命令教室

西羽咲 花月

第1話

高いフェンスの切れ目から中に入ると広いフラウンドが姿を見せた。

ここへ来るまでは細い山道しかなかったから不安に感じていたけれど、そのグランドはちゃんと手入れをされているようでホッと胸をなでおろす。

グラウンドの奥には3階建ての灰色の校舎がそびえている。

といっても普通の学校ではなく、ここは宿泊合宿や林間学校で使われる施設だった。



「見てみて! あそこにキャンプファイヤーをした後が残ってるよ!」



山口香が私の腕を掴んではしゃぐ。

視線の先には太い木が交互にクマれた櫓がそのまま残されている。



「本当だ。でも、私達はキャンプファイヤーするとは聞いてないよ?」



先頭を歩く西牧先生の後ろ姿を見て私はそう答えた。

西牧先生は2年前に大清中学校へ赴任してきて、今年私達2年A組の担任になった。

まだ20代で、若い先生だ。



「西牧ならきっとやらせてくれるって!」



香はすでにキャンプファイヤーをやる気になっているようで、飛び跳ねて喜んでいる。

香がジャンプをするたびにポニーテールが揺れる。



「そしたらさ、きっと男の子ともいい感じになるよね?」



途端にニヤリと微笑む香に嫌な予感がする。

すぐに逃げようと足を早めたけれど、結局また香に腕を掴まれてしまった。



「今回は勉強の合宿だから、男の子と仲良くする暇なんてきっとないよ」



私はつい声を小さくして言う。

まわりに他の子たちもいるから、できるだけ聞かれたくない。



「何言ってんの! 普段と違う環境だからこそ、近づくことができるんじゃん!」


「そんなに大きな声出さないでよ」



慌てて香の口を押さえる。

この宿泊合宿に私の好きな人、上野修も参加すると知ったのは一週間ほど前のことだ。

修は成績もいいし、運動神経もよくて沢山の女子達に人気がある。

そんな修がわざわざ合宿に参加するはずがないと思っていたから、すごくおどろいたんだ。



『もう少し強化したい科目があるんだ』



廊下で友人と会話しているのを立ち聞きしてしまったときのことを思い出す。

修は授業で質問しそびれたところを今回の合宿で強化するつもりで参加したらしい。

それを聞いたときさすが! と思ってしまった。

私みたいにまるっきりダメな科目があるから強制的に参加させられた生徒とは違うんだ。

そう考えるとちょっとだけ自分が情けなくなる。

もっとちゃんと勉強して、修の隣に立てるようになりたい。



「でも、早く告白しちゃわないと、修なんて人気がありすぎるんだからさ」



ポンッと香が私の背中を叩く。

うぅ、そう言われるとなんにも言えなくなってしまう。

ライバルは先輩にも後輩にもいることを知っているから、焦る気持ちも確かにあった。



「でも今回は無理だよ。あの子たちだっているし……」



声をひそめて後方へ視線を向ける。

そこには教室内でも派手なグループに当たる4人組がダラダラと歩いている。

村上純子は金髪パーマで、腰に紺色のセーターを巻いている。

橋本未来は長い髪の毛を頭のてっぺんでお団子にして、よく日焼けしている。

古田充はひょろりと背が高いのに猫背で、歩くのもだるそうだ。

小高正志は、前を歩いている安田潤の足を後ろから何度も蹴って笑っている。

クラス内の問題児が4人揃っている合宿じゃ、告白のタイミングなんてあるわけがない。

私は小さく息を吐き出して視線を戻した。



「後は東と町田だもんねぇ」



香がくすくす笑ってふたりへ視線を向けた。

東花はまるまると太っていて動きが鈍く、列の最後尾を一生懸命ついて来ている。

町田彩は合宿前に自転車でこけて足を怪我したとかで松葉杖をついていて、花の隣をヒョコヒョコと歩いている。

どちらもクラス内でパッとしないタイプだ。

この合宿に香が参加しなければ、私も参加していなかったと思うけれど、修がいたことには心底おどろいた。

今回の合宿はそれだけでも来たかいがあった。

ぼんやりと歩いていると少し先を行く香が立ち止まって振り向いた。



「歩、早く行くよ!」



声をかけられて笑顔でうなづく。

なにはともあれ今日から一週間だ。



「すぐ行く!」



私は香のところまで走って追いついたのだった。



合宿参加者


山本歩 山口香 村上純子 橋本未来 古田充 小高正志 安田潤 東花 町田彩 上野修


担任教師


西牧高之



以上11名


☆☆☆


施設内は涼しくてここまで歩いてきた汗がスッと引いていく。

全員が施設内に入ったことを確認して、西牧先生が入り口のドアを閉めた。



「なんか普通の学校みたいだね」


「そうだね」



香とこそこそと会話をする。

施設内は入ってまっすぐ長い廊下が伸びていてその左右に教室があるみたいだ。



「それじゃまず建物の説明から始めるからなぁ」



西牧先生が施設の地図を取り出して確認しはじめた。



「1階には勉強するための教室と、食堂、それとシャワー室がある」


「お風呂はないんですかぁ?」



手を上げて発言したのは純子だ。



「風呂は我慢してくれ」



その言葉に純子と未来が同じようにブーイングを起こす。

私もお風呂にはちゃんと浸かりたいけれど、ないなら仕方ない。

その分掃除当番とかがなくて楽だと考えよう。



「2階は男子の部屋、3階は女子の部屋だ。部屋はひとり一部屋ずつ使えるからな」



その言葉に充と正志のふたりは盛り上がっている。

こういうところでひとり一部屋使えるのは贅沢だ。

今回は生徒の人数が少ないからだろうか。



「カギは後で渡すから。それから朝8時起床、夜11時就寝だ。その度にチャイムがなるから、必ず起きて教室へ来るように」



朝8時ならいつも学校へ行くときよりも少しゆっくりできる。

寝坊はしなさそうだ。



「それから食堂だけど、食べ物は充分に用意されているけれど、作るのは自分たちだ。当番制にして、順番に作ろう」


「先生は手伝ってくれないんですかぁ?」



聞いたのは純子だ。

純子は若い西牧先生のことを気に入っているとい噂があるけれど、あの噂はほんとうだったのかもしれない。



「もちろん手伝うよ」



その言葉に純子が黄色い悲鳴を上げる。

それを見ていた香が私の体をひじでつついてきた。

その表情はニヤついていて、なにが言いたいのかすぐにわかった。

修に接近するチャンスだと言いたいんだろう。


だけど私はあえて気が付かないフリをして先生の言葉に集中した。

トイレ掃除も教室掃除も当番制になるらしい。

基本的には休憩時間以外ずっと勉強をするけれど、1日だけ息抜きのため午後から自由時間があると言う。

自由時間と言ってもこの山奥の施設でやることなんてないけれど。



「それと、これは一番重要なことなんだけどな」



さっきまでと同じ調子で西牧先生が話を続ける。

施設の説明はもうほとんど終わりに近い雰囲気があったので、純子たちは私語を始めている。



「よく聞け!」



先生の声が廊下に響いて純子たちの私語がピタリと止まる。

先生は真剣な表情で私達を見回した。



「1階の一番奥の部屋には絶対に行くな」



ゾワリ。

先生の簡単な説明を聞いただけなのになぜか背筋が寒くなる。

冷たい空気が下から上へと這い上がってくるようだ。



「なにそれ、どういうこと?」



未来が手も上げずに首を傾げている。



「大切なものが保管されている部屋なんだ。だから近づかないように」



先生が少し声色をゆるくして答えた。

きっとその部屋には書類とかなにかが置かれているだろう。

そんなものを見ても私達にはなんの関係もないことだ。



私の興味はすぐに失われた。



「それじゃ今日はこれから夕飯作りだな。今日は当番関係なく全員でカレーを作る」



先生は腕時計を確認しながらそう言った。

すでに今夜の献立は決まっていたようだ。

こうい合宿のときのカレーは特別おいしいことを知っている。



「楽しみだね」



香と私はほほえみあったのだった。



巻き込まれる


男子たちに指示を出しながら作るカレーは想像以上に時間がかかった。

なにせ充と正志のふたりは包丁を握った経験もないと言うのだ。

潤も一生懸命手伝おうとしていたのだけれど、なにをしても失敗して、最終的には純子と未来に邪魔者扱いされて食堂を追い出されてしまっていた。



「修くん、上手だね!」



香の声が聞こえてきて視線を向けると、修が手際よくジャガイモの皮を剥いているところだった。

ジャガイモはゴロゴロしていて皮が剥きにくいけれど、修はするするとまるで手品みたいに剥いている。



「本当だ、すごく上手!」



思わず声を上げると修がこちらへ視線を向けた。



「ありがとう」



とはにかむ笑顔に心臓がドキンッと撥ねる。



「うちの家共働きだからさ、俺が料理することも時々あるんだ」


「それで手際がいいんだね」



私の言葉に修は頷く。



修はあっという間に5つのジャガイモの皮を剥き終えてしまった。

もしかしたら私よりもずっと料理上手なのかもしれない。

そう思って少し気持ちが焦ってくる。


勉強もスポーツもできて料理までできるなんて、すごすぎる!

私も負けていられなくて懸命にニンジンの皮を剥いていく。

ニンジンの甘い香が食欲を刺激して、カレーが出来上がった頃にはすっかりお腹が空いていた。



「あぁ、腹減った!」



大きな声を上げたのはろくに手伝っていない充だ。

充は細長い体をくの字に曲げて椅子に座っている。

食べても食べても太らないタイプなんだろうなぁ。


内心羨ましく感じながら人数分のカレーを運ぶ。

食堂内はとてもいい香りに包まれた。

途中から食堂を追い出されてしまった潤も戻ってきて、全員が席に座る。



「それじゃ、いただきます」



先生の言葉を合図にして、私達はカレーを食べ始めたのだった。

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