第18話 猛攻

 ビュオッッ!!


 風を切り裂き幽鬼が迫る。


 ダッ!!


 ジークフレアも地を蹴り、真正面からぶつかっていった。大鉈を振り上げる。


「ごおぉぉぉ!!」

「キィエ゛エ゛ア゛ア゛ア゛───ッ!!!!」


 妖刀と大鉈が激しくぶつかる。


 ガガンッ!! ガンッ!! ギンッ!!


 その剣戟は凄まじく、周囲に火花をまき散らし、衝撃波が走った。


 三人が思わず距離を取る。そうしなければ身を斬られそうなほどの剣圧なのだ。


「っおおっっ!!!!」


 ガガガガガッ!!


 激しい斬撃の応酬の中で、ジークフレアの回転数が上がる。


「圧してるな」

「いいぞ、おっさん!!」

「ジーク様!!」


 ガゴンッ!!!!


 幽鬼の刀をかち上げた。その機を逃さず、ジークフレアが高く跳ぶ。


「ギィア゛ア゛ァァァ────!!!!」


 幽鬼を一刀の下に斬り伏せた。


 す……。


 どっ!!


 大鉈が地面にめり込み、土が飛び散る。


「「やったか!?」」


 手に汗握る三人だが、ジークフレアはその手に一切の手応えを感じていなかった。


 ぞわり。


 身体の内側が冷え、全身に鳥肌が立つ。数多の戦場いくさばを渡り歩いてきた彼が感じ取ったのは、身に覚えのある死の感覚だった。


「!!」


 一瞬の油断。地の草を切り裂きながら、妖刀が真横から迫っていた。


「くっ!!」


 ザシュッ!!


「ああっ!!」

「おっさんっ!!」


 吹き飛ぶジークフレアの下に三人が慌てて駆け寄った。


「ジーク様!」

「大丈夫かよ!?」

「どうにかな……」


 ジークフレアが立ち上がる。だが服が裂け、左肩から鮮血が流れていた。


「躱したつもりだったが、掠っただけでこれか……」


 どこか嬉しそうに笑う。


呵々カカ、いい得物だ」


 幽鬼を見上げた。


「スカしました?」

「いや、斬った。だが手応えがない」


 ピエールの問いに、そう答える。それを聞いて、今度はクラインが言った。


「アンデッドの中には物理攻撃が一切効かない連中がいるんです。恐らくアイツも……」

「嘘でしょ!? じゃあ、どーすんの!?」


 レシィが頭を抱える。ふとジークフレアの傷が目に入った。再び立ち向かおうとする彼を止める。


「ちょっと待って、おっさん。その傷、治してやんよ」

「ごぉぉぉ!!」

「うわっ!?」


 だが幽鬼が再び突進してくる。


「そんな暇はないらしい」


 短く言うと、ジークフレアも幽鬼に向かって飛び込んでいく。再び火花を散らしはじめた。


「ちょ、どーにかなんないのかよ!?」

「ええっと……」


 レシィに問われても、クラインにはすぐに名案は浮かばなかった。


「それならさ」


 パニック状態のクラインとは裏腹に、ピエールがいつもの調子でどこかを指差す。


「棺の武器、使えるかもだけど」

「そっ、それだ! 冴えてんじゃねぇか!」


 ピエールの言葉にクラインは飛びついた。


「魔剣とかもあるって言ってたな。アンデッド系に効く武器があるかもしれねぇ!」

「でしょ?」

「行くぞ!」


 クラインとピエールは荷車に急いだ。


「こんの──!」

「え?」


 クラインたちの真後ろで、レシィが幽鬼に向かって大きく振りかぶっていた。


「これでも喰らえっ!!」


 何かを投げ放つ。拾った石ころだった。


「聖女様、無理だ! そいつに物理は通用しない!」


 こんっ。


 だが真っ直ぐ飛んでいった石ころは幽鬼の側頭部に当たり、跳ね返る。敵は気にも留めない様子だが。


「!!」


 けれどそれを見て、クラインはハッとした。


「ジーク様っ!! そいつの実体は骨の部分だ!! 骨には攻撃が通るはずですっ!!」

「応っ!!!!」


 激しく斬り合いながら、ジークフレアが背中で応じる。再び、高く跳躍した。


 空中のジークフレアを斬り上げるように、下段から妖刀が襲い来る。それに対して、ジークフレアは防ごうとも躱そうともしなかった。上段構えのまま、刃に身を晒す。


「ちょ、ジークフレア様!?」

「よけろって、バカ!!」


 だがジークフレアは動じない。相手の剣先が触れる直前に、僅かに身を捻った。


 シュザ──!!


 焼けるような痛みが、ジークフレアの胴を縦に引き裂く。


 にぃぃぃぃぃ……。


 その時、幽鬼を目の端で捕らえ、ジークフレアは嗤っていた。


「!?」


 幽鬼が一瞬、動きを止める。笑顔に歪むジークフレアの横顔を目にし、どこか怯えているようだった。


「キィエ゛エ゛ア゛ア゛ア゛───ッ!!!!」


 ジークフレアは振り上げていた大鉈を、幽鬼のがら空きの左手目がけ、振り下ろした。


 斬打!!!!


 パキィィ────!!!!


 一撃で手の甲に罅が入る。


 だが、ただの一撃では終わらない。終わるはずがない。


 打打打打打打打打打打打打打打打打打打打!!!!!!


 ジークフレアの猛攻は容赦なく続く。狂ったような気合と共に、重い一撃で左手を打ち据えていった。


 パガァァァンッッ!!!!


 そしてある瞬間に限界を迎える。激しい破裂音と共に左手が粉々に砕け散ったのだ。


「ぉおぉぉ!!!!」


 苦し気な声を漏らし、幽鬼が斜めに墜落ちていく。


「おっ!」

「「やった!!」」


 三人は思わずガッツポーズをした。


 ジークフレアが地に伏した幽鬼に近づいていく。トドメを刺すつもりで、大鉈の刃を下に向けた。


 だがトドメを刺す直前、幽鬼はがばり起き上がると、後退して距離を取った。


「まだか!」

「気を付けて、ジークフレア様!」


 敵は地面すれすれを浮遊している。


「ガァァァァ!!」


 怒り狂ったように叫び声を上げた。呼応するように妖刀から紫色の禍々しいオーラが迸り、幽鬼を包み込む。


 カチャ……。


 幽鬼は刀を身体の前に構え静止した。何を思ったのか、攻撃して来ない。


「なにやってんだ?」

「なんか、喋ってる?」


 二人の会話を聞いて、クラインも耳を澄ます。


 幽鬼の口がカチカチと動いていた。まるでブツブツと何かを唱えているようだった。


「これは、呪文!?」


 クラインの顔が強張った。次の瞬間、幽鬼の足元に紫色の魔法陣が出現する。


「なんだ? 次は妖術でも使う気か?」


 問答無用と、ジークフレアが距離を詰めていく。


「ヤバイ……!」


 その様子を見て、クラインは血の気が引いた。


「ジーク様、ダメだ!! それは魔法、しかも【即死魔法】だ!!」


 クラインの言葉に、レシィとピエールも驚く。


「聞いちゃダメです!! すぐに離れて!! 【即死魔法】は相手の心臓を強制的に止める恐ろしい魔法なんです!!」


 だが、時すでに遅し。


「ぐっ!!」


 ジークフレアは突如として、身体を硬直させた。この時、心臓を刺されたような痛みが彼を襲っていた。


 ジークフレアは完全に【即死魔法】に掛かっていたのだ。

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