第10話 拝啓、魔王様 ※魔王side

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 拝啓、ウロトガロン様──


 若葉萌える季節となりました。我が主におかれましては、そんな新緑を灰燼に帰すご活躍のこととお喜び申し上げます。


 さて定期報告は済ませておりますが、この度エルデランド王国内部で興味深い動向があり、思わず筆を執った次第です。


 監視対象のジークフレア・オルフヴァイン・ルーンブルクがまた騒ぎを起こしたのです。


 すでに報告の通り、彼は子爵家の娘を殺した罰としてロアの村に左遷されていますが、そんな彼が再び人を殺しました。


 奇しくも、殺されたのはわたくしの部下だったロブロスと言う男です。護衛の騎士と共にジークフレアによって斬り殺されました。


 当然、わたくしの正体がばれたわけではありません故、心配には及びません。我が主がそのような杞憂をなさるとは思えませんが、念のために。


 一報が入ったのは今朝のことでした。ジークフレア宛ての書状を携えてロア村に向かわせていたロブロスの馬車が戻ったのです。ですが、戻ったのは御者一人だけ。馬車の中には、ロブロスと騎士の代わりに円筒の壺が二つ置いてありました。


 壺はずっしりと重く、中にはすりきり一杯に塩が詰まっておりました。


 その塩の中からロブロスの顔が見えた時、恥ずかしながらわたくしは、驚きすぎて腰を抜かしそうになりました。


 そうです。壺の中身は、二人の頭部だったのです。


 気が動転したわたくしは一瞬、道中で賊にでも襲われたか、我らの仲間である魔族にでもやられたのかと思いました。


 しかし、違いました。


 御者の話では二人を殺して首を刎ねたのも、壺に収めたのもすべてジークフレアがやったと言うではありませんか。


 それを聞いて、わたくしは耳を疑いました。


 ですが御者が壺と共に持ち帰った書簡──ジークフレアの執事がわたくしと国王カールハインツに寄越したものです──に事の詳細が記されており、やはり御者の話は真実のようでした。


 書簡を読んだカールハインツも顔が真っ青になっておりましたね。つくづく、この小デブ王カールという男の器は、魔王である我が主とは煉獄と蝋燭ほどの差です。こんな男が大国の長とは今でも信じられません。


 話が逸れてしまいました。失礼……。


 この一件を受けて今日、国の中枢を担う主要な顔ぶれが緊急招集されました。議題は当然、ジークフレアの処遇についてです。


 出席者はわたくしとカール、カールの息子である第一、第二王子。そして貴族院の議長と副議長の六名です。


 ジークフレアの所業を聞くと、皆絶句し呆れ果てておりました。


 第二王子や副議長などは、王族の面子のためにも彼を処刑すべきだと強くカールに進言しておりましたね。


 彼が処刑されることは、我が主にとっての危険因子が一つ消えることを意味します。我々にとって願っても無いことですが、残念ながらそうはなりませんでした。


 理由は我が主もご存知の通りです。ジークフレアが紋章を発現させているからです。

 現状、五百年前の勇者の力である紋章を宿しているのはジークフレアのみ。蚤の脳しかない奴らも、流石に処刑の決断は下せなかったようです。


 それはそうと、わたくしには一つだけ気になることがございます。


 王都にいた頃からジークフレアの粗暴さや下劣さは有名でしたが、このような大それたことをする。否、出来る性質ではなかったのです。子爵家の娘を手に掛けたのも激情に駆られて汚い手を使っています。


 そもそもジークフレアは陰湿で猜疑心の塊のような小物であり、このような豪胆な一面はなかったのですが……。


 ロブロスは不意打したようですが、騎士には真っ向から勝負を仕掛けたとか。彼はそんな勇気など持ち合わせていないはずです。


 さらに殺された騎士は騎士団【王の盾】の一員でした。この国の主要人物たちの情報はすでに報告済みのため、ご存知のことと思いますが、【王の盾】には剣と魔法ともに優れた者たちが揃っております。

 それとなく騎士団長に話を聞きましたが、殺された騎士もやはり、かなり腕の立つ人物だったようです。


 そんな日々鍛錬を積む騎士にジークフレアが敵うわけがない。彼はまともに剣など握ったことさえないはずです。それが剣の斬り合いで勝っている。


 これを不可解と言わずして何と言いましょうか……。


 恐らくではありますが、これも紋章の力によるものと思われます。我が主よ。やはり五百年経ったとはいえ勇者の力は侮れないのでしょう。


 かの地ロア村は、勇者トトスの聖剣も眠るとされています。最重要危険人物であるニルスとその仲間たちと同様に、前勇者の末裔にして紋章を宿すジークフレアには、これからも監視の目を光らせましょう。


 ところで我が主よ。騎士団長は部下の死をとても悲しんでおりました。


『やはり彼には荷が重かったか。だが最期まで騎士として勇敢に戦ったに違いない。しかし、まさか魔族の集団に奇襲を掛けられるとは……』とね?


 実力を見込んでロブロス護衛の単独任務に就かせたのも彼ですからね。当然でしょう……。


 ふふふ、もうお気づきですよね? 失礼、会議の結果をまだ伝えておりませんでした。


 ジークフレアは処分保留。ジークフレアの所業は極秘とされ、ロブロスと騎士の死は魔族のせいにされました。二人の頭部も当然、秘密裏に処分されました。


 汚いことはすべて魔族の仕業……。人間とはどこまで悪辣なのでしょうか。


 ですがご安心ください。この一件、すでに利用すべく動いております。


 我が主がこの手紙を読んでいる頃には、どこからともなく情報が洩れ、ジークフレアの残虐行為は明るみとなっているでしょう。


 これを知ったらロブロスが率いていたブランシュルッツ家の人間たちは激怒することでしょう。


 奴は無能な犬でしたが、あれでも伯爵家の当主ですからね。カールも無下にはできないはずです。


 ご存知の通り、ジークフレアが殺した娘の父親やその一族の憎悪もすでに煽っておりますので、ジークフレアはますます孤立無援となる。


 彼が紋章と聖剣の両方を手にし、勇者ニルスと合流することは我々にとって最も阻止すべきことですが、まずそれはありえないでしょう。


 もし仮に、ジークフレアが聖剣を手に入れたとしても、彼は王都に戻ったが最後、誰かに暗殺されるやもしれませんね。


 彼は恨みを買い過ぎた。この世界の行く末など気にしない、憎悪と怨嗟に染まった誰かに……。


 王族の分断、国境の弱体化、そして異教徒たちの煽動。


 わたくしが宰相として潜り込んでから蒔いてきた種が、あちこちで発芽し花開こうとしております。


 西の大国エルデランドが内部から瓦解する日も、そう遠くはないでしょう。


 わたくしは魔族の手でこの国やこの美しき王都が火の海に沈む日が待ち遠しくてたまりません。


 そしていずれ西の大陸が、ひいてはこの世界全土が我が主のものとなる日が。


 すべては魔族、そして我が主ウロトガロン様の覇道のために!


 かしこ──


 我が主の覇道を智により導く者ダラビド・エル・スカラベより。


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 手紙をしたため、男はペンを置いた。


 トントントン。


 遠慮がちなノックが聞こえてくる。


「どなたかな?」

「夜分遅くに失礼いたします」

「うむ」


 若いメイドが入って来た。


「お夜食のクッキーと紅茶を持ってまいりました」

「それはすまない。気を遣わせてしまったね」


 男がすっと立ち上がる。緑髪の背の高い男だった。決して若くはないが、均整の取れた容姿と落ち着いた雰囲気を纏っている。柔和で常に笑っているその目には、金縁の片眼鏡がよく似合っていた。


「いつも遅くまでご苦労様です」

「なに、ちょっと書類の整理をしていただけですよ。整理整頓が苦手でね」


 机には書類がたくさん広げられていた。男が肩をすくめると、メイドもくすりと笑った。


「紅茶はそっちに置いてもらおうかな」


 男が小さな丸テーブルを手で示す。


「君は確か、少し前に屋敷に来たんだったね?」

「はい。もうすぐ三か月になります」


 喋りながら、男はさり気ない仕草で手紙を隠した。


「いつもご苦労様。片づけは明日で構わないから、もう休んでいいよ」


 男が笑いかけると、メイドははにかみながら会釈した。


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさいませ、ご主人様」


 とても優しくてハンサムな紳士の下で働ける幸せを噛みしめながら、メイドは扉を閉めた。


 瞬間、男の顔から笑顔が消失する。笑っていた目が見開かれ、緑色の瞳が怪しく光った。




 エルデランド王国宰相ヘルマン・シュナットミュラー。またの名を、ダラビド・エル・スカラベ、魔王ウロトガロンの側近の一人である。

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