第2話
☆☆☆
食後にそれぞれ各部屋のカギを受け取って荷物を運び、シャワーも終わってあとは眠るだけになったころだった。
「歩!」
部屋に向かう階段を歩いていたときに後ろから声をかけられて振り向いた。
そこには未来が立っている。
「なに?」
並んで歩きながら聞くと、「今日の夜、1階の一番奥の部屋に入ってみるんだけど、一緒にいかない?」
その誘いに私は目を丸くした。
「一番奥の部屋って、先生が入らないように言ってた部屋だよね?」
「そう! 入るなって言われたら入りたくなっちゃうじゃん?」
未来はすでに楽しそうな表情を浮かべている。
「でもきっとなにもないよ? 先生にとって大切なものってことは、書類とかだろうし」
そんなものを見ても楽しくないことは未来だってわかっているはずだ。
「もしかしたら合宿に参加してる子たちの成績が見れるかもしれないじゃん」
「そんなの見てどうするの?」
他人の成績を盗み見るのは確かにちょっとおもしろい気がするけれど、バレたら先生に怒られてしまう。
そんなリスクを背負ってまでやることじゃない。
「みんなの秘密を探るのって面白いじゃん!」
未来の目はキラキラと輝いている。
「ね、いいじゃん。一緒に行こうってば」
痛いほど腕を掴まれて顔をしかめる。
未来や純子たちはこういうときに相手の気持ちを考えない。
容赦ない部分もあるので苦手だった。
「でも……」
まだ渋っている私に未来の表情が険しくなる。
「なんでそんなに断るわけ?」
明らかに私を被弾した声色に変わる。
それを言うならどうしてそんなにしつこく誘うの? と聞きたくなるけれど、不機嫌さむき出しの未来になにも言えなくなってしまう。
「わ、わかった。一緒にいくよ」
未来の威圧的な態度にそう返事をすると、未来は急に笑顔に切り替わった。
「じゃあ、今夜1時に食堂の前に集合ね!」
未来はそれだけ言うと、一段とばしで階段を駆け上がっていったのだった。
☆☆☆
「本当に未来に気に入られてるね」
さっきの出来事を香に相談すると、香は呆れ顔になってしまった。
ここは私の部屋で、隣の部屋から香が遊びに来ているのだ。
消灯時間まであと1時間はあるからバレでも問題ない。
「ほんと、困るよ……」
私と未来は所属しているグループも違うし、性格だって違う。
それなのに未来は私によく声をかけてくるのだ。
潤のようにからかったりバカにしたりして遊ぶのではない。
ごく普通の仲良くなりたそうだ。
「どうして未来に気に入られたの?」
その質問に私は2年生に上がってすぐの頃を思い出した。
そのときは未来の性格もよくわかっていなかったっけ。
2年生初日の学校が終わって教室から出たとき、前方を歩いていた女子生徒のかばんからお守りがちぎれて落ちたのを偶然見つけた。
赤いお守りは黒く変色した部分もあって、紐がちぎれるまでずっと大切にしていたことがわかるものだった。
だから私は咄嗟にそのお守りを拾って、女子生徒に声をかけたんだ。
『これ、落ちたよ?』
ただそれだけのこと。
特別なことなんてなにもしてないけれど、その相手が未来だった。
『うっそ、ありがとう!!』
未来は私から大切そうにお守りを受け取って飛び上がらんばかりの喜び方をした。
落とし物を拾っただけでこんなに喜ばれるなんてとおどろいたけれど、その後の話でお守りは母親の形見なのだとわかった。
『1年前に死んでから、ずっと大切に使ってたの。ほんと、ありがとう』
未来の目に微かに浮かぶ涙を見て、その話が嘘じゃないことを理解した。
それ以来、未来はなにかにつけて私に話しかけてくるようになったんだ。
「へぇ、いい話じゃん!」
話を聞き終えた香がパチパチと手を叩く。
「そうだけど、でもキャラが違い過ぎてさぁ」
未来と仲良くなることは別に構わない。
だけど今回みたいに少し強引なところがあるのが問題だった。
私は未来の誘いをちゃんと断れた試しがない。
「そのこと、修くんに相談してみたら?」
不意に出てきた修の名前に心臓がドキンッと撥ねる。
自分の頬が赤くなっているのがわかった。
「な、なんで急に!?」
しどろもどろになって聞くと「だって、この合宿に参加してる子の中では一番頼りになりそうじゃん?」と、言われた。
確かにそうだけれど、いきなり相談なんてできない。
会話だって、挨拶程度でしか交わしたことがないのに。
「せっかく近づくチャンスなんだから、頑張らないと!」
「チャンス……なのかなぁ?」
勉強ばかっかりの合宿で恋が進展するかどうかわからない。
「歩は可愛いんだから、もっと自信持って!」
香の励ましに私は曖昧に頷いたのだった。
☆☆☆
就寝時間が過ぎて深夜1時が回った頃。
眠ることができなかった私は結局未来との約束場所へ来ていた。
常夜灯だけ灯された暗い階段を降りて食堂への廊下を歩いていると、すでに未来たちが集まっているのが見えた。
「ちょっと、遅いんだけど」
小声で文句を言ってきたのは純子だ。
純子は未来が私に構うのをあまりよく思っていないようで、すでに不機嫌顔だ。
「ご、ごめん」
来たくなかったところに来て文句まで言われると、さすがに心の中がモヤモヤしてくる。
嫌な気分を振り払うように未来へ視線を向けた。
「来てくれてありがと! 寝てたら起こしに行かなきゃって思ってたんだ」
未来は純子とは裏腹に上機嫌だ。
起こされてまで参加しなきゃいけなかったのなら、自らここへやってきてよかった。
「これで全員か。じゃあ行くぞ」
充がライトを片手に歩き出す。
その隣を正志、そしてふたりの後ろに女子たちがついて歩く。
「入ってはいけない部屋なんて、学校の七不思議みたいで面白そうだよね」
未来がぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして歩く。
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