第3話 切腹エンド
ロブロス・ウィン・ブランシュルッツ、享年四十五歳。
明らかにその態度には品性が無く、横柄極まりなかった。だが相手はジークフレア。ロブロスを上回る傲慢さと厚顔無恥で有名な相手であった。
彼の噂はジークフレアを直接知らぬ者にも知れ渡っており、彼のこれまでの悪行を考えたら、ロブロスのジークフレアへの態度も仕方ないことだったのかもしれない。
なぜなら少し前、王都にてジークフレアは幼馴染の少女を汚い手で殺しているのだ。今、彼への嫌悪と憎悪はこの世界において、最高潮に達していた。
──彼が王族と言うだけで、国の評判まで下がってしまう。
──さっさと王族から追放しろ! あんな奴はいない方がマシだ!
城下の平民からも、そう言われる始末だ。
エルデランド王国の歴史において最低最悪の王族である、と。
そして今や彼は最果ての村に追いやられ、本当に王族からも追放された。公爵という身分も剥奪され、騎士爵に落とされた。今のジークフレアに、後ろ盾はなにもない。
しかし残念なことに、今のジークフレアはそれを知らない。
「なにやってんすかぁ!!」
クラインが頭を抱えて叫ぶ。
「む?」
「『む?』じゃねぇよ! 王都のお偉いさん斬り殺すなんて、正気の沙汰じゃねぇよ!! アンタ、ほんとにイカレちまってるよ!!」
もう自分の主人であるジークフレアへの敬意など微塵も感じさせない言葉遣いだ。その言葉に怒ったのか、ジークフレアは折れた剣の刃先をクラインに向けた。
「気に食わん!!」
「!?」
吐き捨てると、今度は刃先を亡骸に突きつける。
「こいつらの態度が、気に食わなかった」
クラインたちを見て、意味深ににやりと嗤う。
「お前たちもそうだろ、みたいに笑いかけてんじゃねぇよ!」
「けど、確かに態度デカかったよな~」
「馬鹿か、お前っ!!」
クラインがピエールの頭をぶっ叩いた。
「あぁ、何と言うことだ……。いったい、どうすれば」
いつも冷静なオリバーも額に手を置き途方に暮れている。
「なぁ。これって、俺たちもヤバいのかな?」
「やべぇだろ、確実に……」
「私ゃこれ以上、厄介ごとはごめんだよ!」
ヘレンも溜息を漏らす。その横で、若いメイドは顔面蒼白のまま立ち尽くしていた。
「何をそんなに嘆いておる、お前たち?」
ジークフレアが何食わぬ顔でそう聞いたので、彼らは一斉にジークフレアを睨んだ。
「嘆きもするでしょうがっ!」
「ご自分が何をしたのか、理解していないのですか!?」
ヘレンとオリバーが同時に声を荒げる。
「この国の宰相の部下を殺したのですよ、貴方はっ!!」
「そのせいで俺たちまで罪に問われるかもしれないんだぞ!?」
今度はクラインがそう言い放った。
「本当にアンタは噂通りの馬鹿野郎だよ! イカレ大馬鹿野郎だよっ!!」
それを皮切りに、三人はジークフレアを滅茶苦茶に責め始めた。
「そうか」
だが彼は短く返しただけだった。どこか納得のいった表情ではあったが。
そんな主人の態度を見て、執事のオリバーは諦めたように溜息を漏らした。
「今後のことは我々が考えます。ジーク様は、もう何もなさらないでください」
ジークフレアを放って、話し合いを始める。
「オリバーさんの力で、どうにかなりませんか?」
クラインがオリバーを見やる。
「私の、ですか?」
「オリバーさんは宮廷でも執事として働いてたんすよね?」
「ええ」
執事の彼はジークフレアと共にこの村へとやって来ていた。ジークフレアを補佐し、また監督するために王都から赴任していたのだ。
「それがいいよ!」
ヘレンも同意する。
「王様にも顔が利くんだろ? アンタから王様に訳を話せば、丸く収まるんじゃないか?」
「待ってください。確かに宮廷内で執事はしていましたが、国王陛下とそのように親密な間柄ではありません」
「じゃあ打つ手なしってことですか? マジかよ……」
がっかりするクラインを見て、オリバーは思案気に肘に手を当てた。
「いえ。まったく策がない訳でもありません」
顔を上げると、クラインたちを見やる。
「宰相のヘルマン様と国王陛下に書簡を送るのです。我々にはどうしようもなかったことを伝え、もし罪に問われる場合でも、最大限の恩赦が受けられるように慈悲を乞うのです」
「どうか頼むよ、オリバーさん。アンタだけが頼りだ」
溜息交じりにヘレンはつぶやいた。
「マジな話っすけど、最悪俺らってどうなるんすかね?」
クラインにそう聞かれて、オリバーは屋敷の外に止められた豪華な馬車を見やった。釣られて、ほかの面々も馬車に顔を向ける。
「ロブロス様も護衛の騎士も立派な貴族です。特にロブロス様のブランシュルッツ家は名門でもありますからね」
「なら最悪、俺たち……」
「全員、首チョンパ?」
「オイ! やめろよ、ピエール!」
クラインがピエールを睨む。だが、オリバーは黙り込むだけだった。ことはそれだけ深刻なのだ。
それでクラインたちも絶望的な未来が脳裏に浮かんだ。処刑台に進む自分の姿が。そして斬首刑に処される姿が。
「ほ、本当なんですか……? 本当にわたしたち、処刑されるんですか?」
ずっと黙っていたメイドが震えながら言葉を漏らす。
「こんなことで、死にたくない。わたし、何も悪いことしてないのに……! なんで……!」
ショックのあまり泣きはじめた。重苦しい空気が漂う。
ぐ、ざっ……!!
不意に、彼らの耳に不気味な音が届いた。
何気なく、後ろを振り返る。
「……は?」
ジークフレアがその場に膝を着いて座っていた。それは彼らには馴染みのない所作であった。
正座である。
背筋をすっと伸ばし、姿勢を正して座っている。そして、ジークフレアは自らの腹に、折れた刃先を突き立てていた。
「なっ!?」
「ちょっ、ジーク様!」
「なにやってるんですか、アンタ!?」
慌てる五人を見て、ジークフレアは笑った。
「全部、この俺が勝手にやったと言え」
「え?」
「自らの失態は自ら責を負う。異界の者どもよ、短い時間だったが世話になった」
言うが早いか、間髪入れずに腹を掻っ捌く。
肉が引き裂ける鈍い音がした。全身に鳥肌が立つ、身震いするような音だった。
どす黒い血が溢れ出し、ジークフレアが前のめりに倒れ込んでいく。
「キャ───ッ!!」
「立て続けになにやってんすか──っ!!」
「っ!! ジーク様っ!?」
オリバーが真っ青な顔をして、主人に駆け寄る。
「くっ! 早く傷を塞がねば! ヘレンさんたちはポーションを!!」
思考停止に陥り、ヘレンは固まったままだ。横の若いメイドも動き出さない。
「二人とも早くっ!!!!」
「まったく!! 行くよ!!」
我に返ると、ヘレンはスカートを摘まんで踵を返す。隣のメイドに促した。
「もう無理ですっ!!」
メイドが絶叫する。
「!?」
「ごめんなさい、ヘレンさん!! でもこんな日々、もう耐えられませんっ!! わたしは郷に帰らせてもらいますっ!!」
エプロンを地面に投げつけると、「ビエ~ン!!」と泣きながら屋敷の外へと飛び出していった。
「ちょ、ちょっとアンタ、お待ちよ!」
ヘレンが追いかけようとする。
「ヘレンさん!! 今は手当てが先です!!」
「あ゛~! ったく、もう!!」
ヘレンは顔を顰めると屋敷の中に取って返した。
「私は包帯を取ってくる! 君たちは止血を頼む!」
クラインとピエールに向かって叫ぶと、オリバーも屋敷に消えた。
「ベランダから落ちて記憶失うわ、王都の使者斬り殺すわ、自分で腹刺すわ……。一夜にして起こっていい出来事じゃねぇだろ!!」
止血しながら、クラインは思わず吐き捨てた。
「あ、そうだ。言い忘れてたんだけどさ~」
突然ピエールがクラインにそう言った。
「なんだよ、こんな時に!?」
「お前の彼女、モニカから伝言預かってた」
「は?」
「お前と付き合ってても楽しくないから、別れようってさ」
「……っ!! なんて日だっっ!!!!」
そんな彼の嘆きが星空に響いた。
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