第15話

この煙についていけば外に出られるんじゃないかと、淡い期待を持ってしまう。

しかし屋上のフェンスまでやってきたとき、私の体は見えない何かによって突き放されていた。

玄関から出ようとしたときと全く同じ現象だ。


ふらふらと後退して立ち止まる。

やっぱりダメなんだ。

煙は施設から出ることができても、自分たちは出られない。

どこもかしこも、閉ざされている。

絶望感が胸に押し寄せてきたとき、修が私の肩に手を置いた。



「大丈夫?」


「う……ん。大丈夫」



どうにか頷いて微笑むけれど、ひきつった笑顔になってしまった。



「これだけ頑張ってるんだ。きっと助けにくるよ」



振り向くと火は大きくなっていて、煙を空へと巻き上げていたのだった。



3日目


私達がやるはずだったプリントは残り半分ほどの量になっていた。



「本当は今日も勉強してるはずだったんだよね」



炎から離れた場所に座って香は煙を見上げている。



「そうだね……」



合宿に来るのは正直面倒だと感じていたけれど、こんなことになるくらいなら、普通に勉強していた方がよかった。

少なくても、1日に1人ずつ誰かがいなくなってしまうなんて、こんな経験はせずにすんだだろうから。



「まだ紙は沢山あるから持って来ておこうか」



真夏の今、太陽が高くなればなるほど火を焚くのは大変な作業になる。

そうなる前にやれるだけのことはやっておきたい。



「私も手伝うよ」



そう言って立ち上がったとき、バタバタバタバタと、今朝聞いたばかりのあの音が聞こえてきたのだ。

ハッと息を飲んで空を見上げる。



眩しい太陽の中に小さな飛行物体があるのが見えた。



「ヘリだ!!」



修が叫ぶ。

香が勢いよく立ち上がってヘリへ向けて両手を振り始めた。



「助けて! 助けて!」



大きく両手を振ってその場でジャンプをする。

ヘリの中から私達はどんな風に見えているだろう?

もしかしたら、豆つぶくらいにしか見えていないのかもしれない。

人に見えているのかどうかも怪しい。


それでもいい。

少しでも異変を感じ取ってくれればそれでいいんだから。



「おーい! ここにいるんだ!」


「助けて! お願い!」



ふたりの声がヘリのプロペラ音によってかき消される。

小さく見えていたヘリはどんどんこちらへ近づいてきているのだ。

これなら気がついてもらえるかもしれない!



「助けて! ここにいるの!」



目一杯声を張り上げ、火のついたプリントを掲げる。



ヘリはバタバタと騒音を撒き散らしながら施設の真上辺りを通り過ぎていった。



「私達のこと見えてたかな?」



ヘリが通り過ぎてしまってから、香が呟く。



「きっと見えてたよ! 煙だって、SOSだって準備してたんだから!」



私は力強く答えた。

これで助けがくるはずだ。

このときは、そう思って疑わなかったんだ……。


☆☆☆


「どうして誰も来てくれないの……」

私はどん底へ突き落とされた気分で呟いた。

ヘリが上空を通り過ぎていってから1時間は経過しているはずだ。

だけど未だに誰かが来てくれる気配はない。

空は青く澄み渡っていて、雲が徐々に少なくなっている。



「大丈夫。きっと、もうすぐだから」



そう言う修の顔には疲労が滲んできている。

さすがにここまで誰も助けに来ないのはおかしいと、感じ始めているはずだ。

あれだけ至近距離で飛行したのに、まさか気がついていないなんてこともないと思う。



「……もしかして、見えてなかったのかも」



座り込んでいる香が呟く。



「え?」



私は驚いて聞き返した。



「ほら、この施設ってなにかおかしいじゃん? だから、ヘリから私たちの姿は見えていなかったのかも」


「そんな……そんなことあるはずないよ」



否定しながらも、もしそうだったらという予感が拭えない。

これだけ待っても助けが来ないということは、それなりに理由があるはずだからだ。


もしヘリから私達の姿が見えていなかったとしたら?

煙や、SOSすら見えて居なかったとしたら……?

ここでいつまでも助け絵を待つこと事態が無謀なことなのかもしれない。



修はさっきから同じセリフを繰り返している。

もう限界だ。

ずっとここにいるわけにもいかないし、一度室内へ戻って休まないといけない。


今の時刻もわからないし、そろそろ朝食の準備だって必要だ。

ここを離れる理由をあれこれ探して自分に言い聞かせるけれど、ほんの小さな期待が胸につっかえてなかなか動くことができない。


もし、私達がここを離れたあとで助けがきたら?

その時室内にいて、気がつくことができなかったら?

そんな想像をしてしまう。


自分の中でどうすればいいのか決着がつかずに動けないままでいたとき、ドアが押し開かれる音がして振り向いた。



「みんな、ここにいたんだ」

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