第37話
もっとなにか別の視点で考えないといけないのかもしれない。
見落としているところがあるのかもしれない。
乱暴にファイルをめくっていくと、利用者たちの名簿の一覧が出てきた。
そこに視線を走らせていると田中と小原の名前を見つけることができた。
ということは、この当たりに少年の名前もあるはずだ。
だけど肝心の少年の名前だけが未だにわからない。
もどかしい気持ちになったとき、修が横からファイルを指差してきた。
「これ!」
指先に書かれていた文字は生徒たちの誕生日で、8月1日と書かれた生徒が1人だけいる。
「これって……」
全身にゾワリと鳥肌が立った。
8月1日は少年が部屋に閉じ込められ、そして命を落とした日。
そしてその少年の名前は……三谷敦。
私達はここまできてようやく少年の名前を知ることができたのだ。
それだけで全身から力が抜けていき、座り込んでしまいそうになる。
「覚えてるか? 最初の命令を」
「最初の命令……」
聞かれて必死で記憶をたどる。
色々なことがありすぎて忘れてしまっていたけれど確か「誕生日を祝う日」だったはずだ。
「そうだよ。あの日は8月1日だった!」
修が大きく目を見開いて叫ぶ。
あ……!!!
やっとわかった。
三谷少年が私達になにをしてほしかったのかが。
理解したと同時に大粒の涙がこぼれ落ちていく。
三谷少年はあの日誕生日で、クラスメートに呼ばれたことで心を踊らせていたのではないだろうか。
誰かが自分の誕生日を覚えてくれていて、お祝いしてくれるんだと喜んでいたんじゃないだろうか。
それが、無残にも打ち砕かれたのだ。
最も悲惨な形で。
三谷少年は死ぬ寸前まで、そのことを考えていたんじゃないだろうか……。
「少し遅れたけど、誕生日会をしよう」
修が重たい声でそう宣言したのだった。
誕生日会
私と修は馴れない作業で四苦八苦しながらも誕生日ケーキを作っていた。
食材の中に生クリームがなかったからスポンジケーキだけれど、沢山のお菓子を飾り付けした。
初めて作ったケーキはあまり膨らまずに不格好だったけれど、気持ちだけは沢山込めた。
それから私達は折り紙を使ってあの部屋を丁寧に飾り付けていった。
ドアの御札も窓の御札もすべてとっぱらって、子供が好きそうなカラフルな部屋に仕上げていく。
誕生日プレゼントはみんなの持ち物からひとつずつ拝借して、キレイにラッピングした。
いつかの合宿参加者たちが残していった包装紙があったから、それを使わせてもらった。
沢山の飾り付けに、沢山のプレゼントを用意して、私と修は部屋の電気を消す。
そして、ロウソクを立てたケーキを持って再び部屋のドアを開けた。
ドアを開けた瞬間、足元から寒気が這い上がってきて思わず悲鳴を上げそうになる。
いる。
今ここに、いる。
それがしっかりと理解できる寒気だった。
御札をすべて取っ払ったせいだろう。
「ハッピーバースデートゥーユーハッピーバースデートゥーユー」
恐怖心を抑え込んで歌を歌う。
1年の中で一番ハッピーな歌を。
「ハッピーバースデートゥーユーハッピーバースデーディア三谷くん! ハッピーバースデートゥーユー」
部屋の中央で歌いきった次の瞬間、ふっと空気が揺れてロウソクの炎が吹き消された。
ロウソクが消える寸前に、色白のきれいな男の子の顔が見えた気がした。
すぐに電気をつけたけれどその少年はすでにどこにも姿がなく、その代わりに準備していたプレゼントが忽然と消えていた。
「プレゼント、気に入ってくれたかな?」
「きっと気に入ってくれたよ」
後に残されたのはロウソクの煙の匂いと、私たちふたりだけだった。
☆☆☆
その日、私達は三谷くんが死んだ部屋で眠った。
寒気はすでに消えていて、不思議ともう怖いと思うことはなかった。
今部屋の中はとても静かで、どこか暖かな空気も感じている。
布団も出さずに畳の上で雑魚寝をしてしまった私達の頬には畳のあとがくっきりと残っていて、ふたりして指差し合って大きな声で笑った。
それからシャワーを浴びて体の汚れを落とし、久しぶりにまともな朝ごはんを用意した。
こんがりと焼いた食パンにコーンスープだ。
向かいあって座って食事を終えると、私達は手をつないで教室へ向かった。
毎日毎日自分たちに命令を下していたホワイトボードがそこにある。
今朝もまたなにか書かれていたとしたら……私達にできることはもう、なにもない。
前へ進む足取りが少しだけ遅くなって、緊張から呼吸が浅くなる。
「俺1人で確認してこようか?」
修の申し出をやんわりと断って、ふたりでホワイトボードの前に立つ。
そこには……なにも書かれていなかった。
真っ白はホワイトボード。
その前に呆然と立ちつくす私達。
命令が書かれていない。
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