第11話 刀が欲しい
「異界には刀がないらしい……」
ふとこぼしたジークフレアを見て、クラインとピエールは互いの顔を見やった。
「刀って、あの刀のことですか?」
「知っているのか!?」
クラインの言葉に、ジークフレアが目を輝かせる。
「ええ。異国の刀剣のことでしょ?」
「あるのか、刀が……!」
驚くジークフレアに向かって、二人は同時にうなずいた。
「カタナ? なにそれおいしいの?」とはならなかった。
ここは中世ヨーロッパではない。『聖剣クエスト』に酷似する異世界なのだ。文化圏が違うため、普及こそしていないものの、刀という武器の存在はエルデランドでも知られていた。
「遥か東の地に【アシハラ】と言う島国があって、そこの住人がそんな名前の刀剣を使うとか。俺も一度、見たことがありますね」
「アシハラ……」
「細長くて少し曲がった、こ~んな感じの剣ですよね? 片刃の」
ピエールがジェスチャーを交えて刀の大きさや形を示す。
「そうそう! それだ!」
ジークフレアが興奮気味に首を縦に振る。
「ここいらでは手に入らないのか?」
「ちょっと厳しいかもしれませんね」
クラインは腕組みすると首を捻った。
「なにやら特殊な製法らしくて、作るのも難しいと聞きますよ?」
「少なくとも、刀を打てる鍛冶職人はこの村にはいないもんな」
「だな」
「あ! でも隣町にならいたか。ホラ、誰だっけ?」
ピエールが何か思い出したようだ。聞かれたクラインは少々眉を顰めた。
「それってオラフのことか? 確かにあの人なら、刀も作れるかもしれないけど……」
「誰だそいつは?」
「人呼んで鋼鉄のオラフ。ここいらじゃ有名な腕利きの鍛冶職人です」
ジークフレアに問われ、クラインはそう答えた。
「カレの町ってところに工房があるんですけど、オラフに頼めば刀を作ってもらえるかもしれませんね」
「よし! ならば、すぐに出立するぞ!」
ジークフレアが立ち上がる。
「えっ、今からですか?」
「ああ! こんなことをしている暇はないぞ!」
「ちょっと待ったぁ!!」
今にも飛び出さんばかりのジークフレアを、別の声が止めた。
「こんなこと、じゃねぇし! アンタ、今何やってるか分かってんの!?」
レシィだ。ジークフレアに怒った顔を向けていた。
「なんだ?」
「なんだ、じゃねぇし! 女神像を壊した罰として、薬草を集めてんでしょうが!」
実は今、四人は草刈り鎌片手に野っぱらに出ていた。
「まだ全然、摘めてねぇから!」
レシィがカゴを指差す。
「集めた薬草はポーションやどくけしを作るのに必要な素材なんだから、ちゃんと集めなさいよね!」
「はぁ、そうだった……」
クラインが肩を落とす。
【ポーション】や【どくけし】などの効果の高い回復アイテムは、聖女や司祭が魔力を込めて作成し、町のアイテム屋が販売している。貴族には税としても納品されていた。
「でも、女神像を壊した罰なら俺たちは関係ないんだけどな」
草刈り鎌を見つめて、ピエールが思わず本音を漏らした。
「まあそう言うなって。みんなでやった方が早く終わるんだしさ」
「うむ。薬草摘みは貴様らに任せる。俺は先に行くぞ」
「いやなんでだよ!? 元はと言えば全部アンタが悪いんでしょうがっ!! あ、スイマセン」
クラインは言い放ってすぐに謝った。
レシィが呆れたようにジークフレアを見やる。
「ポポイヤが言うには、善行を積んで誰かのために奉仕をすることで、奪われた【ステータス】や【レベル】も戻してもらえるかもってよ?」
レシィの言葉にクラインもうなずく。
「そうですよ。ちゃんと薬草を集めて、女神様に許してもらいましょ?」
「許しなど請わん」
「まあ、そう言うわずに。どっちにしろ女神像を壊した責任は取らないといけないんですから」
そう言われると、ジークフレアは苦虫を嚙み潰したような顔で押し黙った。
「さっさと終わらせましょうって」
「ジーク様のせいで、屋敷のポーションも少なくなったもんな」
「お前はいちいち余計なこと言わなくていいよ」
ピエールの一言にクラインがツッコむ。
「百姓の真似事とは……」
そう言いつつ、素直に草刈り鎌を握り直すジークフレアであった。確かに、貴族であり元王族でもある彼が本来ならばやるようなことではないのだが。
「うぇ~ん!!」
すると突然、そんな声が耳に届いた。誰かが泣いている。
「なんだ?」
「あれ」
背伸びしたピエールが、草むらの奥を指差す。立ち上がって見ると、小さな女の子が道の真ん中でうずくまっていた。
「なんかあったんかな?」
「さぁ」
「おーい、どした~?」
レシィが声を掛けると、女の子もこちらに気が付いた。
「エ~ン! 聖女様ぁ~!」
レシィの顔を見て、女の子がまた泣き出す。レシィは女の子のもとに向かっていった。三人もレシィに続く。
そばで見ると、女の子の膝から血が流れ出していた。
「うわ~、結構深く切れてんな」
「ここを怪我したの?」
クラインとピエールが声を掛けると、女の子は小さくうなずいた。
「薬草を塗ってあげる。けどその前に、川の水で汚れを落とそうか?」
レシィが三人をちらと見る。
「?」
その視線にジークフレアは首を傾げた。
「アンタら、ちゃんと薬草摘んでなさいよね?」
釘を刺すと、摘んだばかりの薬草片手に女の子の手を握って行ってしまった。
「やれやれ、あの子は聖女様に任せて、俺らもさっさと終わらせますか」
「ポーション用とどくけし用だったよな?」
「よし! うるさいのがいなくなったな」
ジークフレアがニタリと笑う。
「ちょ、どこ行く気ですか?」
「ここは任せた! やはり俺は刀が第一だ!」
「谷に突き落としてやろうか、テメェ!!」
逃げ出そうとするジークフレアの服をクラインが掴む。
「ピエール、お前もそっち持て!」
「うん」
「くっ、貴様ら放せ……!」
「ホラ、行きますよ!」
ジークフレアはそのままズルズルと二人に引っ張られていった。
村のそばを流れる綺麗な小川。その前でレシィはしゃがみ込んだ。ハンカチを水で濡らすと、女の子の傷口をきれいに拭いていく。
「血が、止まんないよぅ……」
「ん、大丈夫! ちょっとコレ持ってな」
女の子に薬草を渡す。
「使わないの? 薬草」
「うん」
あたりをキョロキョロと見渡す。人の気配はなかった。それを確かめると、女の子の膝を両手で包み込む。静かに目を瞑った。
やがて青白い光の粒がレシィの手の平から溢れてくる。
「わぁ、すごい……!」
初めての【魔法】に女の子は思わず目を輝かせた。それは紛れもなく、回復魔法の【ヒール】であった。
ズキズキと疼いていた痛みはすぐに和らぎ、ゆっくりと傷口が塞がっていく。レシィが手を離すと、膝にはもう傷痕ひとつ残っていなかった。
「もう痛くないっしょ?」
「うん! ありがとう!」
女の子は嬉しそうにうなずいた後に小さく口を開けた。
「でもわたし、お金持ってないよ?」
少し不安げにレシィを見上げる。
「司祭様や聖女様に身体を治してもらうにはお金が必要だってママたちが言ってた」
「うん! 後でママたちからがっぽりとお金貰うからね!」
「えぇ……」
得意げにガッツポーズをするレシィを見て、女の子がまた泣き顔になる。
「キャハハハ! 冗談だって!」
レシィは笑いながら、女の子の頭をポンポンと優しく叩いた。
「同じ村人なんだしさ、そんな水臭いのはナシっしょ? それに今回はアタシが勝手にやっただけだしね。あ! けど、あんまり言い触らしちゃダメだからね!」
イシシと笑う。
「うん、わかった!」
女の子も笑顔でうなずく。
「本当にありがとう! 聖女様ーっ!」
「そいじゃあ、またね~!」
女の子が手を振りながら道を駆けていく。レシィも手を振り返して、女の子を見送った。
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