第25話 血の海地獄、嗤う鬼

 夜のカレの町。


 馬を飛ばし、ジークフレアがカレに着いたのは深夜だった。更には小雨も降ってきたせいか、通りに人気はない。


 雨に濡れた石畳が薄っすらと輝き、奥まで続いていた。獲物を探し大通りを進んでいくが酔っ払いとさえ出会わなかった。結局、町の端まで行き着いてしまう。


「別の通りを探してみるか」


 引き返しつつ、建物と建物の間を通り抜けていく。途中で、石畳が地べたに変わる。ジークフレアはしばらく、路地裏をあてどもなく進んでいった。


「観念するんだな、ガキども」


 ふとした時、遠くからそんな声が聞こえてきた。同時に笑い声も。男だ。しかも一人二人ではなさそうだ。


 声の方へ馬を進める。


「マティアス様に盾突いたお前らが悪いんだぜ?」

「この町を治めるマティアス様に歯向かうとどうなるか、今からたっぷりと教えてやるからな、へっへっへ!」

「だが安心しろ。最後にはちゃーんと、パパとママの下に送ってやるからよ」

「よーし、まずは舌出せ。減らず口利けないように、穴開けてやっからよぉ?」


 声がだんだんと近くなってきた。


 焚火でもしているのだろう。揺らめく人影が建物に大きく映っている。


 ──ザッ。


 角を曲がると、開けた場所に出た。そこに、男たちがたむろしていた。


 見ぃつけた。


 鬼は、人知れず嗤った。


 ジークフレアの一番近くにいた男が、ぞくりと肩を震わせる。ハッとして後ろを振り返った。


「なっ!? オイ貴様、何してやがる!!」


 ジークフレアは構わずに馬を進める。馬上から男たちを一瞥した。


 いかにもガラの悪い連中だった。人数は六人。それぞれ短剣や斧などの得物を所持している。彼らの多くは焚き火の近くで何かを囲っていた。


 男の一人が手に火掻き棒を持ち、その先端は真っ赤に発光している。その焼けた火掻き棒の奥に、二人の子どもの顔が見えた。二人とも縄で縛られ、膝を屈している。


 真っ赤な鉄の先端は今にも子どもの顔に触れんばかりだ。二人とも恐怖で顔が引き攣っていた。


 先ほどの会話から、彼らが何をしようとしていたのかジークフレアはおおよその察しがついた。


「誰だテメェ、ジロジロ見てんじゃねぇぞ!」

「痛い目見たくなかったら、さっさと消えろ!」


 二人の男が近付いてくる。だが、ジークフレアの格好と腰の刀を見て足を止めた。


 彼の服装はどう見ても平民ではない。それに気づいた男が、口元を歪ませる。


「へっへっへ。こんな雨の夜に一人でお散歩ですかい、お貴族様~?」


 ほかの男たちもわらわらと近づいて来る。ジークフレアはあっという間に取り囲まれた。


「運が悪かったなぁ、おっさん。有り金、全部置いていってもらおうか?」

「それから馬もな」

「それに服もだ。随分と上等なの着てんじゃないかよ? そんなブヨブヨの醜い身体に着られちゃ、服が可哀そうってもんだぜ」


 何がおかしいのか、ゲラゲラと笑い合う。


「な~に黙ってる!? さっさと馬から降りろってんだ!!」


 一人が威嚇するように近づいてくる。が、ジークフレアの顔を見て、またしても動きを止めた。


「っ!? おっ、お前は……!」

「どうした?」

「こいつ、ジークフレアだ!」

「なんだって!?」


 ほかの連中もジークフレアの顔を覗き込んでくる。


「ハッ、こりゃ驚きだ!」


 一人が、鼻で笑った。


「ジークフレアって言やぁ、王都で散々やらかして、今はロアの村で謹慎中だったよなぁ?」

「ちょっと前に噂で聞いたが、カレの町でコイツを見かけたって奴がいた」

「へ~。なら噂は本当だったってわけだ」

「よぉ、公爵さんよぉ? お前、こんなところで何してやがんだよ?」


 ジークフレアの名を聞いて、縛られている二人の子どもも顔を上げた。何故か食い入るようにジークフレアを見つめている。

 二人とも水色の髪と水色の瞳をした子どもで、顔立ちがどことなく似ている。そして二人とも見るからに貧相でボロボロの服を着ていた。


 ジークフレアが黙っていると、男たちは今度は悪巧みでもするように息を潜ませる。


「こいつぁ、ラッキーだぜ。コイツ、俺らで殺害バラしちまおう」

「おいおい、さすがに問題にならねぇか?」

「安心しろ。なぜならここは、マティアス様率いるウィッケンロー家が治めるカレの町なんだからよぉ。褒美は貰えても、罪に問われるこたぁまずない」

「それにコイツはもう、王族でもなければ公爵でもねぇ。身分も最低ランクの騎士爵だ。その辺の一般人と変わりないさ」

「マティアス様同様、憎んでる奴も多いからな」

「違いねぇや」

「憎っくきジークフレアが死んだと知ったら、マティアス様もさぞお喜びになるだろうぜ」


 算段が決まったようで、男たち全員がジークフレアに向き直る。


「へっへっへ! てなわけで、死んでもらうぜぇジークフレア様ぁ?」


 男たちはジークフレアを見上げ、陰惨な笑みを浮かべはじめた。


「オイ、お前はマティアス様を呼んで来い。ちゃんと確認してもらわねぇと褒美貰えないからなぁ」

「わかった、すぐに呼んでくらぁ!」


 一人が離脱し暗がりに消える。ほかの五人は腰の武器を抜き放った。


「いつまで高みの見物してるつもりだ!? ジークフレアよぉ!?」

「さっさと降りて来い! 逃がさねぇぜ?」


 ジークフレアは素直に馬から降りた。


「護衛も連れないで、お貴族様がこんな場所をうろつくもんじゃないぜぇ?」

「何の目的でほっつき歩いてたか知らねぇが、運の尽きだったなぁ、ジークフレア?」


 短剣や斧を手に、距離を詰めてくる。


「人を、斬りたくてな」

「あ?」

「良い刀が手に入ったんで、試し斬りをしたかったんだ」

「何を──!?」


 にぃぃぃぃ。


 彼らを見て、ジークフレアは再び嗤った。


「な、なんだお前……っ!?」

「僥倖!!」


 鯉口を切り、ジークフレアは男たちに飛びかかっていった。




 血の海地獄に、一匹の鬼が立っていた。そこら中に、輪切りにされた胴やら腕やら足やらが転がっている。


 皆殺しにするまでに、いつもより時間を要した。色々な斬り方を試したかったので、一瞬で絶命する急所は敢えて外したからだ。


 袈裟斬り、逆袈裟、斬り上げ、斬り下げ、左右の薙ぎ払い、削ぎ斬り、突き刺し、突き刺しからの斬り上げ、斬り下げ……。


 あらかたの斬り方は試すことができ、満足はしていたが、どこか不満そうに鼻で息を漏らす。


「斬れ味が良すぎて、ちとつまらんほどだな。呵々……」


 呆れたように、そして愉快そうに、嗤う。肉や骨を断つ感触がいつもよりもあっさりしていたのはそのためだ。


 ヒュン! ヒュン!


 血振りし、刀身の血を落とす。


「……」


 ジークフレアはスタスタと例の二人の子どもに近づいていった。近くでよく見ると、一人は男の子で、もう一人は女の子らしい。女の子の両肩にはおさげ髪が乗っていた。


「っ、わぁ、ぁ……!」

「ひ、ひぃぃ……!」


 目の前に迫る鬼に、子どもたちは怯えたように足を動かし、逃げようとする。たった今ジークフレアが起こした惨劇を見せつけられたのだ。逃げようとして当然だった。だが、縛られているのでどうしようもない。


 ジークフレアは躊躇もなく刀を二人に近づけた。


 ぐっ!


「!?」


 縄に、刀身を押し付ける。


 二人を縛るその縄を切る、でもなく刀の血糊を縄で拭きはじめた。あらかた拭き終えると、懐から紙を取り出す。

 水気や血を拭き取るぬぐがみだった。


 それを使って、最後の仕上げに丁寧に血を拭き取っていく。


「うん」


 刀身を眺め、満足そうにうなずくと鞘に納めた。子どもたちには目もくれず、すぐに馬の方へ踵を返す。


「ちょ、オイ!」

「?」

「助けてくれないのかよ!?」


 男の子の方が、思わずそう言った。女の子も、どこか非難するような目でジークフレアを見ている。


「……縄を切って欲しいのか?」

「当たり前だろうが、この状況」

「ならそう言え」


 一言だけ言うと、血の海に落ちている斧を拾う。汚れるから、自分の得物は使いたくなかった。


 縄を切り裂くと、すぐに取って返し二人を一瞥することもなくジークフレアはロアの村へと引き返して行った。


「「……」」


 自由の身になった二人だったが、目の前で起きたことが今でも信じられなくて、しばらく放心状態のまま座り込んでいた。


 すると遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。


「もしかして、マティアス!?」

「そう言えば、仲間の一人がマティアスを呼びに行ってたよね」

「ヤバイ、戻ってきたんだ!」


 すぐに逃げなければ殺される。二人は身構えた。


「「!?」」


 だが建物の影から現れたのは、ジークフレアだった。


「……」

「「……」」

「……」

「「……?」」


 しばし見つめ合う。


「道に、迷った」


 少々言いにくそうに、彼は言った。


「駄賃をやる。案内あないせい」

「「……はい??」」

「案内せいっ!!」


 有無を言わさず叫ぶジークフレア。馬の首を巡らせて、行ってしまった。


 困惑度マックスの顔で二人は互いの顔を見合った。そして訳も分からぬままに、ジークフレアの後を追って走り出した。

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