボっていた者と様々だけれど、みんなの顔にも開放感が浮かんでいる。
この合宿が終わるころにはみんな少しでも勉強が得意になってればいいけれど。
「それじゃこれから休憩して、夕飯の準備を……」
そこまで言って途端に言葉を切る。
先生の視線はホワイトボードへと向いていて、眉間にシワが寄った。
どうしたのだろうと私もホワイトボードへ視線を向けると、そこには『誕生日を祝う日。失敗』と書かれていたのだ。
「なんだこれは」
先生が怪訝そうな表情でホワイトボードへ近づいていく。
「誰だ、ラクガキしたのは?」
先生の質問に答える生徒はいない。
みんな目を身交わせて左右に首を振っている。
でも、勉強の間に休憩時間もあったから、その間に誰かが書いたのだということだけはわかっていた。
こんなラクガキをするってことは、今日が誕生日の生徒がいるのかもしれない。
名前は名乗らずにこっそり祝ってもらおうとしているのかも。
そう考えてクスッと笑う。
こんな回りくどいことをしなくても、みんな祝ってくれるのに。
「もしかして安田じゃね?」
正志の言葉に全員の視線が教室前方に座る安田潤に向かう。
「ぼ、僕じゃ……ないよ」
この合宿に参加して初めて潤の声を聞いたかもしれない。
その声は学校と同じで聞き取れないほど細くて小さい。
「ウソつけ。お前自分の誕生日を祝ってほしいけど言えないからあんなラクガキしたんだろ」
正志はすっかり決めつけている。
潤はうつむいて左右に首をふるだけだ。
「それとも花や彩だったりして?」
未来が潤の隣に座るふたりへ矢面を向ける。
名指しされた花と彩がビクリと肩を震わせた。
ふたりとも地味で目立たないタイプだから、自分の誕生日だということを大々的に言えなかったのかもしれない。
「それなら、祝ってあげたらいいじゃん」
言ったのは香だ。
その声に相手を責めているような響きはない。
単純にお祝い事をしてあげればいいと考えているみたいだ。
私もその意見に同意だった。
ホワイトボードの前に立った先生が潤と花と彩を交互に見つめる。
3人ともとまどい、困っている様子だ。
「もしかして、3人とも違うの?」
私が聞くと3人は同時に頷いた。
その反応に首をかしげる。
他にそれらしい生徒はいないし、どういうことなんだろう?
ラクガキするにしてもその内容がよく理解出来ないものだから、ひっかかる。
「まぁいい。誰かのイタズラだろ」
先生がホワイトボードの文字をイレーザーで消していく。
結局誰が書いたのかわからないままだけれど、気にするような内容じゃないからまぁいっかという雰囲気が教室内に流れる。
それよりも早く教室から出て自由になりたい。
今晩の献立はなんだろう。
そんな私語が聞こえ始める。
私も1日の疲れを体で感じていて、両手を天井へ向けて伸ばす。
ぐーっと体が伸びて気持ちよくなったとき、コトンッと音がした。
その乾いた音はホワイトボード付近から聞こえてきて、ついさっき先生が持っていたイレーザーが床に落ちている。
え……。
突然のことでなにが起こったのか理解できなかった。
ホワイトボードの文字は半分消されて半分残っている状態で、先生の姿がこつ然と消えていたのだ。
「え、なに?」
純子が唖然とした声で呟く。
「先生はどこにいったんだ?」
続いて正志の声。
「意味わかんないんだけど!?」
未来がパニック寸前の高い声を上げる。
私はようやく両手をゆるゆると下ろして教室内を見回した。
先生はついさっきまで確実にホワイトボードの前にいた。
それが今どこにもいなくなっているのだ。
「もしかしてマジックじゃねぇの?」
そう言ったのは充だ。
「ほら、人間が急に消えるやつ」
そう言えば先生は簡単なマジックを練習したことがあると言っていたっけ。
実際に学校の休憩時間にトランプマジックを見せてもらったこともある。
プロのマジシャンとまではいかなくても、結構上手だったはずだ。
「人体が消えるなんて、めっちゃ大掛かりなマジックだよ?」
純子は眉を寄せている。
確かに、床に抜け道があったり後ろの壁がドアになっていたりするのが、人体マジックのタネだ。
この施設にそんな大掛かりなものがあるとは思えない。
「よっし! タネを探そうぜ!」
正志はそう言うと勢いよく立ち上がったのだった。
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