第13話 頑固な鍛冶屋

 オラフの鍛冶工房にジークフレアの声が木霊する。


 耳を劈くその轟音に、クラインもピエールも思わず飛び上がった。オラフさえも、驚いた顔をジークフレアに向けていた。


 パキン!!


 轟音に混じって、鋭い金属の音がした。ジークフレアが右腕を振り下ろし、手刀で刀を叩き折っていたのだ。


 それを目の当たりにして、オラフの額に青筋が浮かぶ。


「舐めているのか?」


 だが、そう言ったのはジークフレアの方だった。彼はオラフ以上に怒っていた。


「なんだ、このなまくら刀は? 貴様、こんなものを俺に売りつけるつもりだったのか?」

「なまくらだとぉ……!? 誰に向かって口を利いてやがるっ!!」


 ガン!!


 ハンマーを金床を激しく叩きつけると、素早く立ち上がった。オラフの目は完全に血走っている。


「ヤ、ヤベェ! ピエール、止めるぞ!」


 クラインが急いで取って返す。絶叫を聞きつけて、弟子も上から降りて来た。


「こんなものを使うぐらいなら、ただの鉄塊を持っていた方がよほど頼もしい」

「貴様っ!!」


 オラフがハンマー片手にジークフレアに詰め寄っていく。そんなオラフに、ジークフレアは折れた刀を突きつけた。


「答えろ。これよりもマシなものが作れるか? これがお前の限界ならば、やはりお前に用はない」

「ふ、ざ、け、る、な!!」


 ギリギリと歯を噛みしめながらオラフは叫んだ。ジークフレアに向かってハンマーを振り上げる。


 が、ジークフレアは表情一つ変えず微動だに、しない。


 ガシャ──ン!!


 オラフのハンマーはジークフレアの横に逸れ、台の上に乗った折れた刃を叩きつけていた。


「これはもう十年以上前に作った刀だ!! 今の俺はこの時の数倍、いや数十倍のモノを作れる!!」

「ならば作ってみろ!」

「黙って待ってろっ!!」


 すごい剣幕でそう言うと、早速刀を作りはじめる。


「「……」」


 クラインとピエールは唖然として顔を見合わせた。


 気に入らない相手からの依頼は断ると言っていたが、どうやらジークフレアのために刀を打ってくれるようだ。


 何はともあれ、状況は好転した。


「オイ、お前っ!!」


 弟子に向かってオラフが叫ぶ。弟子はポカンと口を開け今の様子を見ていた。


「は、はい!?」

「ボーっとしてないで手伝え!」

「わっ、わかりました!」


 弟子と二人がかりで作業に取り掛かりはじめた。


 やがて……。


 ジューッ!!


 水が張られた桶に刀が浸されると、周囲に煙が立ち昇った。


 オラフがゆっくりと桶から刀を引き抜く。


「出来たぞ。これが今の、俺の一振りだ……!!」

「おお!」

「すげぇ」


 クラインとピエールが、思わず感嘆の声を漏らした。確かに先ほどの刀とは冴えが数段違って見えた。

 刀特有の刃文はもんが浮かび、近寄っただけで斬れそうな雰囲気を醸し出している。氷のような冷たさの中に美しささえも感じる一振りだった。


「……」


 ジークフレアが黙って受け取る。


「どうだっ!」


 全身に汗をかき、オラフは笑った。


「フンッ!!」


 パキ──ンッッ!!


 だがまたしても、ジークフレアは手刀で叩き折る。


「えぇーーっ!?」


 主人の予想だにしない行動に、クラインは身を乗り出して絶叫した。

 

 オラフと弟子も絶句している。そんな二人を見て、ジークフレアは嗤った。


「これならまだまだ、俺の手刀の方がよっぽど良い切れ味だぞ?」

「糞がっ!!」


 悔しそうに膝を叩くと、また作業に戻った。再び刀作りを再開する。


 それから……。


「今の俺の渾身の一振りだ!!」

「くだらん!!」


 パキンッ!!


「今度こそ! 魂の一振りだ!!」

「ぬるい!!」


 パキンッ!!


「生涯最高傑作だっ!!」

「こんなものが刀と呼べるかっ!!」


 バキンッ!!


 こんなことが繰り返されていく。


「ふわぁ~!!」


 ピエールは退屈すぎて欠伸を漏らした。


「俺ちょっと、飯食ってきていい?」

「……」


 クラインは若干軽蔑した目でピエールを見るも、軽くうなずいた。背伸びをしながら、ピエールが工房を出ていく。




 そして日も落ちかけた頃、ピエールは工房に戻ってきた。


「あ~美味しかった」


 満足そうに膨れた腹を叩く。


「けど、いつもより料理の値段高くなってたなぁ。なんでだ?」


 独り言を言いつつ、半地下に降りていく。


「お~い、クライン! いい加減に終わったか~。ん?」

「お、おうピエール。遅かったな……」


 クラインの様子がおかしい。工房も、なんだか異様な空気に包まれていた。


 見ると金床の横で、ジークフレアがオラフの胸ぐらを掴んでいる。


「貴様っ、それでも刀鍛冶かっ!!」


 オラフに向かって怒鳴った。


「ひぃぃ、も、もう勘弁してくれ……」


 先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら、弱々しくオラフが泣きごとを漏らす。見ると、その足元では弟子が泡を吹いて気を失っていた。


「この程度で泣きごとを漏らすな!! そんなだから、なまくらしか作れんのだっ!!」


 胸ぐらを掴んだまま、ジークフレアがオラフにハンマーを握らせる。


「さぁ、もう一回やれっ!!」

「もっ、もう腕が上がらねぇんだ。手首が、手首が痛くてたまらねぇ……」


 懇願するようにジークフレアに両手を見せる。手がプルプルと痙攣していた。


 ジークフレアがしかめっ面になる。力任せにオラフを突き放した。


 オラフは力なくその場に崩れ落ちた。頑固一徹、自分が気に入らない相手にはナイフ一本さえ作らない鋼鉄のオラフの姿は、消え去っていた。


「もう愛想が尽きた!! やはり貴様には頼まんっ!!」


 ジークフレアがくるりと背を向ける。


「帰るぞ、クライン! ここにいても無駄だ!」

「そ、そうっすね」


 オラフと弟子に憐憫の眼差しを向けながら、クラインはうなずいた。


「ヤッホー☆ アンタたち、まだこんなとこにいたんだ~?」


 明るい声が降ってくる。レシィだった。


 一日中街ブラをしていたようだ。手に買い物袋を提げている。


「聖女様、どうしてここが?」

「街の人に場所を聞いてさ。さっき、ピエールがここに向かってんのも見えたしね」


 そう言うと、工房の様子を眺めた。


「で? 刀ってのは買えたワケ?」

「いや、ちょっとそれが色々と問題がありまして……」


 やつれた顔でクラインは笑った。


「そうなの? それじゃあ、ちょうど良かったかも」


 レシィの言葉に、三人は顔を見合わせた。


「ちょうど良かった? なにが?」

「刀、手に入るかもよ?」


 得意げにレシィは答えた。


「どういうことだ? 訳を話せ、女!?」

「だ~から、レシィだっつーの!」


 レシィが頬を膨らませる。


「刀が手に入るかもって、どこかで売ってたとかですか?」


 ピエールが聞き返す。


 レシィは「チッチッチッ」と人差し指を振った。


「東の森にここのところ幽霊ゴーストが出没するんだってさ」

「幽霊が!?」

「そ! ちょうど今ぐらいの夕暮れ時から夜にかけて森の中を彷徨ってるって噂だよ~」


 両手をブラブラさせると恨めしそうに三人を見る。パッと笑顔に戻って続ける。


「んなわけで、木こりや狩人も怖がって森に入れなくて、生活にも支障が出始めてんだって。それが理由なのか、町の人たちも元気なかったんだよね~」

「それは一大事ですけど、それって刀となんか関係があるんですかね?」


 クラインが首を捻る。


「それがさ。幽霊を目撃した人の話では、その幽霊たちが昨日アンタらが言ってたっぽい武器を持ってたらしいよ? こんな感じの、細長くてちょっと曲がった片刃の……。それって刀ってヤツじゃね?」

「本当か!?」


 ジークフレアもレシィに問い質した。レシィがうなずき返す。


「幽霊が、刀を……?」


 クラインは怪訝そうな顔をして腕を組む。


「よし、東の森だな!」

「えっ? 行く気ですか!?」

「幽霊っすよ? ヤバくないですか?」


 流石にクラインとピエールは止めた。


 そんな言葉が聞こえていないのか、ジークフレアは工房内に首を巡らせていた。何かを探すように部屋の中を歩き回る。


「!」


 壁にかかった一振りに手を掛ける。


「鍛冶屋」

「は、はい」

「これを貰うぞ」

「「それは……っ!?」」


 それはクラインやピエールが腰に下げる片手剣よりも長く分厚い片刃の刃物だった。


「ジーク様、それって武器じゃなくて、多分鉈ですよ。いいんですか?」

「そ、そうです……」


 クラインの問いかけに、オラフも弱々しくうなずく。


「それは、鹿や熊などの大型の野獣を解体する、猟師用の大鉈なのですが……」


 オラフは遠慮がちにそう言った。


「構わん。これを貰っていくぞ」


 クラインに向き直る。


「クライン、刀を買うために用意した金、すべて置いていけ」


 そう言うと、ジークフレアは一目散に階段を駆け上がっていった。


「何をしている!? クライン、ピエール。行くぞ!」

「は、はい!」


 クラインとピエールがジークフレアの後を追って階段を上がって行く。


「ちょ、待ってよ。アタシも行くし!」


 レシィも慌てて工房を出ていった。

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