第20話

☆☆☆


香を抱えるようにして歩いて教室へ戻ってきた。

修たちが拍手で香を出迎えてくれる。

香はそのまま倒れるように床に崩れ落ちてしまったけれど、その表情は満足そうだ。

それから未来と純子のふたりも教室に戻ってきて、残るは彩と花のふたりだけになっていた。



「随分と暑くなってきたな」



窓から空を見上げて修が呟く。

太陽はとっくに頭上まで登ってきていて、どんどん気温を上昇させている。

長時間グラウンドにいるふたりの汗はここから見ても尋常ではなかった。



「水分補給ってすることはできないのかな?」



このまま走り続けていればいずれ倒れてしまう。

そうなる前に休憩を挟むことができればいいけれど。



「わからない。ホワイトボードに詳細は書かれてないもんな」



修が眉根を寄せて言った。

ホワイトボードは私達に命令するばかりで、その詳細がどうであるかも教えてくれることはない。

私達の分は随分と悪いものだった。


結局、休憩に入るように声をかけることもできないまま、時間だけが過ぎていく。

走り終わった生徒たちもみんなでふたりを応援する。

けれど彩と花の歩調はどんどん遅くなっていくばかりだ。



最初は彩のことを気遣っていた花だったけれど、ここにきて肥満体が仇になってきている。

今は彩よりも花の方がずっと苦しそうだ。

あえぐように上を向いて走る花の様子は明らかに危険信号だった。



「花! ちゃんと前を見て走らないと!」



声をかけても反応がない。

ふらふらとよろめきながら前へ進む花は、そのまま前倒しになって倒れてしまった。



「花!?」



窓から身を乗り出して声をかける。

花はきつく目を閉じて少しも動かない。



「行ってみよう」



修がそういったときだった。



「もう、遅いかもしれない」



正志の小さな声が聞こえてきて私達は動きを止めた。



「遅いってなにが?」



キョトンとして聞き返すと、正志が教室前方を指差した。

そこにはホワイトボードがある。

そこに書かれている文字に気がついて私は目を大きく見開いた。



今朝見たのとは違う文字が書かれている。

それは……。



『グラウンド100周 失敗』


「え、なんで……」



思わず声が漏れていた。

昨日までは命令が書かれて夕方になるまでは『失敗』と書かれることはなかったはずだ。

なのにどうして今日はこんなに早く判断されているんだろう。

時計へ視線を向けてみると、時刻はまだ昼を過ぎたところだ。

どう考えても早すぎる。



「……走ってないからかもしれない」



未来がポツリと呟いた。



「ふたりとも、さっきからずっと歩いてたよね。それがダメだったのかも」


「でも、それならもっと早い段階で失敗って書かれてないとおかしくない?」



私は未来の言葉に反論するように言った。

彩と花のふたりは私達が走っているときから、歩き始めていた。

それははっきりと覚えている。



「他の人達が走ってたから、失敗にはならなかったのかも。だけどみんなクリアしてふたりだけになっちゃったから……」



未来はそこまで言って言葉を切った。

ただの憶測でしかないけれど、そうなのかもしれない。

さっきまでは他の生徒たちが走っていたから、命令をちゃんと聞いていると認識されていたのかも。

だけどふたりだけになると、命令に背いていることになる。



「今度は誰が消えるんだ?」



充の声にゾワリと全身に鳥肌が立った。

そうだ。

この文字が書かれたということは、また誰かが消えるということだ。



「嫌だ! 私は消えたくない!」



香が頭を抱えてうずくまる。

『誕生日を祝う日』では先生が。

そして『イジメの日』では潤が消えた。


そこになにかの法則があるのかもしれないけれど、考えている時間はきっとない。

どうすることもできないの……?

頭の中は真っ白でなにも考えることができなくなってしまう。

教室で棒立ちになっていたとき、突然純子が「キャア!」と悲鳴を上げた。



純子は窓の外を指差している。

すぐに窓に駆け寄ってグラウンドを確認したけれど、そこにはなにもなかった。

そして、誰もいない。



「嘘、彩と花は!? どこに行ったの!?」



さっきまでグラウンドにいたふたりがいなくなっている。

足を怪我していた彩と、倒れてしまった花がこんなに早く移動するなんてことはありえない。

だとすれば……。



「今度はふたりが同時に消された……?」



自分で呟いて喉の奥から悲鳴が漏れ出した。



「ふたり同時ってなに!? そんなことあるの!?」



香がパニックになって叫ぶ。

私はぶんぶんと左右に首を振った。



「そんなのわかんないよ! でも、いなくなったじゃん!」



命令に背いたふたりが同時にいなくなった。

ということは、これから先も同じように複数人が同時に帰されることがあるかもしれないと言うことだ。



恐怖で立っていられなくなったとき、修が駆け寄ってきた。



「落ち着いて」



私の体を抱えるようにしてゆっくりと座らせる。

私はパニックで浅くなった呼吸をどうにか整えた。



「ふたり同時に消えるなんて、そんなの聞いてない!」


「みんなだって同じだ。とにかく俺たちは助かったんだから、しっかりしないと」



修が励ましてくれているのは理解できるけれど、納得はできなかった。

しっかりしないといけない。

でも、しっかりしたところでここから脱出することはできない。

そんな言葉が頭の中でグルグルと駆け巡っていたのだった。




合宿参加者


山本歩 山口香 村上純子 橋本未来 古田充 小高正志 安田潤(死亡) 東花(死亡) 町田彩(死亡) 上野修


担任教師


西牧高之(死亡)



残り7名

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