第31話 破綻

「あぁ、そうだ! 肝心な用件を忘れていた。もう一つ、話があったのだ」


 急にマティアスが振り返る。仕掛けようとしていたジークフレアは動きを止めた。


「俺の領民──カレの町の子どもが二人、この村へ来ていないか?」

「「!?」」


 自分たちの存在が、バレている。そう知ったグリム兄妹に、緊張が走る。


 だがその原因はすぐに思い当たった。昨日、六人いた男たちの中で、唯一生き残った一人だ。あの男はマティアスのところへ行っていた。


 恐らくアイツが……。


 二人の手にじっとりと汗が滲んでくる。人混みに息を潜ませ、兄妹は固唾を呑んで状況を見守った。


「何のことかな?」


 ジークフレアが嘯く。


「しらばっくれるな。ヴィルヘルム・グリムとシャルロッテ・グリム……、二人の兄妹がこの村に逃げ込んでいるはずだ。出せ」


 ジークフレアに近づき、恫喝するように声を低める。


「そいつら、どうする気だ?」

「お前に言う必要などない」


 そのやり取りを聞き、クラインたちと物陰から見守る男は声を漏らした。


「なぁ、領主様が言ってる子どもって、さっきお前らといたガキだよな?」

「そうだよ。クソッ! あの二人のことも探してたのかよ」


 舌打ちすると、クラインは村人に紛れ込むグリム兄妹を心配そうに見やった。見つかってしまったら一巻の終わりである。


「けど、なんであの二人のこと探してんだろうね?」

「わかんねぇけど、多分二人の両親を処刑した絡みだろ? ヤバい臭いしかしねぇぞ」


 ピエールの言葉に、クラインは首を横に振ると、黙って広場の状況を見守った。


「あくまでも匿うつもりなら、それでも構わないさ」


 マティアスが村人たちを見渡し両手を広げる。


「だが覚悟しておけ? そうなればこれはロア村全体の責任だ。お前たち全員を処罰の対象とする!」

「なっ、なんですって!?」

「馬鹿な!」


 思わず村人たちが声を上げた。


「オイ!」


 マティアスが騎士の一人に声を掛ける。すると騎士が何かを放り投げた。


 放物線を描き、ジークフレアの足元に転がる。それは木の板だった。なぜかあちこち焼け焦げている。


「あぁ!!」

「そんなっ!!」


 それを目にして、村人の間から子どもが二人飛び出して来た。ジークフレアが眉間に皺を寄せる。


 出てきたのはグリム兄妹だった。隠し持っていたはずの血塗られた武器も、手放してしまっている。これで、計画は破綻してしまった。


「俺たちの、宿屋の看板だ」

「なんで……!」


 どうやら二人が家族と経営していた宿屋のものらしい。


「やはり匿っていたか。このペテン師め!!」


 マティアスがジークフレアを睨む。


 一方の二人は黒焦げの看板の前に膝を着いていた。涙を浮かべてマティアスを見上げる。


「わたしたちの家に、一体なにをしたの!?」

「あのボロい豚小屋なら、もう燃やしたよ」

「な、なんだって!?」

「お前たちにはまだ、税金を納めてもらっていないからな。ずっと滞納したままだろ?」

「そ、そんな……」


 シャルロッテは呆然として言葉をこぼした。


「それにお前たちの親に化けていた魔族をこの前処刑しただろ? その処刑費用もまだ払ってもらってない」


 ゆっくりと二人に近づくと看板を足で踏み躙る。


「だ~か~ら、仕方なくあの土地を貰うことにした。更地にするために、燃やしただけさ」

「お前っ!!」

「ひどいよ! わたしたちの大切な家なのにっ!! 思い出の詰まった大切な家なのにっ!!」

「知ったことか!!」


 涙を滲ませる二人に、マティアスは吐き捨てた。


「言っておくが、あんな町の片隅の土地なんて大した金にはならないんだからなぁ!?」


 そこまで言うと周囲の視線に気づき、ふと顔を上げる。村人の多くが軽蔑の表情を浮かべていることに気が付いたのだ。


「そんな目で見るなよ」


 薄ら笑いで肩をすくめる。


「この兄妹は魔族に両親を殺された哀れな子どもたちなのだ。だからこそ、俺も気に掛けていた。二人を探していた理由もそれさ」


 二人に視線を落とす。


「お前たち、我が城で働かないか? どうせ、行く当てなどないんだろ? 俺が雇ってやろう。どうだ、悪い話じゃあるまい?」


 頭に血が上ったヴィルヘルムが咄嗟にマティアスに殴りかかる。


 ガッ!!


 それを止めたのは、ジークフレアだった。


「よせ」

「放せよっ! クソがっ! ふざけるな!! 行く当てがないってどの口が言ってる!! ふざけるなっ!!」

「返してよ……」


 シャルロッテはぽつりと言った。次の瞬間、絶叫する。


「お父さんとお母さんを返してよ──!!」


 泣きながら、何度も拳で地面を叩くのだった。


「そうか……。ならば税金を滞納した罪でお前たちを逮捕しなければな? オイ、二人を連れて行け」

「ハッ!」


 数人の騎士が馬から降りる。グリム兄妹に手を掛けようと近付いてきた。ジークフレアが立ち塞がる。


「邪魔だぞ! どけ!」

「ここは俺の村だ。勝手は許さん」

「あ? 貴様、ふざけてるのか?」


 マティアスが額に青筋を浮かべジークフレアを睨んだ。


「いいや。それに俺もこの二人には用があってね」

「あ? なんだと?」


 殺気立ったマティアスたちをよそに、ジークフレアは飄々としていた。地面を叩き続けるシャルロッテの腕を掴んで、無理矢理立たせる。地面には血が滲んでいた。


「実はな、俺もつい今しがた、この二人に殺されかけた。呵々」

「はぁ?」


 マティアスたちも、村人たちも困惑する。


「だから俺もこの二人をここから出すわけにはいかない。こいつらは俺が処断する」

「なんだと……!」

「別に構わんだろ? ここは俺の村だ。ここで起こったことに、口出しするな」

「チッ!!」


 忌々しそうに舌打ちすると、マティアスは転がっている看板を蹴り上げた。ヴィルヘルムがまた飛びかかろうとする。


「てめぇっ!!」

「やめろ」


 ジークフレアに引き戻された。


「ふぅ……。ま、いいだろう。今日はこのくらいで勘弁してやる」


 マティアスは溜息交じりに髪をかき上げた。


「しかし可哀そうな兄妹だ。お前、なぜその二人がお前を殺そうとしたか分かっているのか?」


 非難するような目をジークフレアに向ける。


「すべての悲劇を生み出したのが全部、ジークフレア、お前だからだよ。全部、お前が悪いんだぜ?」


 謎の言い分過ぎて、村人たちは困惑気味に互いの顔を見合う。


「このロア村はウィッケンロー家の領地だ。それをお前に奪われた。だから今、本来ならばロアから入る税金を領民に肩代わりしてもらっているのさ。兄妹よ、恨むならばジークフレアを恨め!」


 涙を浮かべ殺意を向けるグリム兄妹を見て、悲し気に微笑む。


「そいつさえ来なければ、税金も上がらず、お前たちも苦しまずに済んだ。お前の両親が死ぬこともなかったのかもな。すべては、その男のせいだ」


 捨て台詞を残し、マティアスたちは引き上げていった。

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