第4話 戦国の悪鬼、異世界に堕つ

 『聖剣クエストX~受け継がれしちから


 最近発売された大人気RPG、聖剣クエストシリーズの第十作目である。


 このゲームは壮大な世界観と濃密なストーリー、魅力的なキャラクターたちが人気になり、世界中に多くのファンがいた。


 過去作も次世代機が発売されるごとに移植やリマスターが繰り返されるほどだった。


 そして最新作では、記念すべき十作目にして、初の試みがおこなわれている。


 本来、タイトルごとに世界観は全く別なのだが、Xではなんと第一作目と同じ世界が舞台であり、前作勇者たちが魔王を倒して五百年後を描いた特別な物語なのだ。


 この設定に世界中のファンは興奮を禁じえなかった。そしてすでに、過去類を見ないほどの爆発的人気となっている。


 そんな『聖剣クエストX』は、小さな村に住む一人の少年、ニルス・ウィズハルトが再び世界を闇に染めようと企む魔王を討伐するために世界を旅する王道ストーリーである。


 第一作目に登場した勇者の仲間たちの故郷を訪ね、世界中に散らばるその末裔を仲間にして、再び世界を救うお話だった。


 そして今作のゲームキャラクターの中に、ジークフレア・オルフヴァイン・ルーンブルクという少年がいた。年齢は主人公と同じ、十七歳。そして何を隠そう、彼は前回主人公である勇者トトス・ルーンブルクの末裔でもあるのだ。


 今は王族の一人として王都に暮らす貴族であり、勇者の末裔の証である紋章を受け継いでいる。


 本来ならば主人公でもおかしくなく、そうでなくともパーティーメンバーになるはずの出自なのだが、残念なことにジークフレアは今作のゲーム主人公ニルスとは正反対の悪役キャラだった。


 今作勇者ニルス・ウィズハルトは爽やかなイケメンである。物静かだが心には熱いものを秘めており、仲間思いの好青年だ。小さな村の出身で身分は低いものの、自らの境遇を決して卑下せずに前を向いて生きている。


 一方、悪役キャラであるジークフレアなのだが、まず一人称が「僕チン」というのが痛い。当然の如く、デブでブサイク。怠惰で努力を嫌い、自慢できるのは王族の身分と勇者の紋章を持つことのみだった。


 ことあるごとに勇者の末裔であることを自慢し、王族と言う身分に胡坐をかいて、ナチュラルに他人を見下す傲慢で下劣な性格なのだ。


 平民のみならず、同じ貴族でも爵位の低い者は人間扱いせず、結果的に彼のことを本当に慕っている者は少ない。


 当然、彼は村人であるニルスのことも侮辱する。そして主人公に絡むたびに、「ざまぁ」されて敗北するのだ。


 ジークフレアは主人公と徹底的に対比して描かれていた。


 悪役キャラのジークフレアと主人公の勇者ニルスは対を成す──まさに光と影の存在だった。


 そして物語が進むにつれて、彼の行動や言動は徐々にエスカレートしていく。こうして物語の中で、そして何よりプレイヤーからもヘイトを集めまくるのが悪役ジークフレアの存在意義だった。


 嫌われキャラランキング作中ナンバーワン、いやゲーム史に名を残す嫌われキャラと言っても過言ではない。


 最初は威張り散らす痛い小物キャラくらいだったが、次第にその粗暴さや残虐性は増していき、ついに事件が起きる。


 ジークフレアのことを思ってくれる数少ない人物の中に、幼馴染の女の子がいた。


 今は使用人として彼がこき使っている(本当は好きな)メイドの女の子に、ある日彼はド正論を突き付けられたのだ。

 彼女は彼を思って叱ったのだが、激情にかられたジークフレアは彼女を汚い方法で、手に掛けてしまった。


 その女の子はプレイヤーからも人気の高いサブキャラクターだった。よって、そんな彼女を殺したジークフレアへのヘイトは一気に高まることになる。


 ゲーム史に残る悪役キャラたる所以である。


 このイベントは決定的な転換点になり、今まではどうにか崖の手前で踏みとどまっていた彼も、これで完全に道を踏み外し、加速度を着けて転落していく。


 村人から成り上がった雑草主人公のニルスは勇者の血を引いておらず、魔王を倒すのに必要とされる紋章の力が発現しないのだが、決して諦めずに突き進んでいく。

 そんなニルスの周りには少しずつ仲間が増えていき、伝説の勇者パーティーの末裔が集う。 


 だがジークフレアは何もかも持っている王族だったのに、破滅に向かい、主人公ニルスに追い抜かれ、気づけば天と地ほどの差が出てしまう。


 まさに完全敗北だ。


 そんなヘイトを溜めに溜めた彼には劇中屈指の「ざまぁ」が用意されている。


 見かねた国王が、彼から王族の地位を剥奪したのだ。さらには爵位も公爵から騎士爵に落とされ、彼は僻地へと飛ばされた。


 王族という唯一の誇りを奪われ、更には辺境への追放。彼にとってそれは、屈辱の極みだった。


 だが、その地は実は彼のルーツでもある。


 何を隠そう第一作の主人公トトスも元は村の少年だったのだ。そして、彼が飛ばされた辺境こそ、彼の祖先、勇者トトスが誕生した地でもあった。


 当然、ジークフレアもそのことは知っているのだが、それでも彼は変われなかった。村人を軽蔑し、使用人たちに悪態をつき、肉と酒と女に溺れる。


 その頃、ニルスたち勇者パーティーは世界中の難関ダンジョンを攻略していた。そこには、五百年前の勇者パーティーが残した伝説の武器と防具が眠っているためだ。


 そしてそれは勇者生誕の地も同じだった。


 村を訪れた勇者ニルス一行は村人からの情報と、ジークフレアが住む屋敷の図書室に眠る古文書を手掛かりに、ダンジョンの隠し扉を見つける。


 それはなんと、ジークフレアの屋敷の裏庭にあったのだ。


 勇者の試練ダンジョンには、一作目勇者トトスが手にしていた聖剣が眠っていた。


 試練をクリアし、ニルスたちは最深部の聖剣の間に辿り着く。だがその時、ニルスたちの前に、ジークフレアが血相を変えて飛び込んでくる。


「ここは僕チンのお屋敷だぞ! それは僕チンの御先祖さまのものだっ!! つまり、僕チンのものだぞっ!! 返せっ!!」


 ニルスを押しのけ、聖剣を手にしようとするが──


 バチン!!


「痛いっ!?」


 聖剣から弾かれる。何度やっても同じだった。


 しつこく手にしようとするが、ひと際大きく弾かれて壁まで吹っ飛ばされる。


「ぐわぁ!! なんで……!!」


 聖剣は光り輝きながら宙を漂い、ニルスの手元にやってくる。


 ニルスが手にすると、刃が緑色に発光する。聖剣が本来の力を取り戻したのだ。たとえ紋章はなくとも、勇者の血は流れていなくとも、聖剣は彼を選んだ。


 そしてここで、ある事実が明かされる。


 実は、まだジークフレアにも立ち直るキッカケは用意されていた。


 なぜならば、彼がこの地に飛ばされたのは国王の計らいでもあったからだ。最後の最後に変わるキッカケを与えたのだ。


 改心して村人と親しくなり、自分の祖先について学ぶ心があれば、いずれ村人は心を開き、古文書は紐解かれ、聖剣はいつでも手に出来た。屋敷にその入り口はあったのだから。けれど、そうはしなかった。全部、彼の身から出た錆である。


 そのことを知ったジークフレアは、発狂し、絶望する。


 ここにプレイヤーたちがスカッとする劇中最高の「ざまぁ」展開が完成した。


 さて、「ざまぁ」後のジークフレアだが、次に勇者パーティーの前に立ち塞がるのが最後となる。


 ニルスへの復讐心に憑りつかれた彼は、あろうことか魔王に取り入るのだ。


 勇者の末裔と言うことで、最初は丁重にもてなされたのだが、それは単に勇者の力が欲しい魔族に、利用されただけだった。


 用済みとなった彼は魔王の側近によって、あらゆるモンスターと融合させられる。そしてラストダンジョンである魔王城前で、勇者パーティーと戦うことになる。


 その時の彼は、すでに人ではなくなっていた。側近の魔改造によって、魔族にもなれず、人とも獣とも呼べない異形の化け物と化していたのだ。


「ブヒヒ! み゛んな小さい小さい゛! 僕ヂンの方が大きい大ぎい!」


 あちこちで内臓や血管が蠢く巨体を揺らし、ジークフレアは顔を歪めて笑った。


「ブヒヒ!! 僕チンの゛方が偉いんだ!! 僕ヂンの方が強い゛んだ!! 僕チンが勇者な゛んだ……!! 勇者は、ごの僕ヂンだ──!!!!」


 こうして、ジークフレアはニルスたちによって倒される。


 ジークフレアを討伐したニルスは、やりきれない思いを滲ませ拳を握り込む。


「もう、楽にしてやれ」と仲間の一人が言う。


 意を決する勇者ニルス。光を放つ聖剣を手に、ジークフレアに飛びかかる。そして一刀両断、彼の息の根を止める。


 その直後、ジークフレアの身体に勇者トトスの紋章が現れ、それは彼の身体から離れると光となって宙に広がった。光の粒子はある人物の姿を形作る。


 第一作主人公トトス・ルーンブルク、五百年前の勇者だ。


「すまなかった、勇者ニルスよ」


 彼はニルスに向かってそう言った。


「汚れた紋章は君の清き心によって浄化された。紋章のちからを手に先に進め! この世界を、君たちに託す!」


 そう言って消えると、その光はニルスを包む。


 こうしてラストダンジョン直前に、ゲーム主人公ニルスに勇者の紋章が宿るのだ。


 前回主人公トトスから、現主人公ニルスへ光の継承がおこなわれる感動的なシーンである。


 聖剣と紋章の光を手に、ニルスとその仲間は魔王を倒し、裏で魔族を操っていた魔神をも倒して世界に再び平和を取り戻すのだった。


 ……と、これはあくまでもゲームのお話なのだが、この世界は、実は実際に存在している。


 長きに渡り多くの人々から愛され想われ続けるゲームの世界が、存在しない訳がないのだ。


 実在するこの世界でも、ゲームシナリオは正史としてそのままに歴史は進んでいた。


 そして、この劇中で最もヘイトを稼ぐ悪役キャラに、現実世界からある男が憑依する。世に謂う転生である。


 だが、ここで悲しいお知らせがある。


 まず転生時点で、すでに状況はどう足掻いても好転しない。幼馴染で本当は大好きだった少女を突発的な怒りで殺害し、辺境に飛ばされたところまで時間は流れているのだ。もうこれは、覆らない。


 ジークフレアは今最も嫌悪と憎悪の対象になっており、彼を心から慕う人間は現状ゼロになっていた。


 あとは、ゲーム主人公ニルスが颯爽と現れて、彼の屋敷から聖剣を奪う「ざまぁ」展開を待つだけなのだ。




 そしてもうひとつ、これは悲しいお知らせと言うよりも厄介な問題があった。


 転生してくるのは、ここがゲームと同じ世界だと知らない人物なのだ。


 テレビゲームも、RPGも、聖剣クエストもその存在自体を、彼は知らない。


 よってゲーム知識は彼には無い。


 なぜなら彼は、戦国──戦乱の時代を生きていたから。


 この世界に来たるは、ゲームと同様に現実世界の五百年前、乱世に生きた一人の武士もののふ


 今、血に飢えた一匹の悪鬼が、悪逆たる修羅が異世界へと降り立ち、ゲームシナリオと言う名の正史を、食い破る──!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る