第12話 カレの町

「カレの町は歩きでも半日かからないんで、馬で行けばすぐですよ」

「ロアから一番近い町で、そこまでデカい町じゃないんすけど、あらかたのモノはそこで揃いますからね」


 次の日の早朝、馬に跨るとクラインとピエールはそう言った。


「そうか」


 馬上でジークフレアも応じる。


「よっしゃ、みんな揃ったね? それじゃあ出発しますか!?」


 ジークフレアの横でレシィが嬉しそうに手を上げた。


「「「……」」」


 そんな様子を、どこか釈然としない様子で三人が眺める。


「なぜついてくる、女?」

「いや女って! レシィだし!」


 思わずツッコむと、彼女は元気よくジークフレアの肩を叩いた。


「アンタ、記憶が無いってことは町までの道も分かんないんでしょ? だからアタシが案内役を務めてあげようって言ってんの。町にも詳しいしね」


 今度は自分の胸に手を置くと、得意げにその胸を反らしてみせる。


「いや~俺たちもいるし、迷わないと思うんだけどな」

「うん。俺たちも買い出しなんかで、カレの町に行くもんな」


 クラインとピエールがぽつりとこぼす。


「細かいことは気にすんなって。それじゃあ出発──!」


 レシィは先陣を切って馬を飛ばした。


「街で遊びたいだけだな、あの人……」

「さっき、オリバーさんから案内料の駄賃、貰ってたもんな」

「マジかよ!?」

「俺たちも出立しよう」


 そんな訳で、四人はカレの町に向かった。




 クラインたちの言った通り、カレの町に到着するのに長い時間はかからなかった。


「ヒャッホー☆ 久しぶりの街ブラだーっ!」


 到着するなり、レシィはピューンと街の中に消えていった。道中「いろいろと案内してあげるよ」などと公言していたのはなんだったのか……。


「やれやれ、俺たちも行きますか」


 気を取り直してクラインがジークフレアに声を掛ける。


「ジーク様、どうしました?」


 ジークフレアはキョロキョロと顔を動かし、物珍しそうに町の様子を眺めていた。


 カレの町は中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みで、戦国時代を生きたジークフレアにとって、それは見たことも無い風景だった。


 そんなジークフレアを案内しながら、クラインたちはオラフが営んでいる鍛冶屋へと向かった。


 店番をしていた一言も口を利かない無愛想な弟子に案内され、三人は半地下の工房へと降りていく。そこは熱気と鉄の臭いに包まれていた。


 体格の良い髭面の男が、炉の中から真っ赤に染まった剣を引き出す。一心不乱にハンマーを振り下ろして剣を鍛えていた。


「す、すいませ~ん」

「あの~、オラフさんですよね?」

「こんにちは~……」


 何回か声を掛けるが、こっちを見向きもしない。まるで気が付いていない様子で作業を続けている。


「じゃ、自分も忙しいんで。フッ」


 鼻で笑うと、弟子も店へと引き返して行った。工房の隅っこに、三人は取り残された。


「やっぱり噂通りだったか……」


 クラインが、がっくりと項垂れる。


「噂?」

「頑固一徹さもあって鋼鉄のオラフと呼ばれてるんですって。自分が気に入らない相手は、たとえ王族の依頼も断るとか」

「な~んか声掛けづらいよな。けどアレ、絶対聞こえてるよな?」


 ピエールがオラフの横顔を指差す。


「ホラホラ! 絶対こっち見えてるもん、アレ。聞こえてるって」

「やめろ、バカ! (洗礼だよ! わざと無視してんだよ、空気読め!)」


 ピエールの指を握ると、クラインは小声でそう言った。


「熱した鉄は冷めやすい。待とう」

「え? そ、そうですね」


 ジークフレアの意外な一言に、クラインは驚きつつそう返した。


 完全アウェーな空気感。三人は黙ったまま、暫くオラフの作業が終わるのを見守っていた。




 オラフが首に掛けたタオルで汗を拭う。ちょうど剣を一本、鍛え終えたところだった。


「鍛冶屋」


 そのタイミングで、ジークフレアが声を掛ける。


 完全に聞こえているはず。だが、まるでここに誰も居ないかのように、オラフは振舞い続けた。構わずに新しい剣を炉に差し込む。


「刀は打てるか、鍛冶屋? 打てんのならお前に用はない」


 遠慮のないジークフレアの言葉に、オラフの太い腕がピクリと痙攣した。


「誰にモノを言ってる?」


 脅すような低い声で、オラフは返した。


「答えろ。刀を打てるのか打てないのか聞いているんだ。打てんのならほかを当たる」


 オラフの挑発に乗ることなく、ジークフレアは毅然と返す。


 ジークフレアの問いに対して、オラフは彼を見ることなく、鼻で笑った。


「もしもこの俺に刀が打てないのなら、ゼスト地方で刀を打てる職人は誰一人いないだろうよ」


 どことなく自慢げに答える。


「俺は若い頃、世界中を旅しあらゆる武器の作り方に精通している。刀もその例外じゃねぇ」


 ハンマーを振るいながら続けた。


「特にアシハラの刀の作り方は、世界の武器の中でも最も難しいと謂われているが、この俺の手にかかれば──」

「くどい」


 オラフの口上を一言で断ち切る。オラフは顔を上げ、ジークフレアを睨んだ。


「刀を一振り貰いたい」

「気に入った相手にしか、俺はハンマーを振るわねぇ。お前のような奴のために打ってやるものは、ナイフの一本たりともありゃしねぇぜ」

「あ、あの。オラフさん!」


 思わず、クラインが口を挟んだ。このままではジークフレアがいつ暴れ出すか分からない。


 オラフは見るからに体格の良い大男である。見た目では、ジークフレアよりもオラフの方が圧倒的に強そうだ。だがジークフレアにかかれば瞬殺されるだろうことを、クラインもピエールも知っていた。


「別に特注で作って欲しいって訳じゃないんです。刀が置いてあれば、買えないかなぁ……と」

「見た感じ、けっこういろんな武器がありそうだもんな」


 ピエールが工房を見渡す。確かに、あちこちに多種多様な武器が置いてあった。


「今日はうるせぇ蠅が飛んでやがるぜ……」


 長い溜息を吐くと、オラフは重たい腰を上げた。天井越しに、三人を連れて来た弟子を恨めしそうに見上げる。


 奥に引っ込み、すぐに戻ってくる。


「ホラよ!」


 急に何かを放り投げてきた。ジークフレアが受け止める。


 細長い鞘に収まった剣──それはまさしくジークフレアのよく知る刀だった。


「代金は上のに渡しな。さぁ邪魔だ! 用が済んだら、さっさと帰ってくれ!」

「あ、ありがとうございました!」


 何はともあれ、(オラフの命が)無事に刀が手に入った。


 ホッとして、クラインが頭を下げる。


「やっぱあったんだ。最初から持って来てくれりゃあいいのに」

「いいから行くぞ」


 ピエールの首根っこを掴むと、クラインはピエールにも頭を下げさせた。そのまま二人で階段を登ろうとする。


 シャッ!


 後ろで鋭い音がした。


「!!」


 振り返ると、ジークフレアが刀を抜き放っていた。


「……」


 じっと刃を見つめている。


 その刃はとても鋭く冷たく、自分たちの剣とはどこか違っていた。その刃の冴えに、クラインたちは思わず息を呑む。


 だがすぐに我に返った。この状況、嫌な予感しかしない。


 ジークフレアが次にどういう行動に出るのか……。


「……」


 オラフはすでにこちらに背を向けて作業に戻っていた。その前で、ジークフレアは刀をじっと見つめている。


 ヤバイ……!!


 クラインは真っ青になった。


 だがジークフレアは何を思ったのか、近くのテーブルに刀の切っ先を据えた。


 そして右手をゆっくりと上げてゆくと……。


「破ぁあ゛あ゛あ゛!!!!」


 気合と共に、右手を刀に向かって振り下ろすのだった。

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