第26話 鬼の好感度

 翌日、ロアの村は朝から慌ただしかった。


「この時期はいつも、春祭に向けて村人総出で準備するんです。さあ、俺たちも手伝いましょう、ジーク様!」


 春祭は、春の到来を祝福し光の女神グローレイアと精霊に感謝を捧げる行事で、春になると多くの町や村で開催されていた。

 ジークフレアも半ば強引に、春祭のメイン会場となるロア村の広場へ連れ出されたのだが……。


「ふあぁぁぁ!」


 張り切るクラインに対して、ジークフレアの足取りは重かった。もう何度目かの欠伸が漏れる。

 それもそのはず、昨日ジークフレアが村に戻ったのは、すっかり外が白み始める時間帯だった。


「やっぱり帰って昼寝でもするか」

「いや、まだ朝っすよ! ホラ、村の人たちのお手伝いをしましょうって!」


 クラインがジークフレアの腰を押す。


「ピエール、お前も何とか言えよ?」

「ん? ああ。あっ……」


 ドン──!


 ジークフレアがふらふらと歩いていると、小さな子どもとぶつかってしまった。思わず足を止めたが、子どもは衝撃で転んでしまった。


「うわーん!!」


 痛かったのか泣きはじめる。


「大丈夫?」

「擦りむいちゃった?」


 クラインとピエールが慌てて駆け寄る。ジークフレアもゆっくりとしゃがみ込んだ。


 立たせようとすると、さっと横から誰かが割って入った。母親らしい。


 子どもを奪い返すように抱きかかえ、ジークフレアからサササと距離を取る。俯いたまま、地べたに膝を着いた。


「すいません、すいません」

「本当に申し訳ございません。お許しくださいませ」


 父親らしき男も女の横に座ると一緒に謝りはじめる。親子は必要以上に謙り、慇懃に謝り続けた。ジークフレアの顔は一切見ずに。


「「……」」


 クラインとピエールが互いの顔をちらりと見やる。


 ジークフレアが顔を上げると、まるで時が止まったかのように村人たちが黙ってこちらに視線を向けていた。


 一通り謝り終えると、親子はそのままどこかに消える。


 ジークフレアに視線を向けられた村人たちはさっとその視線を避けて、また楽し気に準備を始めるのだった。


「アイタ~! 田舎の嫌なとこ出ちゃってんな~!」


 クラインは苦い顔をして、思わず額を手で打った。


「ジーク様、あまり気にせず──」

「釣りにでも行くか」

「え?」

「クライン、ピエール、準備しろ」


 そう言うと、村の中心から離れていった。




 村の外れ、少し森に入った渓流で、三人は釣竿を垂らしていた。クラインが子どもの頃に見つけた穴場でもある。


 ジークフレアは腰の刀を引き抜き横に置くと、気持ちよさそうに背伸びをした。


「昼寝日和だ」


 大の字に寝っ転がる。小川のせせらぎと、鳥の声。まったりとした時間が流れている。


「どうにかして、村人の好感度を上げられりゃ良いんすけどね~」


 ジークフレアの横で、クラインがぽつりとそう言った。対岸で釣竿を垂らすピエールも相槌を打つ。


「けどジーク様、ぶっちゃけ国中の嫌われ者だもんな」

「お前さ……。本当のことをサラッと言うなよ」

「そうなのか?」


 目を瞑ったまま、ジークフレアは二人に聞き返した。


「……王都でのジーク様の悪業として有名なのは、社交パーティーで嫌いな相手に裸踊りさせて恥を掻かせたり、金で買った平民の女性をとっかえひっかえ弄んで飽きたらゴミ屑のように捨てたりとかですかね。まぁ、控えめに言って最低っす」

「呵々、愉快だな」

「い~や、どこがですか!? とんだ下衆貴族ですよ」

「まあ、全部ただの噂なんですけどね~」


 ピエールが川の中を覗き込みながら答える。


「俺ら王都に住んでるわけじゃないし、実際んとこどうなのかな?」

「さあ?」


 肩を竦めると、クラインは寝っ転がったジークフレアに顔を向けた。


「何か思い出したことってあります?」

「いや?」

「そうですか。記憶、マジで戻んないっすね~」

「ま、王都の噂はどうでもいいとして、村の人とは仲良くした方が良いかもな?」

「それなんだよな!」


 クラインが唸りながら膝を打つ。


「実は今日も、春祭の準備を手伝うことで好感度を上げられねぇかなと思ってたんだけどさ。題してクライン考案【ジーク様の好感度爆上げ大作戦!】的な?」


 男三人、だらけながらそんな話をしていると……。


 ガサガサッ!!


 近くの草むらが揺れたかと思うと、急に人影が勢いよく飛び出して来た。


「ジークフレアッ、覚悟──!!」

「「!?」」


 少年だった。見すぼらしいボロボロの服を着た少年は、二人が気づいた瞬間にはもう、短剣を振り上げ、ジークフレア目がけて飛び掛かっていた。その短剣は、真っ黒な血で染まっている。


 突然のことで、クラインもピエールも何も反応できなかった。


 寝っ転がっているジークフレアの顔面に血塗られた刃が振り下ろされる。


 むんず──ッッ!!


「ぷぎょ!?」


 少年が奇妙な声を上げ、ピタリと動きを止めた。


 目を瞑ったまま、ジークフレアが少年の股間を鷲掴みにしていたのだ。顔を紅潮させ、少年が内股でプルプルと震える。


 喝ッ──!!


 目を見開くと、ジークフレアは転がりながら一瞬で少年の背後に回り込んだ。その勢いのまま、少年の背を蹴たぐった。


「う、うわっ!?」


 ドボーーンッ!!


 水飛沫を上げて、派手に川に落ちる。


 ザッ!!


 と同時、今度は背後の岩陰からもう一つの影が躍り出る。


「あっ!!」

「ジーク様、も一人いました」


 ピエールが指差す先には、斧を手にしたおさげ髪の少女が一人。少年と同じく、貧相な身なりの少女だった。彼女の斧もべっとりと黒い血に汚れている。


 ドッ!


 斧が振り下ろされる瞬間、ジークフレアは自ら入り身して少女にたいを当てた。


「うぐっ!」


 斧が空を切る。振り下ろされた腕を取り、ジークフレアは相手の勢いを利用して少女を思いきり前に投げる。


「きゃぁぁ!!」


 ドボーーンッ!!


 少女も腰から派手に水面に叩きつけられた。


「大丈夫ですか!?」


 クラインとピエールがジークフレアのそばに駆け寄る。ジークフレアは黙って二人の子どもを見ていた。


「村の子、じゃないみたいだな」

「ああ……」


 少年と少女は、小川の中で座り込み、険しい表情でジークフレアを睨み上げていた。


「呵々呵々」


 愉快そうに、ジークフレアが笑う。


「命を助けた相手に、次の日には刃を向けられる……。これだから人の世は面白い」


 その二人は、昨夜ジークフレアが助けたあの子どもたちだった。

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