第27話 グリム兄妹

「知り合いなんですか?」


 クラインが二人の子どもとジークフレアの顔を交互に見比べる。


「昨夜ちょっとな。さっそく駄賃を貰いに来たのか?」

「そうだ!」


 少年はぶっきらぼうに答えた。


「名は?」

「俺はヴィルヘルム。ヴィルヘルム・グリム」

「わたしはシャルロッテ。シャルロッテ・グリム」

「俺たち双子なんだ」

「確かに顔がそっくりだ」


 どこか感心したように、クラインがつぶやく。


 水色の髪と瞳の二人──ヴィルヘルムとシャルロッテの年齢は同じ十四歳。ヴィルヘルムが兄で、シャルロッテが妹らしい。


「俺たちはカレの町の、グリム兄妹だっ!」

「そんなことより、二人とも上がれば?」


 キメ顔をするヴィルヘルムに、ピエールが気の抜けた声を掛ける。少し離れたところで、彼は薪を組んでいた。


「火を起こすから服、乾かしなよ」

「「……」」


 そう言われ、川の中に座り込むグリム兄妹は顔を見合わせるのだった。




 パチパチ──


 火の粉が爆ぜる。


「またアンタって人は……」


 グリム兄妹から事情を聞いたクラインは深い溜息を漏らした。


「マジで何をやってんすかっ!!」


 責めるようにジークフレアを見る。だが当の本人は、釣り上げた魚を串に通し、それを嬉々として焚き火の側に突き刺していた。


「ん?」

「『ん?』じゃねぇよ! 人を使って試し斬りとか、狂気の沙汰だよ! 村人の好感度上げるとか、もうそう言う次元じゃなくなるよっ!」

「でもこの人が来てくれなければ、俺たちは確実に殺されてた」

「うん。それも酷い拷問を受けてね」


 きょとんとするジークフレアに代わって、ヴィルヘルムとシャルロッテがそう返す。


「結果的にはね!? 結果論だから、ソレ!」

「でも、道に迷っちゃって街道まで案内してもらったんすね? ププッ!」


 ピエールが思わず吹き出す。


「笑い事じゃねぇけどな……。カレの町はウィッケンロー家が治めてんだから、ならず者とは言え勝手しちゃマズいんだよ」

「道案内のお礼だけどさ、今はお金、持って来てないんだよね」


 ピエールが二人に向かってズボンを揺する。


「お前な、勝手に話を進めんなよ」とクラインは相方を睨んだ。だが「まぁ、いいや」と気を取り直す。


「うちのご主人様が世話になったね。屋敷に戻ったら、ちゃんと謝礼は払うよ」

「金は、いらない」


 ヴィルヘルムは突っ撥ねるように言った。その顔をジークフレアに向ける。


「その代わり、あんたに頼みがあるんだ」

「なんだ?」

「俺たちに戦い方を教えてくれ!」


 魚の焼け具合を気にしていたジークフレアだったが、その言葉に、手を止める。ヴィルヘルムとシャルロッテをじっと見た。シャルロッテも、口を結び真っ直ぐに彼を見つめていた。


「お前もか?」

「うん」

「さっき確信した。やっぱ、アンタは本物だ」

「そうだよね。だってわたしたち……」

「本気で俺を殺しにかかっていたな」


 ジークフレアが代わりに答える。


「そんなことまで分かるのか」

「今知ったわけじゃない。昨夜からだ」


 あの時、ジークフレアの名前を聞いた兄妹の顔に浮かんでいたのは、紛れもない殺意だった。


「まさか、うちのご主人様がなにかやっちゃいました?」


 クラインが困り顔で聞き返す。


「いや、別に。でも恨んでた」

「え?」


 ヴィルヘルムは焚き火に目を落とすと拳を握った。


「この人さえロアの村に来なければ、父さんたちは、殺されずに済んだはずだから……」

「こっ、殺された!?」


 クラインが息を潜ませる。ピエールも思わず兄妹を見やった。


「けど、本当は分かってた。この人は関係ないって」

「ああ。ただの逆恨みさ」


 二人が真っ直ぐにジークフレアを見つめる。


「殺したい奴がいる」

「わたしたちに、戦い方を教えてください」


 クラインとピエールが驚いて顔を見合わせる。ジークフレアは静かに問い返した。


「誰だ?」

「マティアス。カレの町を支配する暴君、マティアス・ウィッケンローだ!」

「おいおい、何てこと言い出すんだよ」


 クラインが深刻な顔になる。


「カレの町を治めるウィッケンロー家の、その現当主を手に掛けようってのか!?」

「てことは、君らの親を殺したって言うのは……」

「マティアスだよ」

「アイツがわたしたちのお父さんとお母さん、そしておばあちゃんの三人を殺したんだ」


 深刻な顔をして二人が俯く。


「いろいろと事情がありそうだね」

「「……」」


 シャルロッテが膝を抱えて縮こまる。ヴィルヘルムは揺れる炎をじっと睨んだ。


「俺たち家族は、カレの町で──」

「出来た……!」

「「!?」」


 横を見ると、ジークフレアが目を輝かせていた。手には串を握っている。きれいに焼け目がついていた焼き魚だった。味付けはシンプルに、塩を塗りこんだだけである。


 バリッ!


 齧りつく。


「く~~~うっ!!」


 顔を顰めると、膝を打った。


「旨いっ!! 魚だけは、異界でも変わらんなぁ!!」

「あの~。話、聞いてました?」


 クラインは呆れた。


 その言葉が聞こえなかったのか、彼らの目の前でジークフレアはあっという間に一匹平らげてしまった。


「「……」」


 グリム兄妹がゴクリと唾を呑み込む。


 目の前には焦げ目の付いた焼き魚が並んでいる。炙られてパリパリになった皮が裂け、そこから脂が滴っていた。


 パチッ、パチッ……。


 滴る脂が爆ぜると、香ばしい匂いが鼻先をくすぐり、鼻腔いっぱいに広がる。


 ぎゅるるる~!!


 グリム兄妹の腹が同時に鳴った。


「二人とも、もしかしてお腹空いてんの?」


 ピエールは聞いた。


「喰え」


 串を両手に持つと、ジークフレアは魚を二人の目の前にぶら下げた。


「昨日からなにも喰っていまい。話は腹ごしらえの後だ」

「「!!」」


 ジークフレアの言葉が終わる前に、二人は彼から魚を奪い取った。そして飢えた獣のように、無心で貪りはじめるのだった。


「呵々呵々。ピエール、釣った魚、全部焼け」

「はい」


 その様子を見ていたクラインは溜息しつつも、自らも串を一本手にした。


「夕食に持って帰るって、ヘレンさんに約束したのになぁ……」


 苦笑いし、魚を食べ始める。


「これで味噌と酒でもあれば、極楽なんだがなぁ!」


 ジークフレアも二本目にかぶりつく。塩が吹いた尻尾をボリボリと噛み砕きながら残念そうに笑った。

 こうして五人は釣りたての魚をすべて平らげたのだった。

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