第16話

そこに立っていたのは彩だ。

足を怪我している彩がどうしてわざわざ屋上に?

そう思ったが、その顔色の悪さを見るとなにがあったのか安易に想像できてしまった。



「また、ホワイトボードに指示が出たの」



その言葉に呼吸が止まる。

ついさっきまで助かるかも知れないと期待していただけに、絶望感ははてしなかった。

その場に崩れ落ちてしまいそうになるのをなんとかこらえて、私は香と修へ視線を向けた。

早く教室へ行ってみんなと合流しないと、それこそ犯人扱いされてしまうかもしれない。



「……行こう」



私は力なくふたりをうながしたのだった。


☆☆☆


教室へ入ると他の子たちが全員集まっていた。

みんなホワイトボードの前で棒立ちになったり、座り込んだりしている。

私たちが教室へ入っても誰も反応を示さないくらいに疲れ切っていた。



ホワイトボードに近づいて今日書かれていることを確認すると「グラウンド100周の日だってさ」と、純子が呟いた。

その声は自虐的な笑いを含んでいる。



「100周って、走るってこと?」


「普通に考えたらそうだよね。だけどそうは書かれてないからわからない」



誰にともなく聞いた質問に純子が早口で答えた。

この炎天下の中で100周もしたら倒れてしまう。

下手をすれば死んでしまうかもしれない。

昨日よりもさらに過酷な命令に目の前が真っ暗になってしまいそうになる。



「走れとも書いてないし、休むなとも書いてない。たぶん、自分たちのペースで大丈夫なんだと思う」



願うような声色で言ったのは彩だ。

彩は足を怪我しているから走るのは到底無理そうだ。

彩の隣にいる花もふっくらとした体型で運動は大の苦手だったし、ふたりにとってはこの試練はかなり厳しいものになる。



「でも問題は、フラウンドに出られるかどうかだよな」



冷静に言ったのは正志だ。



「そうだよね。私達施設から一歩も外に出られなかったんだし」

屋上のフェンスに近づいただけでもなにかの力によって弾き戻されてしまった。

それなのにグラウンド100周なんてできるはずもない。



「それで、犯人は誰だったんだ?」



いきなり話題を変えたのは修だった。

修の視線は充へ向いている。

壁際に座り込んでうつむいていた充がゆっくりと顔をあげる。

その目はまだ充血していて、眠れていないことがわかった。

充の足元にはバッドが転がっているけれど、使ったのかどうかはわからない。



「いや……」



充は力なく左右に首を振った。



「ずっと教室にいたけど、誰も入ってこなかった。気がついたら、文字が書かれてた」



その言葉に未来が頭を抱えて声にならない悲鳴を上げる。

本当はずっと前から非現実的な現象が起こっていることには気がついていた。

けれど、実際に犯人がどこにもいないとわかってしまって、更に追い打ちがかけられたのだ。



「もしかしたら充が犯人だったりしてね?」



攻めるような声で言ったのは純子だ。



「なんだと!?」



充がバッドを握りしめて勢いよく立ち上がる。



「だって、ずっと教室にいたのは充だけでしょう!?」


「俺は犯人を探すために教室に残ったんだ!」


「そんなこと言って、自分が犯人だったってケースもあるじゃん!」



罵倒し合うふたりの間に修が無理やり割って入った。



「今喧嘩してる場合じゃないだろ!」



修の怒鳴り声にふたりは肩で呼吸をしながらも黙り込む。

お互いに視線を合わせないようにそっぽを向いてる姿は、今までの関係が嘘みたいだ。



「お前はどうなんだよ」



充が修へ視線を向ける。



「ヘリがどうこう言ってたよな? 助けは来るんだろうな!?」



矛先を向けられた修がたじろぐ。

ヘリはたしかに飛んでいた。

この施設の上空を過ぎ去っていった。

でも……。



「わからない。助けは、来ないかも知れない」



修が苦しげな声で呟く。

充がハッと息を吐き出した。



「なんだよそれ。助けが来てくれるっていうから、お前を通したんだろうが!」


「ヘリはいたんだよ! だけど、私達に気がついてなかったかも」



咄嗟に助け舟を出す。

今度は充が私に視線を移動させた。

その目は獲物を狩る野生動物のようで、寒気が走った。



「なんだそれ。助けてもらうために屋上に出たんだろ!? なんで助けが来ねぇんだよ!」


「怒鳴らないでよ! 私達だって頑張ったんだから」



充の攻撃的な態度に思わず涙が滲んでくる。

外へ出たい。

助かりたい。

それはみんな同じはずなのに、どうしてこんなにから回って攻撃しあってしまうんだろう。


もっと、協力できるはずなのに。

うまくいかなくて歯がゆくて、唇を噛みしめる。



「ここに来てからずっとおかしなことが続いてるんだよ。ヘリが私達を認識しなくても不思議じゃないかも」



冷静に言ったのは未来だ。

その声に少しだけ心が落ち着く。



「施設の外にいる人間には認識してもらえないってか? ふざけんなよ」



充はまだ納得していない様子だけれど、バッドを投げ出して攻撃的な態度はやめた。

これで少しはまともに会話ができそうだ。



「とにかく、今日の命令に従わないといけなさそうだよな」



正志がホワイトボードを指差す。

このまま助けが来ないということは、命令に従わないとまた誰かが消えてしまうということだ。

私はゴクリと唾を飲み込んだのだった。

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