第7話
☆☆☆
一番怪しいのはやっぱりホワイトボードだ。
この教室には黒板があるのに、ホワイトボードも置かれている。
もしかしたら先生が人体マジックをするために事前に用意したものかもしれなかった。
私たちはホワイトボードの前に集まって周辺を取り囲んだ。
「特に変わったところはないみたいだけどな」
修がクルクルとホワイトボードを回転させて確認している。
ペンで書いてみても普通に書けるし、もちろん消すこともできる。
それなら怪しいの床だ。
先生が立っていた付近の床板が外れるようになっているのかもしれない。
そう考えてしゃがみこんで確認していくけれど、それらしい箇所は見当たらない。
ホワイトボード後方の壁にも異常は見られなかった。
「どういうこと?」
香の深刻な声。
未来はすでに青ざめている。
「とにかく先生を探そう。きっと施設内にはいるだろうから」
修の提案によって、私達はそれぞれ先生を探すことになったのだった。
私と香は一緒になって先生が寝ていた1階の部屋を探しに来ていた。
先生の部屋は施設の玄関の真横にあり、さすがにカギがかかっている。
「中にはいないってこと?」
「わからないよ。事務所にカギを借りに行こう」
先生がどんなマジックを使ったのかわからないけれど、建物の外に出ているのは思えない。
私は香を促してシャワー室隣の事務所へと向かった。
事務所のドアは今は普通に開けられていて中に入ることができた。
「失礼します」
いつも職員室に入るときのクセで声をかける。
事務所の中には誰も居なくて電気もついていない。
壁に指を添わせて明かりをつけ、事務所内を見回す。
事務室とは名ばかりの狭い部屋で、デスクはふたつしかない。
奥には一応給湯室らしきものもあるけれど、あまり使われていなさそうだ。
カギがどこにあるかわからないから、充から聞いておけばよかったと一瞬後悔する。
しかし探してるとすぐに見つけることができた。
「これだね」
そのカギは先生の使っているデスクに置かれていた。
銀色のカギを手に取り、事務室を後にする。
早足で先生の部屋まで戻ってカギでドアを開けて中を確認する。
部屋の中はフローリングでベッドとテーブル、テレビなどが置かれている。
私達の部屋よりも少し広いけれど、大差はなかった。
「先生いるんですか?」
部屋の中へ向けて声をかけるけれど反応はない。
私と香は部屋に足を踏み入れて探すことにしたけれど、見る場所と言えばベッドの下か、クローゼットの中くらいしかない。
そしてそのどちらにも先生の姿はなかった。
きっと別の場所にいるんだろう。
そう考えて部屋を出る。
教室へ戻ってみると、花と彩のふたりも戻ってきていた。
「先生いた?」
「ううん、いなかった」
私の質問にふくよかな花が不安そうな表情を浮かべて左右に首をふる。
ふたりはシャワー室とトイレを確認しに行ったはずだけれど、そこにもいなかったことになる。
後は生徒の宿泊する部屋か、食堂くらいしか残されていない。
本当にどこへ行ってしまったのだろうかと不安が膨らんできたとき、他の生徒たちも次々と教室へ戻ってきた。
みんな一様に暗い顔をして左右に首をふる。
「どこにもいないなんて……」
椅子に座り込んでしまった未来が呟く。
唇まで青ざめていて、今にも倒れてしまいそうだ。
「そんなはずない! 絶対どっかにいるって!」
充は苛ついた様子で教室内を歩き回り、叫ぶ。
みんな焦りと不安を抱えているのがわかった。
「そうだ。先生に電話してみればいい!」
ハッと顔を上げて発言したのは修だ。
そうだ!
どうして最初からそうしなかったんだろう!
目の前で先生が消えたことに気を取られてしまって、そんな簡単なことに気が付かなかった!
とにかく先生に連絡を取ることができればすべて解決する。
そう思うと安堵感から笑みが浮かんだ。
さっそく充がスマホを取り出して画面を操作しはじめる。
これでもう大丈夫だ。
そう思ったのもつかの間だった。
「さっきまで使えてたのに、おかしいな」
充がスマホ画面を見つめて首を傾げている。
「どうした?」
「スマホの調子がおかしいみたいだ。画面が真っ暗なままで使えない」
そう言ってみんなにも見えるように暗転した画面を見せてくる。
「じゃあ、俺のスマホで」
正志が自分のスマホを取り出すが、その表情もすぐに暗くなる。
「おい、なんかおかしいぞ。みんなのスマホも確認してくれ」
正志は自分のスマホも使えなくなっていることを告げて、そう言った。
私は慌ててポケットからスマホを取り出して確認する。
画面をタップしてもなんの反応もないことに焦りが増していく。
「先月買ったばかりなのに、なんで!?」
思わず声が漏れた。
他の子たちのスマホも画面は暗転したままで、うんともすんとも反応がない。
「事務所の電話からなら連絡が取れるんじゃない?」
言ったのは香だ。
香のスマホも使い物にならなくなっていたけれど、比較的冷静でいるかもしれない。
「誰か先生の電話番号を覚えてるか?」
修の問いかけに手を上げたのは潤だった。
潤はうつむき加減でおずおずと右手を胸の辺りまで上げ、すぐに下げた。
「よし、じゃあ行こう」
☆☆☆
とにかく先生と連絡が取れればそれで安心できる。
冗談やめてよと笑って許すことができる。
事務室までやってきた私達は祈るような気持ちで、潤が電話番号を押すのを見つめる。
潤の指先は迷いなく先生の番号をプッシュしていく。
どうして番号を覚えていたのか気になったけれど、今はそれどころではなかった。
最後まで番号を押し終えた潤に期待の視線が集中する。
受話器からは微かにコール音も聞こえてきているから、これで先生が出てくれれば……。
祈る気持ちになった次の瞬間、潤が「ひっ」と小さく悲鳴を上げて受話器をデスクに落としていた。
ゴトンッと鈍い音が響く。
「どうした!?」
修がすぐに聞くが、潤は目を丸くしたまま硬直してしまっている。
落下した受話器から微かに聞こえてくるのはザーザザーという砂嵐の音だ。
「もしもし先生? もしもし!?」
修が受話器を耳に当てることなく、声をかける。
しかし先生の声は一向に聞こえてこない。
それどころか砂嵐の音は徐々に大きくなっていくようだ。
「おいお前! ちゃんと先生の番号にかけたんだろうな!?」
正志が潤に詰め寄る。
潤は青ざめた顔で何度も頷いた。
今にも泣き出してしまいそうだ。
「もう1度かけ直してみよう」
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