第19話 寄越せ

「ぅ! ぐぅ……っ!!」


 ジークフレアが苦し気に身体を折り曲げる。


「おっさん!!」


 レシィは思わずジークフレアに駆け寄ろうとした。


「っと、危ないですよ?」


 ピエールがそれを止める。


「けどこのままじゃ、アイツが!!」

「今近寄ったら巻き込まれちゃいます」

「クソッ! なんも出来ないのかよ!? なぁ!?」


 顔を歪ませ、レシィはクラインを見やった。


「じ、呪文の詠唱を邪魔できれば、まだなんとか……」

「よっしゃ! ならみんなで妨害するぞ!」

「え、ええ……」


 クラインはそう答えたが、正直に言うと、もう手遅れだと思われた。


「ぐっ!! ぐおぉっ!!」


 ジークフレアがひときわ大きな呻き声を発する。


「おっさん!!」


 ぐ、ぐ、ぐ……!!


 だがジークフレアは痛みを堪えるようにして、ゆっくりと折り曲げていた身体を起こしていった。


「お、おっさん!?」

「ジーク様?」

「う、お! お! おおおおぉ!!!!」


 その顔は脂汗にまみれている。


「ふしゅーーっっ!!!!」


 見開かれた両目は血走り、眉は怒りに吊り上がっていた。何かに抗うように、震える拳を振り上げる。


「破ァァァァァーーーー!!!!!!」


 天に、えた。


 弩宇ドウッッ!!!!


 拳で自分の心臓を、強かに打ち据えた。


「よしっっ!!!!」


 気合を入れ直す。


「……え?? なに、大丈夫なの!?」


 レシィが唖然とする。クラインも意味が分からなかった。


 だが当のジークフレアはもう平気な顔をしている。


「も、もしかして……、気合で乗り越えたっ!?」


 驚愕のあまり、クラインは仰け反った。


「気合でなんとかなるの!?」

「命中しなかったのかもな」


 ピエールが冷静にそう言うとクラインを見やる。


「大技って、あんまり当たらないじゃん」

「確かに……。でも、さっき確実に効いてたような」

「どっちでもいいけど、助かったんならよかった!」


 ズンズンと幽鬼との距離を詰めていくジークフレア。幽鬼は再び呪文の詠唱をはじめたが、明かに焦っているようだった。


 だがジークフレアには効く気配がない。


「妖術はもう効かんぞ?」


 魔法が効かないと悟ったのか、幽鬼は詠唱を止めて、妖刀を振り上げた。


 ガッ──!!


 ジークフレアは構わず右手を伸ばし、幽鬼の両目の間の骨を掴んだ。そのまま勢いよく地に押し倒した。

 足で幽鬼の腕を踏みつける。


「おい。その刀、寄越せ」

「ご、ぉ、お、ぉぉぉ!!」


 ザシュ! ザシュ!


 幽鬼が出鱈目に刀を振り回す。その切っ先が何度もジークフレアの腕や足を斬るが、ジークフレアは気にも留めなかった。


 じっと幽鬼の虚空の目を覗き込み、嗤う。


「お前にゃ、もう刀は要らんだろ、死にぞこない? くれよ、その刀?」


 ゴリッ!!


 大鉈を幽鬼の手首に突き立てると、眉間を掴んだ右手に力を込めた。


「刀寄越せよ、おい……!!」


 ビキッ!! メシ……ッ!!


 幽鬼の手首と眉間に罅が入っていく。


 ガチガチガチガチ!!!!


 恐怖のあまり、幽鬼は震えはじめた。


「寄越せ……! 刀、寄越せ……!」


 ビキキ──!! バキィィンッッ!!!!


 手首の骨が砕け、髑髏に穴が開く。


「ぉ、お、ぉ、お、ぉぉぉぉ!!」


 漆黒のローブが激しく揺れる。幽鬼を成していた無数の亡霊が、黒い瘴気となって髑髏の穴から飛び出していく。そして天に向かって霧散していった。


 後に残ったのは、月に照らされ妖しく光る刀一振り。


「か、勝ったっぽいですね」

「てか、どんだけ刀欲しかったんだよ」

「ジーク様、大丈夫ですか?」


 固唾を呑んで見守っていた三人も、ようやく身体の力が抜けた。


 ジークフレアが黙って妖刀を掴む。じっくりとその刃を見つめると、おもむろに地に据えた。膝を着いてしゃがみ込む。


「ジークフレア様?」

「ふんっ!!」


 何を思ったのか、腕を振り上げ妖刀に手刀を叩きつける。


「ええっ!? まさかそれもっ!?!?」


 クラインは思わず叫んでいた。


 ビィィィン!!!!


 空気が震える。


「お? 折れてない」


 ピエールの言う通り、妖刀は大きく撓ってジークフレアの手刀を弾き返していた。


「ク────ゥ!!」


 嬉しそうに顔を顰めるジークフレア。痺れる手を振り振りする。


「良い粘りだ。これぞ名刀!!」


 呆気に取られる三人を見て、ニカッと笑う。


「……」


 次の瞬間、糸が切れたように真後ろに倒れ込んだ。


「ちょ、おっさん!!」

「ジークフレア様っ!?」


 三人は慌てて駆け寄った。


「血、流しすぎたんじゃねぇかな?」


 ジークフレアの身体を覗き込み、ピエールはつぶやいた。


「きっとそうだ!」

「しっかりしろよ、今アタシが治してやっからな!」


 レシィがジークフレアのそばに座り込む。


「う、ぐ!」


 苦し気にジークフレアは顔を起こした。


「おい、もう無理すんなって!」


 レシィが膝枕してジークフレアを支える。


「なんすか!?」

「ジークフレア様!」


 クラインとピエールも跪いてそばに寄る。重さそうに瞼を開け、ジークフレアは息絶え絶えで三人を見つめた。


「はは」と微かに笑い声を漏らす。


「眠い。腹が減ったな……」


 それだけ言うと、瞼を閉じてぐったりとなった。レシィの身体に、ジークフレアの重みが伝わる。


「ちょ、おっさん!? おっさんて!!」

「ジークフレア様!?」

「……!」


 三人の呼びかけに、ジークフレアは応えなかった。

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