第22話 やればできる子

「あ~ムカつく! あのエロ司祭っ!」


 プリプリ怒りながら、レシィが道を歩いている。


「ったく、なんなんだよ! 【ホーリーライト】を習いたいって言ってんだから、素直に教えてくれりゃいいじゃんかよ! 折角、ヤル気出してたのにさ!」


 目の前の石ころを蹴り飛ばした。


「……」


 ブツブツと文句を言いながらも、頭の中では先日の森での戦いを思い出していた。


 あの時、自分がホーリーライトを憶えていたら、もっと役に立てたかもしれないのだ。だが、結局自分はなにも出来なかった。


 レシィにはそれがどうにも歯痒くて、悔しい。


『ホーリーライトはデフォルトでしょ、普通!!』

『ハッハッハッハ! とんだポンコツ聖女め!』


 自分に向けられた言葉を思い出すと、胸がチクリと痛む。


 だからこそ、決して自分からは率先してやろうとしてこなかった魔法の勉強をやってみたのだが、やはり苦手をすぐに克服は出来ず、撃沈するに至ったのである。


「アイツ、大丈夫かな……」


 ジークフレア──あれ以来顔を見ていない。


 レシィには他にもモヤモヤとしていることがあった。あの時、幽鬼との戦いで負ったジークフレアの傷だが、実は魔力が不足して完全には治せなかったのだ。


 特に傷が深かった縦に斬られた傷は傷跡が残っていた。


「魔力も回復したし、治してやるか」


 ちょうど彼のことを思っていると、遠くからけけたたましい叫び声が聞こえてくる。


「ヒィィ!? ま、魔物かのぉ?」


 偶然そばを通っていた村人老人がワナワナ震えながら周囲を見やる。


「この声、アイツだ」


 レシィの足は、自然とジークフレアの屋敷へと向かう。


 村の外れに、彼の屋敷はある。メイドのヘレンに一声かけて裏庭に回り込んだ。


 ちょうどジークフレアが太い木で身体を支え、上半身裸でゲロを吐いているところだった。


「うげっ!? どういう状況!?」


 レシィは唖然とする。


「あ、聖女様」

「この前はどうも」


 クラインとピエールがレシィに気が付いて声を掛ける。


「だから、アタシのことはレシィで良いって言ったっしょ、クラっち?」

「そうでした」


 【クラっち】ことクラインが答える。


「んで? 一体なんなのよ、これは?」

「いつものことです」

「立木打ちって言う稽古ですね」


 二人はそう答えた。


「稽古って、吐くまでやらなくても……ってあれ?」


 レシィが何かに気付く。


「傷、治ってるし」


 身体に出来ていたはずの傷跡が無くなっている。


「あの時の傷なら、もうポーション使って治しました」

「ま~た屋敷の在庫、無くなっちゃったんすけどねぇ」


 ピエールが困ったように笑う。


「そ、そう」


 拍子抜けしたレシィは弱々しく、そう返した。無意識に拳を握り込んでいた。


「ゼェ! ゼェ! ゼェ……!」


 ジークフレアは肩で息をすると、横に並べられた木の束の前に向かう。丸太のような木刀で再び立木打ちを始めた。


「ちょ、まだやんの!?」

「今日はこれくらいにしといた方が良くないですか~」


 クラインも遠くから声を掛ける。


「……聞こえてねぇか」

「アンタら止めた方が良くない!?」


 レシィは呆れたようにクラインとピールに向かって言った。


「聞かないんすよねぇ」

「でも、休んでた方が毒の治りも早いと思うんだけどなぁ……」


 ピエールの言葉に、レシィは目を丸くした。


「毒!? ピエピー、毒ってなに!?」


 ピエールこと【ピエピー】に聞き返す。


「あの妖刀、毒があったみたいなんすよ」

「毒属性武器ってヤツだな。呪われた武器らしいっちゃらしいけど」

「いやいや、それなら【どくけし】使って治しなよ!?」

「屋敷にも村にも、今ストックないんすよねぇ……」

「ジーク様も『要らん』の一点張りだしな」


 レシィは慌ててジークフレアの前に回り込んだ。


「!」


 稽古で疲労しているというだけではなく、かなりやつれている。顔色も酷く悪い。息の仕方も、明らかに苦しそうだった。


「馬鹿じゃん、アンタ!! マジ、安静にしときなって!」


 レシィは思わず怒鳴っていた。


「構わん、この程度」


 ジークフレアが目障りだと言わんばかりの顔でレシィを見る。だがその言葉にもいつもの覇気はなかった。


「どけ」


 レシィを押しのけて、木刀を振り上げる。


「こんの……っ! 大人しく寝てろ、病人っ!!」


 バコッ!!


 真後ろから、レシィはジークフレアの金的を蹴り上げていた。


「えぇ~っ!?!?」


 急なことでクラインがびっくりする。


「づ……!? お、女ぁぁ」


 ジークフレアが後ろのレシィを睨みながら前のめりに倒れていく。


「こ、殺……」


 うずくまると、そのまま気を失った。


「ちょ、急にな~にやってんすかぁ!?」

「アッハハハハハハ!」


 クラインが声を掛けるが、レシィはムッとしたまま突っ立ったままだった。ピエールは一人、大笑いしている。


「ま、良かったんじゃねぇか? このままだとまた悪化してたし」

「ハァ……。運ぶか」


 クラインとピエールがいつもの如く、ジークフレアの身体を持ち上げた。その横を、レシィは無言で走り出す。


「あれ、聖女さ──じゃなかった、レシィ?」

「もう帰るんですか~?」

「ごめん! ちょっと用事思い出したわ!」


 立ち止まると、振り返らずにそう言った。


「そうだ、【どくけし】ならすぐに用意すっから、それまでその馬鹿に安静にしとけって言っといて! ごめんね、クラっち、ピエピー!」


 顔を腕で拭うような仕草をして、そのまま走り去っていった。


 レシィは全力で駆けた。走りながら、思う。


 アタシ、なにもかも中途半端で……、こんなんメッチャ格好悪いじゃん!


「ダメダメ!! こんなん、全然ダメだって!!」


 聖堂に戻るなり、さきほどの部屋に飛び込む。


「ポポイヤッ!!」

「ん? 早かったで──うわぁ!?」


 レシィは、まったりと寛いでいた彼の胸ぐらを掴んだ。


「ななな、なに?」

「アタシに【ポイデト】と【どくけし】の作り方教えて!!」


 突然レシィがそう言ったので、ポポイヤはキョトンとした。


「急にどうしたんですか?」

「アイツが、ジークが毒に侵されてて、けど今のアタシじゃなにも出来なくて……。そもそも、この前も戦闘の役に立つどころか、傷を治すことすらまともに出来なくて……!」


 ぎゅっと両手を握りしめると、急にブンブンと首を横に振った。


「いや、そうじゃなくて! とにかく、このままじゃアタシ、ずーっと中途半端なままだから! やっぱ、そんなん嫌だから。だから──!!」


 涙を浮かべると、レシィは深く頭を下げる。


「お願いしますっ!! ポイデトとどくけしの作り方を教えてくださいっ!!」

「【ホーリーライト】じゃなくて、いいの?」


 事情を察したポポイヤは優しい笑顔で聞き返した。


「いいよ、ちゃんと基礎からやる! やります!」

「わかりました。ならばやりましょうか!」

「うん! ありがとう!」


 こうして、レシィは毒を治癒させる魔法【ポイデト】と回復アイテム【どくけし】の作り方をマスターするべく、ポポイヤと修行を開始した。




 そして次の日の夜。トイレに起きたポポイヤは、聖堂の離れから明かりが漏れているのに気がつく。

 そこはポーションなどの回復アイテムを作るための小屋だった。


「レシィちゃん、まだお家に帰ってなかったんですか?」


 ポポイヤは、遠慮がちにドアを開けた。


「あまり根を詰めすぎると身体に毒ですよ。──おや!?」


 ガラス瓶の中の液体を見て、思わず声を上げた。


 綺麗な紫色の液体が入っている。その中で魔法の粒子が明滅していた。正真正銘、立派などくけしである。


「ふふふ……」


 ポポイヤは笑うと、椅子に引っ掛かった上着を、机に突っ伏して眠るレシィの肩にそっと掛けた。


 そこら中に薬草やら魔法書やらが散乱している。


「むにゃむにゃ……。ジーク、今度はアタシが」

「レシィちゃんは、やればできる子なんです」


 そう言うと、明かりを消してそっと部屋を出ていくのだった。


 ……

 ………

 …………


『レシィは【ポイデト】を習得した!』


『レシィは【どくけし】の作り方を覚えた!』




 数日後──


「ヤッホー☆ 今日もやってる~!?」


 ジークフレアの屋敷裏庭に、レシィが元気に登場する。ちょうど稽古を終えたばかりのジークフレアは木陰で休んでいるところだった。


「どくけし、持って来てやったぞ! さ、飲め飲め!」


 グイッとジークフレアの口に押し付ける。


「むぐっ!? っ、要らんっ!」


 ジークフレアが突っ撥ねる。


「そんな遠慮せずに飲めって」


 「困った奴だなぁ」とばかりにレシィは眉を寄せて笑った。


 そんな彼女を見て、ジークフレアは端的に言うとドン引きしていた。そんな言葉、戦国時代には無いのだが。


「毎日毎日……。一体何本飲ませる気だ! 毒などとっくに治っておるわ!」


 苛立って立ち上がる。


「じゃあ、ポイデト掛けてやる! ちょっとここに座れって!」

「だから毒はもう治った! 人の話を聞けっ!」


 ジークフレアが逃げるようにその場を去るも、レシィは笑顔で追いかけていく。


「待てって、ジーク!」

「知らん! ついて来るなっ!」


 そんなレシィの様子を、クラインとピエールは少し遠くから見つめていた。


「よっぽど嬉しかったんだな。ポイデトとどくけしを覚えたのが」

「あれから毎日、どくけし飲ませてポイデト掛けてるもんな」

「身体に悪いんじゃねぇか、逆に」


 二人の後姿をクラインとピエールは呆れたように目で追うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る