第24話 モニカへの手紙

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 Dear、モニカ──


 久しぶり。俺だ、クラインだ。元気にしているか?


 突然、こんな手紙を送りつけてしまってすまない。けれど君との別れがあまりにも唐突で、それで訳も分からずに情熱だけでペンを握ってる始末さ。


 まず一つ言いたいのは、君を失ってやっと君の大切さに気が付いたってこと。


 俺が馬鹿だった。今になってやっと冷静になれたよ。あの頃の俺は、君と会うといつも仕事の愚痴ばかりで、それで嫌気がさしたんだよな?


 愛想尽かされて当然だ、ハハ──


 だけど信じてくれ、俺は変わった。


 今じゃ愚痴も言わなくなったし、真面目にジークフレア様の下で騎士として励んでるよ。おかしいだろ? いつもあいつのこと、裏では酷い呼びようだったのにな。飲んだくれの凌辱ブタ野郎なんて平然と言っていたこともあったっけ。


 だってそうだろ? メイドの女の子たちを夜な夜な寝室に連れ込んでは弄び、俺たちも面白半分に殴られたり蹴られたりしてたんだ。こっちが下手に出てりゃ、いい気になりやがってよ。おまけに酒を飲んでは癇癪起こして暴れ回るし……。糞が! 思い出しただけでムカついて来たぜ!


 っと!? いけない、いけない。ま~た昔の悪い癖が出ちまったな! 忘れてくれ!


 信じられないかもしれないが、今はジークフレア様と過ごすのが楽しいと感じることすらある。ヒヤヒヤさせられることのほうが圧倒的に多いけどな、ハハ──


 驚くことにジーク様も、変わったんだ。何がどう変わったかって言うと、ちょっと説明が難しいんだけどな。


 思えば王都からロアへ来る前から、あの人の評判は最悪だった。


 こんな田舎の村にも届いていたもんな、彼の悪評は……。おまけにこっちに来る理由が幼馴染だった子爵家のご令嬢を手に掛けたからと来たもんだ。


『勇者の血を引く王族ってだけで、罪にも問われずに王都から田舎町に匿われるようなものじゃない。本当に最低な男だわ!』


 流石の君も、そう言って軽蔑していたね。


 俺もそうだった。そして、確かに彼は想像通りの男だったんだ。


 今もジーク様は同じように粗野で乱暴で、何をしでかすか分からないところがある。ほんのこの前の事件──王都からの使者を斬った事件を知ってるだろ? あの通りだ。


 けれどな、そばにいると分かるんだ。変わったって。


 兎に角、こんな訳で俺はもう大丈夫だ。


 仕事の愚痴ばかりこぼすクラインは、もういない。信じてくれ、俺は変わった。今度一度、話さないか?


 愛してる。君に幸あれ──


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 そっとペンを置く。読み返して、クラインは唸った。


「っ~~! ダメだ、これじゃあ!」


 嘆きながら手紙をくしゃくしゃと丸めると、ポイとゴミ箱に捨てた。気を取り直して、もう一度机に向き直る。


「「ハハハハハ!」」


 笑い声に振り返る。ジークフレアとピエールが楽しそうに酒を飲んでいた。


 ほんのこの前まではあり得ない光景だよな……。


 うるさいなと思いつつ、微笑ましくも思えてしまう。


「楽しそうですね。何の話してたんですか?」

「あのじゃじゃ馬女のことよ!」

「それって、レシィのことですか?」


 クラインの問いかけに、ジークフレアはニタリと笑ってうなずいた。


「見れば見るほどにイイ女子おなごだな、彼奴あやつは。これから聖堂に押し入って夜這いでもしようかと話していた」

「下衆極まりねぇな!! とんでもねぇ、話してたよ!! あ、スイマセン」


 思わず暴言を吐いたことを、クラインはすぐに謝った。


「でも、この前みたいにキツイ一発を貰っちゃうかもですよ?」

「あれは効いたなぁ」


 ピエールにそう言われると、ジークフレアは自分の股間を揉み上げた。


「悔しいが、あれを思い出す度にここがゾクゾクとするわい。呵々呵々」

「こいつぁ、変態か?」

「それに聖女様を穢すことは大罪ですよ?」

「ピエールの言う通りっすよ、まったく。てか、怪我や毒を治してもらったことへの感謝の心はないんすか……」


 自分の主人ながら、クラインは情けなくて涙が出てくる。


「第一、レシィは聖堂で寝泊まりしてないですから聖堂にはいないんです」

「そうなのか?」

「ええ。彼女の家もロア村にあって、場所は──」

「言うんじゃねぇよ! 馬鹿か、お前!」


 クラインが咄嗟にピエールを遮る。


「ダメなん?」

「この流れで家を教えるとか頭おかしいだろ!」

「連れんなぁ、クライン」


 ジークフレアは、どこか軽蔑するような眼差しをクラインに向けた。


「外を見てみろよ」

「?」


 ジークフレアが窓の外を見やる。自ずと二人も窓の外に目を向けた。


「神に仕えし清らかな、だがそれでいて気の強いじゃじゃ馬巫女を手籠めにし乗り回す。こんな夜に相応しい一興であろうがっ!!」

「いや、どんな夜だよ!? テメェの銀髪、全部毟り取ってやろうか!!」


 クラインの暴言を聞いても、ジークフレアは愉快そうに呵々と笑うだけである。


 クラインは頭を抱えた。


「嗚呼、モニカ。やっぱコイツ、ダメかもしれない……」


 クラインは手紙を書くのを諦めた。




 深夜。皆、寝静まった。


 ジークフレアはこっそりと屋敷を抜け出した。夜風が酔い覚ましに丁度良い。


 カチャ。


 妖刀ムラマサを引き抜く。


 紫色に冴える刀身。そこに自分の顔が映っていた。


 ここのところ、彼の身の内は疼いていた。酒を呑んでも、やはり満たされない。


「ここまで人を斬らないのはいつぶりだ……?」


 乱世に生き、多くの戦場を渡り歩いてきた彼がここまで長い間、人を斬らないのは珍しいことだった。


 だからこそ疼く。ある欲。


 その欲は、刀を手にして更に昂ぶっていた。


「良い刀が手に入ったし、試し斬りと興ずるか」


 村へと出ていく。だが──


「人っ子一人いないな……。まあよい、久しぶりだ。そのへんの百姓を斬るのもつまらんからな。もっと愉しめる相手を探すか」


 彼が知っている人のいる場所。それは刀を手に入れたカレの町を於いてほかにない。


 あの町には、夜までやっている酒場もあるとクラインが言っていた。


「酔った町人でも斬るか」


 口を歪ませると、呵々と嗤った。いそいそと屋敷の馬屋に取って返す。


 人斬りの欲、抑えがたし。


 もうお分かりだと思うが、彼は武士である。だが、武士道などと呼ばれる崇高な精神など持ち合わせていなかった。


 戯れに村人を皆殺しにしたこともある。それが彼だ。


 そもそもが武士道など、泰平の時代になって整備された後付けの精神論に他ならない。


 彼は武芸者ではなく、戦人いくさびとである。刀も、槍も、弓も、それ以外のすべての戦う術は、殺すための術だった。生きるための術だった。決して芸事などでは、ない。


 彼はどこまでも、戦国の世に生きた武士の一人にすぎなかった。乱世を駆け抜けた一人の戦人にすぎなかった。


「たっぷりと血を吸わせてやるぞ」


 馬に跨ると、ジークフレアはカレの町に向かって駆け出した。

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