第23話

「教室では今誰が死ぬかでもめてる。修が止めに入ってるけど、それもいつまでもつかどうかわからねぇ」


「そんなっ!」



すでに誰かを犠牲にすると決めている子たちが、香を助けてくれるとは思えない。

私は唇を引き結んでフェンスに近づいた。

それなら、自分がやるしかない。



「香、大丈夫だからね。今そっちに行くから」


「来ないで!!」



香がようやく振り向いた。

その顔は涙がグチャグチャに濡れている。

死ぬことへの恐怖が張り付いている顔だった。



「私なら大丈夫。これで楽になれるんだから、大丈夫なんだよ」



死ぬのが怖くない人間なんていない。

いくら絶望していても、絶望できるということはまだ生きているということなんだから。

香の手がフェンスから離れて体がグラリと揺れた。



「ダメ!!」



叫んで手を伸ばす。

しかしフェンスの隙間から香の体を掴むことはできなかった。

香の体は私の前からふっと姿を消すように、落下したのだ。



「あ……うそ……」



ついさっきまでそこにいた香は今はもうどこにもいない。

心臓がドクンッと大きく撥ねて嫌な汗が吹き出してくる。



「香、そんな……」



ふらふらと後ずさりをしてその場に尻もちをついてしまった。

コンクリートに体を打っても痛みはほとんど感じなかった。

香が……死んだ。



「いやあああああああ!!」



私は自分でも気が付かない内に絶叫していたのだった。


☆☆☆


香が死んだ。

そんなのは嘘だ。

これは悪い夢に決まっている。

私はふらふらと教室へ向かって階段を降りていた。


ともすれば足を滑らせてそのまま落ちてしまいそうになる。

その度に後ろからついてきていた充が「危ない!」と、声をかける。

どうにか教室へ戻るとそこにはすすり泣く未来と純子の姿があった。

私を見つけて修が駆け寄ってくるが、その顔は青ざめている



「今……」



そう言って口を閉ざしてしまった。

香が立っていたのはこの教室の真上辺りだった。

だからきっと、落ちてくる様子が窓から見えてしまったんだろう。


私はふらふらと足をもつれさせながら窓辺へ近づいて行った。

そして下を見下ろしてみるが、そこにはなにもない。

落ちたはずの香はどこにもいなかった。

そしてホワイトボードには『誰かを自殺させる日 成功』と、書かれていたのだった……。



合宿参加者


山本歩 山口香(死亡) 村上純子 橋本未来 古田充 小高正志 安田潤(死亡) 東花(死亡) 町田彩(死亡) 上野修


担任教師


西牧高之(死亡)



残り6名



幸せな夢


香が死んだ。

香りが消えた。

そんなのは嘘だ。

きっと私は悪夢を見ているんだ。



「歩」



修に声をかけられても返事をすることができず、私は教室を出て自分の部屋へと向かった。

今日はまだなにも食べていなかったけれど、食欲はとっくに失せていた。


それにこれは夢だから、なにも食べなくたって平気なはずだ。

ふらふらと壁にぶつかりながらようやく部屋にたどり着いて、布団に潜り込む。

きっと、もう1度ちゃんと眠り直せば現実に戻ることができる。


だってここは悪夢の中なんだから。

夢から覚めれば香がいるんだから……。


☆☆☆


私は少し大きいサイズの制服に身を包んで大清中学の校門の前に立っていた。

持っている学生鞄はつやつやと輝いていてまだ買って間もないことがわかった。

私の他にも何人もの制服姿の生徒たちが次々と校門をくぐり抜けていって、そのどれもが真新しい制服を身に着けている。

私は新入生たちの流れに沿って中学校の体育館へと足を運んでいた。


ズラリと並んだ椅子に、すでに整列している先生たち。

新入生はみんな不安だったり緊張だったりする感情を顔に浮かべて、自分たちの椅子へ向かって歩いていく。

その流れの中に香の姿を見つけた。

香は凛とした佇まいをしていて、背筋がピンと伸びていて、キレイな子だなというのが第一印象だった。



「はじめまして。私山口香」



同じ1年B組に香がいると知ったのは、入学式を終えて教室へ入ったときだった。

山口と山本で、席が前と後ろになったことがきっかけだった。

前の席の香はくるりと振り向いて自己紹介をしてきた。



「は、はじめまして、私は山本歩むです」



小さくお辞儀をすると、香はニッコリと笑って「仲良くしてね」と言ってきた。

至近距離でみる香はやっぱりキレイな子だった。

席が近いことから始まった私達の関係だけれど、好きな俳優が同じだったり、読書が趣味だったりと気が合うことが多かった。



「今日って委員会決めがある日だよね?」

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