第30話 暗殺指南

「くそうっ! 俺の【ジーク様の好感度爆上げ大作戦!】が破綻していくっ!!」


 クラインが建物の影で地団駄を踏む。


 ジークフレアが平民を斬ったことを認め、村人たちがガチ引きしているためだ。


「はぁ……。ジーク様には隠れてもらってて、やっぱ俺たちが出ていくべきだったか」


 溜息交じりに後悔する。


 少し前、クラインたちは村へと戻っていた。だが、すぐには出て行かずに、物陰に隠れてしばし様子を窺っていたのだった。




「前に出てる男が、マティアスか?」

「そうだよ」


 ジークフレアに問われ、グリム兄妹がうなずく。ジークフレアはもう一度、広場の様子を窺った。


「小僧ども」

「「?」」

「自分たちの手で、りたいか?」

「「!?」」


 ジークフレアが二人に向き直る。


「さっき俺に戦い方を教えて欲しいと言ったな。アイツを殺して欲しい、じゃなく」

「そ、そうだけど……」

「今も変わらんか? 自分たちの手で殺りたいか? 俺が斬ってもいいが?」


 そう問われて、二人は表情を強張らせた。


「ちょ、ジーク様!?」


 クラインは慌てる。


「急に変なこと言わないでくださいよ! あんな大勢の前で領主代を殺したとなると、いくら王族でもどうなるか分かんないんすよ!?」

「前に王都の使者も斬ってるからなぁ」


 ピエールが腕組みして思い出し笑いする。


「懐かしむな! 怖ぇよお前!」

「でも~ウィッケンロー家の当主まで斬っちゃったら、さすがのジーク様も首飛ぶんじゃないかな?」

「まさにその通りだよ!」

「お前たち、どうしたい?」


 ジークフレアはクラインたちに構うことなく、まっすぐグリム兄妹だけに問う。


「わ、わたしは……!」

「俺、自分の手でアイツを……!」


 二人の表情に仄暗い殺意が滲む。そこに、答えが出ていた。


「わかった。なら策がある」

「な、何する気なんすか?」


 クラインが不安そうに眉を寄せる。


「見ろ」とジークフレアは広場に顎をしゃくった。


「周囲を村人が囲み、一番広い道も奴の家来どもが塞いでいる」

「簡単に逃げられないってことっすか?」


 ピエールの言葉に、ジークフレアはにやりと笑ってうなずいた。


「まずは俺が出ていく。俺が話をしている間に、お前たち二人は人々に紛れて奴に近づけ」

「う、うん」

「わかった」

「俺が場を乱したら、それに乗じて奴を殺れ」

「場を乱すって、どうやって」


 クラインの質問に、ジークフレアは刀に手を置いて答える。


「馬がいるからな。コイツで二、三突っつけば暴れ出す。簡単に逃げられないあの場は大いに荒れるぞ」

「なるほど……」

「呵々呵々! 見てみろ。奴め、自分から馬を降りた。好都合だ」


 広場を見やりジークフレアは嗤った。もう一度、グリム兄妹に向き直る。


「さっきみたいな大声は出すな。気づかれる」

「わかった」

「はい」

「気配を消し、背後からすーっと近づくんだ。近づいたらまず、二人して足を狙え。腹でもいい」


 ヴィルヘルムの膝をポンと叩く。


「そしたら大抵、身体がくの字に折れ曲がる。最後は首の根元を狙え」


 シャルロッテの首元を手刀で軽く叩いた。


「躊躇するなよ。思いきり叩きつけろ。いいな?」

「「わかった……!」」

「ほかの騎士たちは、どうします?」


 聞いていたピエールが聞き返す。


「黙って見ている訳はないし、邪魔されるかもしれませんよ?」

「そうですよ。それに仮に、仮にですよ!?」


 クラインも「仮に」を強調しながら言葉を返した。


「仮にマティアスを討てたとしても、その後にあの騎士たちがどう出るか……。この二人だけじゃなくて、村人たちも巻き込まれかねないっすよ」


 クラインとピエールを見て、ジークフレアは可笑しそうに嗤った。


「そうはならんさ。だからこそ気配を消し、奴らが気づく前に決着させるのが肝要なんだ。な~に、心配は要らん」


 クラインとピエール、そしてグリム兄妹に顔を向ける。その双眸は愉快そうに爛々と輝いていた。


「家来衆がどう出ようが、奴らは俺が全員斬る」


 そもそもが、ジークフレアはそのつもりだった。


「次はもうちょっと骨のある奴を斬りたかったんだ」

「まっ、まさか二人に手を貸すのって……っ!?」


 それを聞き、クラインが仰天する。


 察しの通り、ジークフレアにとってグリム兄妹の仇討ちになど、さほど興味はなかった。昨晩の試し斬りの、延長に過ぎない。そこに愉しみを見い出していたのだ。


「出来るだけ奴に近づき、俺が場を荒らすまで潜んでいろ。機が来たら、動け」

「「はい」」

「だが、急いて素早く動くな。素早い動きは何かの意思の表れ。何食わぬ足取りで近付け」


 グリム兄妹に念を押すと、ジークフレアは一人で広場へと向かった。




「フハハハ!! ハッハッハッハ──!!」


 クラインとピエールが物陰で見守る中、マティアスが大笑いをはじめる。


「どんな見苦しい言い訳をするのか楽しみにしていたが、そうかそうか! 平民殺しを認めるんだな!」


 可笑しそうに涙を拭う。


「だが何か忘れちゃいないか、ジークフレア? お前はもう王族ではないんだぞ?」


 今度は口を歪ませ、脅すように笑った。


「お前、どうせ国王が助けてくれるなどと思っているだろう? しかし、お前の今の身分はただの騎士にすぎない。更にお前は王国中の嫌われ者……。どうなろうと、だぁ~れも同情しないだろうさ」

「ならばこの場で斬ってみろ」

「フン! いいのか?」

「ああ」

「面白い!!」


 シャッ──!!


 怒ったマティアスが腰の剣を抜き放つ。


「貴様、あまり舐めた態度を取るなよ!?」


 ジークフレアに剣を向けた。一気に緊張感が高まる。張り詰めた空気に見守る村人たちは固唾を呑んだ。


「……なんてな」


 急におどけてみせると、剣を仕舞った。


「そうしたいのは山々だが、生憎ここはロアの村。本当は俺の領地だが、今は俺の支配が及ぶ地ではない」

「そんなこと言うなよ。俺を殺ればいい」


 ジークフレアが平然と言ってのける。そんな彼を横目で睨み、マティアスは鼻で笑った。


「騎士爵の分際で思いあがるな。頼まれずとも、お前が我が領地に一歩でも踏み入れた瞬間にそうしてくれるわ」


 ビシッとジークフレアに指を突き付ける。


「調子に乗るなよ、ジークフレア! 今に目にもの見せてくれるから、覚悟しておけっ!」


 捨て台詞を吐くと、マティアスはくるりと背を向けた。


「とりあえず今日は、その忠告をしに来ただけだ」

「もう帰るのか……?」


 ジークフレアはさりげなく周囲に注意を向けた。村人に紛れるグリム兄妹を見つける。


 もう少し怒らせたかったが、ここいらで仕掛けよう。


 そう思い、刀に手を掛けた。

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