第9話
その意見に反対する者は1人もいなかった。
みんな、これから自分1人の部屋に戻ることに抵抗を感じていたみたいだ。
「それはいいけど、シャワーは浴びたいかも」
未来が自分の髪の毛を気にしている。
そうでなくても派手な化粧をしているから、そのまま眠ることはできないだろう。
だけどこうやって宣言するということは、1人で行くのが怖いからだろう。
「それなら女子は全員でシャワーに行こうよ。それなら1人にはならないから安心だよね?」
提案したのは香だ。
本当はシャワーなんて今日はどっちでもいいと思っていたけれど、香が言うなら私も一緒に行こう。
異様な状況に立たされても少しでも今までと同じ日常を過ごそうとするのは、本能的なものだろうか。
どれだけ視線をそらしてみても、その現実が変わることはないのに。
シャワーを終えた私達は食堂へ戻ってきていた。
ホカホカと温まった体で横になると、床が冷たくて心地いい。
このまま眠って朝になったら、全てが夢でした。
なんてことになるんじゃないかと少しだけ期待する。
香の横で目を閉じると、私はすぐに眠りの世界へと引き込まれていったのだった。
☆☆☆
ガタンッ!
大きな物音がして目を覚ましたのは私だけじゃなかった。
隣の香も目を覚まして上半身を起こしている。
「今の音はなんだ?」
正志が寝ぼけた声で呟く。
「わかんない。でも、教室の方から聞こえた気がする」
未来が答えながら、隣で寝ている純子を揺り起こした。
食堂に設置されている風邪掛け時計を確認してみると、時刻はすでに朝の7時を過ぎていることがわかった。
思ったよりもしっかりと眠っていたみたいだ。
そうしている間に眠っていた生徒たち全員が起き出して、結局10人揃って教室へ向かうことになった。
教室のドアを開けるとまっさきにホワイトボードが倒れていることに気がついた。
「どうしてこれが倒れたんだろう」
窓は閉めてあるから風が入ってくることもないし、ホワイトボードの足はキャスターがついているもののしっかりしているから、なにか力が加わらないと倒れるようなことはないはずだ。
不審に思いながら私と香でホワイトボードを立て直す。
そのときだった。
「あっ」
と潤が小さく声を上げた。
どうしたのかと視線を向ければ、潤の視線がホワイトボードに向いていた。
「なんだこれ」
呟いたのは正志だ。
身を離してホワイトボードを確認してみると、そこには『イジメの日』と乱雑な文字で書かれているのだ。
「これって昨日の『誕生日を祝う日』と似てない?」
純子が眉間にシワをよせ、誰にともなく言う。
それは文字を見た瞬間に誰もが感じたことだった。
「『誕生日を祝う日』なら理解できるけど、『イジメの日』てどういう意味だ?」
正志は首を傾げている。
確かに、日本語がどこかおかしい気がする。
「昨日もこの文字が現れて、夕方になってから『失敗』って文字が出てきて、それから先生がいなくなったよね?」
香が昨日の出来事を必死で思い出そうとしている。
昨日は電話が通じなかったり、外へ出られないということがあって、ホワイトボードの文字のことなんてすっかり失念していた。
だけど確かに、そういうことがあったと思い出す。
「そうだね。で、『失敗』の文字を先生が消しているときに、いなくなったんだよね」
「もしかして、先生がいなくなったのはこのホワイトボードに書かれいることが原因なんじゃないかな?」
香の言葉に全員が黙り込んだ。
そんなことあるはずがないという気持ちと、ホワイトボードの文字を無視するわけにも行かないという気持ちが絡み合う。
「もし関係しているんだとしたら、『失敗』したから先生が消えたってことか」
修が手を顎に当てて考え込む。
「それなら今日も『失敗』すれば誰かが消えるってこと!?」
未来が金切り声を上げる。
キンキンと響く声は教室内の緊張感を悪化させていく。
「昨日は誕生日を祝わなかったから先生が消えた。でも、誕生日の人なんていなかったよね?」
私は混乱する頭をどうにか整理しようとする。
だけど、本当にわからないことだらけだ。
昨日は一体誰の誕生日を祝えばよかったんだろう?
「じゃあ、今日の『イジメの日』っていうのはどういう意味だ? 誰かをイジメろってことか?」
充が呟く。
もしそうだとしても、誰かをイジメるなんてできっこない。
そんなことをして本当に助かるかどうかもわからないし。
「そんなことよりも、外に出られるか確認してみようよ!」
場の雰囲気を返るように声を上げたのは花だ。
花と彩のふたりはずっと泣いていたけれど、それなりに考えていたみたいだ。
「……そうだな。とにかく今は外へ出られるかもう1度確認してみよう」
修は大きく頷き、玄関へと向かったのだった。
☆☆☆
全員で玄関へ向かったときは微かな期待が胸にあった。
昨日はダメだったけれど、今日になれば状況は変わっているかもしれない。
みんなそう感じていたと思う。
けれど、結果は昨日と何も変わらなかった。
扉を開いて外へ出ようとすると、見えない力によって突き戻される。
昨日とは違って数人で同時に外へ出ようと試みたけれど、それも無駄に終わってしまった。
「やっぱりダメか……」
肩を落として教室へ戻ってくると、どうしてもホワイトボードの文字が視界に入ってきてしまう。
『イジメの日』
それは誰かをイジメる1日にしろという意味なのかも知れない。
それを無視していると、昨日のように誰かが消えてしまうのかもしれない。
考えていると全身が凍てつくように寒くなり、私はホワイトボードから視線を外した。
誰もなにも言わない、凍りついた時間だけが過ぎていく。
「とにかく、やってみるしかねぇかな」
重たい腰を上げるように言ったのは充だ。
充の視線は正志へ向いている。
正志は一瞬充から視線をそらしたものの、もう1度目を見合わせた。
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