第17話

☆☆☆


それから私達は玄関前まで移動してきていた。

まずは外に出ることができるかどうかが問題だった。

修が一歩前に出て、手をのばす。


その手の平が玄関ドアよりも先へ出るのを確認して、また一歩全身した。

恐る恐る。

だけど確実に前へ前へと進んでいく。



「嘘……」



修の体が完全に外へ出た瞬間、声が漏れていた。

外に出られる!!

そう確認した瞬間、私達は同時に駆け出していた。

上履きのままで外へ走り出す。



「誰か助けて! 誰かー!!!」



森にこだまする声で香が叫ぶ。



「俺たちここにいるぞ! 助けてくれ!」


「誰かー!!」



それぞれが力の限り絶叫を上げる。

その声は山に反響して、そして消えていくばかりだ。



「近くには誰もいないのかもしれない。このまま下山しよう」



なんの反応もないことを確認して修が動き出す。



私はその後に続いて歩き出した。

広いグラウンドを歩いていると風が吹き抜けていって、少しの開放感を覚えることができた。


これで私達は脱出できる……!

高いフェンスで覆われたグラウンド。

その入口へと足を進めていく。

しかし修は入り口の手前で立ち止まった。



「どうしたの?」


「念の為に確認しておかないと」



そう言うと落ちていた木切れを手に取り、入り口へ向かって投げた。

木切れはパンッと音を立ててなにかに弾き返され、修の足元に転がった。



「そんな……!」



ころころと転がって止まる木切れに泣きそうになる。

せっかくここまで来ることができたのに、ここから先へは行けないということだ。



「なんだよ、早く外に出ろよ!」



木切れが弾き返されたところを見ていなかったのか、充が勢いよく走ってきた。

その表情は外へ出られるものだと思い込んでしまっている。



「ダメ!」



咄嗟に声をかけたけれど充の勢いはとまらず、思いっきり弾き返されてしまった。

グラウンドに砂埃を上げながら倒れ込む。



「充!?」



未来が慌てて駆け寄ってくる。



「いってぇ……」



体のあちこちを擦りむいてしまって血が滲んでいる。

これからグラウンド100周しなければいけないのに!



「大丈夫?」


「くっそ。出れねぇなら先にそう言えよ!」



未来の心配を無視して唾を飛ばす充に修はなんとも言えない表情を浮かべた。



「……とにかく、グラウンド100周はするしかなさそうだな」



修はポツリと呟いたのだった。


☆☆☆


派手に飛ばされた充だったけれどケガは大したことがなさそうで、今はみんなと同じようにグラウンドの中央に集まっていた。

血もすっかり止まったみたいだ。



「100周なんて無理だよ、できないよ」



震える声で呟いているのは花と彩だ。

ふたりはこの9人の中でも1位2位を争うくらい運動が苦手だ。

特に彩は今足を怪我しているから、歩くスピードだって遅いくらいだ。


そんな中でグラウンド100周なんて、本当ならさせるべきじゃない。

だけど命令に従わなければ消えてしまうかもしれないんだ。

誰も彩に『休んでいていいよ』と、声をかけることなんてできなかった。



「グラウンドを走るペースはみんなバラバラだと思うから。自分で何周目かちゃんとカウントしておこう」



全員に声をかけたのは修だ。

太陽が登りきってしまう前に初めてしまいたいと思っているみたいで、さっきから仕切りに空を気にしている。

今日も晴天で、雲ひとつない青空が広がっている。

こんな状況じゃなければ気持ちのいい1日になりそうだと、期待していただろう。



「やっぱり走らないといけないのかな」



不安な声を出したのは彩だ。

私は彩の背中に手を伸ばして優しくさすった。



「ホワイトボードには歩くなとは書かれてなかったから、大丈夫だと思う」



本当のところはどうなのかわからないけれど、今はそう言って彩のやる気を引き出すしかない。

昨日、潤のことを本気でイジメることができなかったことを思い出すと、走ることが正解だとも思うけれど、それは言わなかった。



「そうだよね、大丈夫だよね?」



彩がすがりつくように繰り返し聞いてくるから、私は何度も「大丈夫だよ」と、繰り返した。

花と彩には頑張ってもらわないと、今日もまだ誰かが消えることになる。

それだけは避けたい。


絶対に。

それから私達の過酷な時間が始まった。

山を切り裂いて作っているグラウンドは学校のグラウンドよりも少し広くて、一周するだけでも時間がかかる。

体感的には1周するのに1分。


このペースで100周するってことは、100分走り続けることになる。

ずっと同じペースで走れるわけじゃないから、3時間くらいはみておいた方がよさそうだ。



3時間走る。

体力が続くだろうか?

途端に不安が胸に膨らんでいく。


彩には歩いてもいいよと声をかけたけれど、自分だって最後の方には走れなくなっている可能性が高い。

不安が募ると自然と走るペースが早くなってきてしまう。

こんなこと早く終わりたい。

少しでも早く部屋に戻りたい。

そんな気持ちに後押しされて足が前へ前へと進んでいく。



「大丈夫か?」



後ろから声をかけられたかと思うと、修が隣にやってきた。



「まだ、大丈夫だよ」


「そうじゃなくて、いきなりペースが早くなったから気になって」


ふたりで並んで走りながらそんな会話をする。



「ちょっと……不安になっちゃって」


「不安か。そうだよな。グラウンド100周って簡単なことじゃないもんな」



修はまっすぐ前を睨みつけて走っている。

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