第22話

充の声でハッと我に返った。



「な、なにこれ。自殺って?」



『自殺』という言葉を自分の口から発した瞬間に寒気が走った。

そんな恐ろしいこと、できるわけがない。

誰かを自殺させる?

なにをふざけたことを……!



「自殺させるってことは、追い詰めるってことか?」



正志が誰にともなく質問している。

そんなの知らない。

知りたくもない!

私は耳を塞いでその場に座り込んでいた。



「1日で、自殺するまで追い詰めるなんてできる?」



それでも嫌でも聞こえてくるみんなの声。

みんなはもう、ホワイトボードの命令に従うつもりでるんだろう。



「精神的に追い詰めるのは無理だと思う。だから、物理的に自殺するしかない状態にして……」



なんで?

なんでそんな話が普通にできるの?

みんなここに閉じ込められて、極限状態に陥って、おかしくなってしまったのかもしれない。



私は勢いよく立ち上がるとホワイトボードを両手で押し倒していた。



「こんな命令きく必要ない! こんなのおかしいよ!」



ホワイトボードの文字を手でこすって無理やり消そうとする。

しかし文字は一向に消える気配がない。



「歩、やめろ!」



止めに入ったのは修だった。

後ろから両手で羽交い締めにされて、ホワイトボードから引き離される。



「離してよ! 離して!!」



いくらもがいてみても男の力には敵わない。

私は再び床に座り込んでいた。



「みんなだって色々考えたんだ。誰かを自殺させるなんて無理だと思ってた。でも……やらないと、また誰かが消える。それならって話になったんだ」



それなら?

誰かが消えるなら、誰かを自殺させてもいいってこと?

私は両手で顔を覆った。

自然と涙が溢れ出してくる。

こんなのおかしい。



絶対におかしいのに、従わないといけない。

理不尽な命令に感情が入り乱れてしまう。



「正直、もっと遅く来てたら歩たちがターゲットになってたと思う」



耳元で囁かれた言葉にハッと息を飲んで顔を上げた。

修は真剣な表情をしている。



「ここではできるだけみんなと一緒に行動した方がいい。じゃないと……」



修がそこまで言ったとき、突然香が出口めがけて駆け出した。



「香!?」



声をかけても振り向かずに教室の外へと飛び出していく。



「ちょっと待って! どこに行くの!?」



私は慌てて香の後を追いかけたのだった。


☆☆☆


全身筋肉痛とは思えない速さで香は階段を駆け上がっていた。

一段飛ばしで、屋上へと続く階段を。



「香待って、お願い!」



必死についていくけれど追いつくことができず、なんどもコケてしまいそうになる。

ようやく追いついたときには香は屋上に出ていた。



「どうしたの、香」



肩で呼吸をしながら聞くけれど、香は答えなかった。

私に背中を向けて立っている。

屋上には風で擦れて消えかけているSOSの文字と、燃やしたプリントの残骸が残されていた。


必死に助けを求めたあの日。

結局誰にも私達の存在を知らせることはできなかった。

思い出して胸がギュッと締め付けられる。

ヘリの姿はあれ以来見ていない。



「ねぇ香。教室に戻ろうよ」



一歩近づいたとき、香がフェンスに両手をかけた。



そのままスルスルとよじ登っていく。



「香、なにする気!?」



慌てて駆け寄ったときにはもう、香はフェンスの向こう側に立っていた。



「もう……嫌なの」



その声はひどく震えていて、泣いているのがわかった。



「そんなこと言わないで。きっと大丈夫だから」


「なにが大丈夫なの? 本当はなにも大丈夫じゃないよね?」



香の声は弱々しい。

攻めている感じはしないのに、私の胸に突き刺さってくる。



「私は香と一緒にここから出たいよ。離れたくないよ!」


「だけど今日、また1人消えるよ? それが私や歩じゃないとは言い切れない」


「でも……っ」



香の言っていることが正しくてなにも言えなくなってしまう。

今日の命令に失敗すれば7人のうちの誰かが消える。

生徒の人数は確実に減っていて、消える確率は高くなっている。



「香お願い、こっちを向いて!」



私の呼びかけに香はゆっくりと左右に首を振った。



「ごめん、できない」


「どうして!?」



「今振り向いたら、きっと決意が揺らいじゃう。だけど、私はもう耐えられないの。今日の命令がなかったとしても、きっと耐え続けることはできなかった。だからこれは誰のせいでもない」



香の声が風に流されていく。

呆然と立ちつくていると後方から足音が近づいてきた。

振り向くと、そこに立っていたのは充だ。



「充お願い! 香を助けて!」



充ならきっと強引にでも香を引き戻すことができるはずだ。

フェンスの向こう側に行って、香の手を掴むことができればそれでいい!

でも……充は左右に首を振ったのだ。



「え?」


「助けられない」


「なに言ってるの!?」



香はまだそこにる。

手を伸ばせば助けられる距離に立っている!



「俺だって消えたくないんだよ!」



充が苦痛に顔を歪めて叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る