第21話 魔法のお勉強
ぷすぷすぷす……!
机に向かっていたレシィの頭から突然、湯気が立ち昇る。
「っ~~、分っからぁーーんっ!!」
今度は叫びながら机に突っ伏した。
「やっぱアタシ、勉強向いてないのかなぁ……」
ドタドタドタ!
「だっ、大丈夫、レシィちゃん!?」
騒がしい足音とともに、司祭のポポイヤも部屋に飛び込んできた。今の声を聞いたようだ。
「レシィちゃん?」
机の上に所狭しと広げられている本を見て、ポポイヤは目を丸くした。その本はどれも、
「魔法書……。まさかレシィちゃん、魔法のお勉強をしてたんですか?」
「けど、もう、ギブ……」
机に向かいはじめて約十分──レシィ、知恵熱にあえなく撃沈す。
「さ、お茶でも飲んでちょっと息抜きしましょう」
ポポイヤが、レシィにそっとお茶を差し出す。自分も「司祭」と書かれた湯呑を両手に持ち、ズズズと緑茶を啜った。
二人の前にはお盆に乗った櫛団子も置いてある。
あり得ない和テイスト。だがここは現実の中世ヨーロッパ世界ではないので、そこにツッコんではいけないのだ。
「いやぁ、さっきは驚きましたが、でも率先して魔法のお勉強をしてくれるなんて、ポポイヤは嬉しいですよ」
「うんうん!」とうなずきながら、ポポイヤが顔をほころばせる。
「ところで、お勉強していたのは【ポイデト】ですか? 司祭や聖女が【ヒール】の次に習得すると言ったら、毒を治癒する【ポイデト】ですからねぇ。あ、そうだ! ついでに【どくけし】の作り方もそろそろ憶えてもらったりしたら、ポポイヤ、すごく嬉しいですよ?」
「ポイデト? んなもん興味ねぇけど?」
だらだらと喋るポポイヤに、レシィは短く返した。
「へ? そ、そうなんですか? じゃあ、さっきは一体何を……」
「これ!」
一冊の本をポポイヤに手渡す。それは光魔法の魔法書には違いなかったが、回復魔法ではなく攻撃魔法の基礎を記した本だった。
「これは【ホーリーライト】の……。まさかレシィちゃん、【ホーリーライト】を憶えようとしてたんですか?」
「そうだよ」
椅子の背もたれに腕を乗せると、レシィは溜息交じりに項垂れた。
「でも本読むだけじゃチンプンカンプンでさぁ。やっぱ、アタシは本で勉強するより人から習うほうが性に合ってると思うんだよねぇ。実践あるのみ! 身体で覚える! ってな感じでさ?」
ブツブツ文句を垂れながら長い金髪を手櫛でほどく。だが、突然何かを閃いたように表情が明るくなった。
「そうだよ! その手があるじゃん!」
「?」
「ポポイヤ! アタシにホーリーライトを教えてよ!」
「えっ、私がですか!?」
ポポイヤはレシィの圧に思わず身を退いた。
「そ! 使えるんでしょ、ホーリーライト!」
「それはまぁ、使えますけど……」
「ならさ、ちゃちゃっとアタシに教えなさいよ!」
「……」
ポポイヤはホーリーライトの魔法書をゆっくりと閉じた。それをレシィに返す。
「レシィちゃんには、ホーリーライトはまだ少し早いですよ」
レシィを見て困ったように笑った。
「それに実践も大事ですが、やはりまずは基礎が大切です。順当に、毒を治療するポイデトから習得しましょう」
そう言って人差し指を立てる。
「あ! それとどくけしの作り方もね」と付け加えた。
「そろそろポーションだけでなく、どくけしも作れるようになって欲しいんです。私一人でどくけし作るの、大変ですから……」
聖女レシィが使える魔法はヒールのみ。そして実は、作れる回復アイテムもポーションだけだった。司祭ポポイヤの苦労がうかがえる。
「毒持ったモンスターなんて、このあたりあんまいないじゃん?」
レシィが溜息交じりに反論する。
確かにそれはその通りだった。そもそもロアの村周辺のモンスターは極端に弱い。それに、モンスター自体があまり発生しない。
「この村は五百年前に勇者様が誕生した場所。伝承によると、この村のどこかに勇者様が魔王を討った聖剣も封印されているとか」
ポポイヤが神妙な顔をしてうなずく。
「今も勇者様の御力で守られているんでしょうね」
「なら、なおさらポイデトとかどくけしは後回しでいいじゃん! アタシはホーリーライトが使えるようになりたいんだって!」
足を組むと机に肘をついて手をフリフリする。
「だからさチャチャッと教えてよ、チャチャッとさ!」
「魔法は、繊細な技術です……」
いつもなら魅惑の太腿に目をやるポポイヤなのだが、今日は違った。どこか悲しい顔をしてレシィを見やる。
「焦っちゃダメですよ、レシィちゃん。遠回りに見えて、基礎を積み上げていくのが一番の上達の秘訣ですよ? 一歩ずつです」
「えぇ~、いいんだってポイデトなんて」
「まぁまぁ、そう言わないで」
宥める様に言うと、今度は表情筋をだらけさせる。両手をモミモミさせながら、レシィの胸に近づけていった。
「司祭ポポイヤ、レシィちゃんのためなら、手取り足取りお胸取り、親身になって教えてあげますよぉ、ぐへへ」
──ぷす。
レシィが櫛団子の櫛の尖ったほうで、ポポイヤの額を軽く突いた。
「あだーっ!?!?」
額を押さえ、ポポイヤが飛び上がる。
「ちょ、レシィちゃん、何するの!?」
「もういい!」
プイと横を向いて、レシィは部屋を出ていった。
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