第23話 魔王城 ※魔王side
「ウロトガロン様」
甲冑に身を包んだ男が、玉座を前に跪く。身を低くし
だが残念なことに、彼には垂れるべき首が無かった。
「我が配下の者たちが、ジークフレアによって討たれました」
その一報を受けても、玉座の人物はさほど驚くことはなかった。
「ほほう……」
頬杖をついたままに、寧ろその口元を緩ませる。
「話を聞こうではないか、デュラハンよ」
魔王ウロトガロンは、腰まで流れる
すべてを見透かすような琥珀色の瞳に見つめられ、首なし伯爵デュラハンは改めて畏怖の念を抱く。
そして先日の一件──ガイコツ兵士の一団が荷車の輸送中にジークフレアによって全滅させられた経緯を報告するのだった。
それはデュラハン自身が、戻って来たランタンバードから知らされた情報でもある。
「──更にその後、恐らく奴らにとっても想定外の事態だったと思われますが、妖刀に封印されし幽鬼を解き放ち、幽鬼とも戦闘。傷を負いながらも、幽鬼にさえ勝利しております」
デュラハンはもう一度、お辞儀をするように身体を倒した。肩に羽織った深紅のマントが揺れる。
「フォッフォッフォ! ジークフレア・オルフヴァイン・ルーンブルク……。その名、久しぶりに耳にしたのぉ」
しわがれた笑い声が、玉座の間に響いた。デュラハンが身体を起こし、声の主へ身体を捻る。
暗がりから現れたのは、全身を漆黒のローブに包んだ老人だった。歪に曲がりくねった杖を手にし、白い髭は彼の足元まで伸びている。
「メギストス殿、貴殿も登城されていたのか」
老人に向かって、デュラハンが言う。
「トトス・ルーンブルク……。五百年前に我ら魔族を滅亡寸前まで追い詰めた勇者。その末裔であるジークフレアを我々は当初、最も警戒すべき敵と位置づけておったが……」
コツコツと杖を突きつつ、ゆっくりとデュラハンの横に並んだ。
「その稚拙で勇者とはかけ離れた人物像が明らかになるにつれ、いつしか話題にさえ上がらなくなっていった」
跪いているデュラハンに視線を落とす。
「のぉ、死神卿?」
「然様ですな」
「この老いぼれ、ゾット・トリス・メギストスも今の今まで、奴の存在などをすっかり忘れておったわい。フォッフォッ」
みょこっ!
笑うゾットの曲がった腰から、突然カラフルなキノコが生えてきた。
「フォッ!?」
「ボクも、ボクも~!」
大きなキノコは空中に飛び出すと、手足が生える。そしてピエロ姿の小さな子どもになった。
「キャハ! 嫌われ者のジークフレア! デブで無能なジークフレア! そんな奴、お呼びじゃないナ~イ! キャハハハッ!」
大笑いしながら、床を転げ回る。
「ルルチット、お主もいたか……」
「いたいた、ずっといた~」
コロコロとデュラハンの前まで転がって来ると、彼のことを下から見上げた。頭に二股の綿入り帽子を乗せ、顔は真っ白に塗られている。目にも星と涙のペイント。まさに小さなピエロだった。
「ねぇねぇ、ずっと気になってたんだけどさ?」
「なんだ」
「デュラハンは首がないのにどーやって喋ってんの~?」
ピンク色の瞳をパチクリさせ、首をこてんこてんとやりながら質問する。
「ねぇ!?」
「「ねぇ!?」」
「「「ねぇ!?」」」
急に分裂して三人になった。二人が交互にデュラハンを覗き込む。もう一人は彼の周囲を笑いながら走り回る。ウザ絡み甚だしかった。
「やめよ」
「顔がないのに喋ってる! 面白~い!」
「我輩の周りを、あまりうろちょろするな」
「ここから喋ってんの? ここか!? ここか!?」
「キャハハッ! キャハハハッ!」
「……」
ガッ!!
「うぎゃ!?」
走り回っている一人を、デュラハンは無言で捕まえた。頭を掴んだまま立ち上がると、マントで隠れていた脇に抱える自分の頭部を突き出す。その目は閉じられ、変色した唇に生白い肌。どう見ても、死した生首だった。
だがルルチットの眼前で、その生首の両目が見開かれる。白く濁った眼球がルルチットを睨んだ。
「これで満足か? この目障りな道化小僧」
「「「キャ────ッ!!」」」
三体のルルチットが同時に悲鳴を上げる。顔が下から上へと真っ青になっていった。
ドサッ!
急に首から下が捥げて、胴体が床に落ちる。はしゃいでいた二体の首もぐらつくと、胴体から転がり落ちた。
「!?」
デュラハンは、思わず掴んでいたルルチットの顔を手放した。
ポン!
胴体がピンク色の煙になって弾ける。ルルチットの三つの頭部がボールのように跳ね回りはじめた。
「キャハッ! デュラハンが驚いた!」
「自分も同じ首なしなのに驚いた!」
「可っ笑し~い! キャハハハッ!」
ボールになって笑いながら跳ね回る。
「これこれ、ルルチットや。もうそのへんにしておくのじゃ」
ゾットが声を掛ける。
「魔王ウロトガロン様の御前じゃぞ?」
「は~い」
三つのボールが天井近くまで跳ね上がっていく。玉座の真上でぶつかり合った。
ポンッ!
またピンクの煙に包まれると、ピエロ姿に戻ったルルチットが飛び出してくる。綿毛のようにふわふわと落下して、魔王の膝の上に乗った。
「フフ」
猫のように丸まると、まるで恋する少女のように魔王を上目遣いで見つめた。
「でも魔王さま~? ジークフレアは剣も魔法もダメダメで、な~んの力も無かったはずなのに、急にどうしちゃったんだろ?」
「確かに。あたくしめもそこが気になりまするな」
ゾットが思案気に長い髭を撫でる。
「奴はもう二度と歴史の表舞台には出てこないものと思おておりましたが」
「魔王様……」
「どうした、デュラハン」
物言いたげなデュラハンに魔王は静かに聞き返した。
「まだ何か気になることでもあるのか」
「実は、幽鬼との一戦において少々気になる報告がありました。あまりにも馬鹿馬鹿しい故、伝えるほどのことでもないと思っておりましたが……」
「遠慮はいらぬ。申してみよ」
デュラハンが迷いつつも口を開く。
「戦闘の際に、幽鬼が【即死魔法】を使ったらしいのです」
「ほう」
「確かにジークは魔法に掛かり、苦しんでいる様子だったのですが……。死することなく、その……、気合いで跳ね除けたとか」
「き、気合いとな!?」
横で聞いていたゾットが呆れたように腰を反る。
「それは単に、魔法が外れただけじゃろうて。或いはそもそも即死魔法ではなかったのかもしれんぞ?」
「恐らく。我輩もそう考えている」
「ク……ッ」
聞いていた魔王は俯くと声を漏らした。
「クックックッ! クハハハハハ!!」
肩を揺すって笑いはじめる。突然のことに、デュラハンとゾットは顔を見合わせた。
「すまない。だが即死魔法は確かに命中していたと、私は考えるぞ」
「どういうことでしょうか」
「本当に気合いで乗り越えちゃったとか~?」
ルルチットが魔王を見上げる。
「忘れたか? 奴は勇者の紋章を発現させた唯一の人間であることを」
魔王の言葉に、デュラハンたちはハッとした。
「まさか!」
「紋章の力で……!?」
「紋章をその身に宿せし勇者の末裔。そう容易くは討ち取れないということだ」
魔王が懐に手を伸ばす。取り出したのは、一通の手紙だった。
「実は先頃、ダラビドから興味深い手紙を受け取っていたのだ。ジークフレアの動向について書かれている」
手紙の内容を、今度は魔王が手短に話した。
「勇者の末裔ジークフレア。最早我々の眼中にはなかったが、そうはいかなくなったようじゃのぉ」
ゾットは玉座に向き直ると、胸に手を置き深々と一礼した。
「ウロトガロン様。お命じ下さればこのゾット、確実に奴の息の根を止めてみせましょう」
そこまで言うと、不意に思案気な顔になる。
「いや。勇者の紋章がどんなものか知りたいところじゃ。今後のためにも奴は生け捕りにして色々と弄るのも一興……」
言い直すと、口を歪め不気味に笑った。この老人こそ、ゲーム正史においてジークフレアをあらゆるモンスターと融合させ化け物となした張本人である。
「それ、ボクに任せてよ?」
ルルチットも瞳を楽し気に輝かせる。
「僕の幻術を使えば、あんな奴す~ぐに殺せるよ? そうだ、同じようにアイツの首を塩漬けにして魔王様にプレゼントしちゃう!」
ルンルンと笑う。
「これ、ルルチットや。聞いておらなんだか? 奴はこの
「えぇ~!」
「魔王様……」
デュラハンは静かに玉座を見上げた。
「ジークフレアを討つ役目、是非この私にお命じ下さい」
もう一度、魔王に向かって跪く。
「輸送中の荷は、各地から集めし刀剣類でした。どれも私の心の闇を満たしてくれる絶品揃い。だが、それらも奴らに奪われてしまった。その中には魔王様に献上するはずの魔槍もございました」
「ほう、それは残念なことだ」
「ジークフレアには、必ずやその報いを受けさせましょう」
「いいだろう。ならばお前に一任しよう。だが、今ではない」
魔王が玉座から立ち上がる。
ルルチットも飛び上がって、ゾットの隣に降り立った。深々と礼をするゾットの横で、ルルチットも跪いた。
「我らから動いてやる必要もない。この一件、ダラビドに伝えよう。そしてジークフレアにはもう一度、表舞台に出て来てもらおうではないか」
魔王は琥珀色の瞳を細め、三人を見下ろした。
「機が熟すまで待て。分かったな」
「御意」
魔王に向かい、三人はもう一度深々と首を垂れた。
ひれ伏す三人を前に、ウロトガロンがゆっくりと背を向ける。
バサァ……ッ!!
その背より漆黒の翼を生やす。巨大な、蝙蝠を思わせる両翼──高窓から差し込む薄明かりに、黒い鱗粉が煌めいている。
その神々しさに、三人は息を呑んだ。
「ジークフレア……。我が祖を討ちし者の末裔」
ウロトガロンが高窓を見上げてつぶやく。
「久しぶりに目を醒まし、地上に戻って見ればその血は薄れ、紋章を受け継ぎし者はあの体たらく。ガッカリしていた所だったが」
ゆっくりと両手を広げる。その琥珀色の瞳は輝き、妖気に満ちていた。
「クハハハハハ!! やはりこうでなければな!! お前のお陰で、少し愉しみが増えたぞ!!」
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