第28話 兄妹の過去

「俺たちの家族は、カレの町の片隅で小さな宿屋を営んでたんだ」


 落ち着きを取り戻すと二人は語りはじめた。


「生活は質素だったけど、わたしたちはお父さんとお母さん、そしておばあちゃんの五人で宿屋を切り盛りしながら、それなりに幸せに暮らしてた……」

「けどそんな生活は、あることがきっかけで狂いはじめたんだ」


 ヴィルヘルムが拳を握りしめる。


「領主のマティアスが突然、税金を値上げしはじめたんだよ」

「値上げするだけじゃなくて、いくつも新しい税を設けて、平民からお金を搾り取るようになったの」

「ジークさん、全部アンタが原因さ」

「なぜだ?」


 ジークフレアが聞き返す。


「マティアスはカレの町を中心に、いくつかの村を治めてるんだ。そしてこのロアも、本当はあいつの領地だったのさ。けれど、アンタがロアに来たせいで、アイツはここを失った」


 それを聞いても、ジークフレアはあまり意味が理解できなかった。


「今、ジークフレア様が治めているロアの村は、本来はウィッケンロー家の領地なんです」


 横で聞いていたクラインが代わりに答える。


「因みにですけど、マティアスも正確には領主ではなくて、領主代ってやつですね」

「領主代?」

「はい。領主の代理で領主代。領地を代理経営する貴族のことです」


 そう捕捉した。


「ゼスト地方を治めているのはゼスト地方最大の都市シャルルロアに拠点を置く辺境伯です。けど、ゼスト地方も広いですからね。各地に領主代を立てて経営を一任しているんですよ。領主代には任された領地内での徴税権や裁判権など、領主と同等の権限が付与されています」

「けど本来、勝手に税金を高くしたり、新しい税を作ったり、そう言ったことはできないはずだよなぁ?」


 ピエールは首を傾げた。


「やるにしても辺境伯を通さないといけないはずなんだけど」

「その通りだ。辺境伯は、このことをご存知なのだろうか……」

「多分、勝手にやってる」


 ヴィルヘルムが短く返す。


「最近じゃ、歩行税やトイレ税なんてふざけた税まで作る始末さ」

「町の人たちは歩いただけ、トイレをしただけでお金を取られるようになった。こんなのおかしいでしょ?」

「マジかよ……」


 クラインがドン引きしながら言葉を漏らす。


 食事の値段が高くなっていたり、町の人々に元気が無かったり……。この前、ピエールやレシィが感じていた違和感の正体がこれである。


「そして税金を払えない平民には、厳しい取り立てが待ってたんだ」


 焚き火がパチパチと爆ぜる。小さな火の粉が舞った。


「アイツは税の取り立てを自分の騎士団だけじゃなくて多くのならず者まで雇って、暴力で俺たちから金を毟り取るようになった」

「あなたが斬った連中も、マティアスの手先だよ」


 シャルロッテがジークフレアに顔を向ける。


「わたしたちの宿屋にも何度も取り立てに来たわ。わたしも何度も殴られた」

「それを見かねた父さんと母さんは、マティアスの城に直談判に行ったんだ。商人ギルドの仲間と一緒にね」

「じゃあ、まさかそこで……」


 クラインの言葉に、二人は首を横に振った。


「結局、その日はマティアスに会えなかったんだって」

「門前払いされたって言ってたよ。事件が起こったのは、次の日さ……」


 二人が揺れる炎をじっと見つめる。その揺らめきを映す瞳には、恐怖や悲しみ、どす黒い憎悪が浮かんでいた。


「その日、俺とシャルは市場に買い物に出掛けてた。でも町の様子がなんかおかしい。理由はすぐに分かったよ。マティアスの手先が町中に撒いたビラが原因だって」

「お父さんとお母さんの正体は魔族のスパイで、魔王に人間側の情報を売ってるって、そんな内容だったの」

「当然、そんなの嘘さ。父さんと母さんが魔族だって? ハッ、何だよそれ。俺たち、いつからカレに住んでると思ってんだよ!」

「わたしたちは急いで家に戻ったわ。でも遅かった……」


 二人が宿屋に戻った時、彼らの両親は手枷をされ、鉄格子付きの馬車に乗せられるところだった。囚人を運ぶ牢馬車である。


「何かの間違いにございます! ご容赦をぉ! どうかご容赦をぉぉ!!」


 足が悪い二人の祖母は杖をかなぐり捨て、縋るように訴えていたが、騎士たちはまったく取り合うことはなかった。


「シャルロッテ! ヴィルヘルム!」

「お母さん!」

「母さん!」


 冷たい鉄格子越しに、二人は母親と抱き合った。


「一体どうなってるの、お母さん?」

「お母さんにもわからないわ。けれど、心配しないで。すぐに戻って来るから」

「うん」

「絶対だよ」

「ええ、勿論。少しの間、おばあちゃんをお願いね」


 父親も二人の頭に手を乗せて言った。


「偽りの疑いはすぐに晴れる。光の女神様は常に弱き者の味方だ。そして誠実な者の味方だ。必ず帰って来るから、安心して待ってなさい」

「うん!」

「わかったよ、お父さん!」


 こうして、牢馬車に乗せられ、二人の両親は連れられて行ったのだった。


 そこまで話し終えると、グリム兄妹は口を噤んだ。視線を地面に落として俯く。


 誰もしゃべらず、少しの間、沈黙が場を包んだ。


 クラインの首筋に汗が伝う。横を見ると、ジークフレアは揺れる炎を見つめていた。その表情にはなんの感情の揺らぎも見ては取れなかった。


 長い沈黙の後、グリム兄妹が重たい口を開く。


「お父さんとお母さんは、戻らなかった」

「二人とも、その日のうちに処刑されたんだ」

「その日のうちって、滅茶苦茶だ……」


 あまりのことに、クラインは絶句した。


 ヴィルヘルムが立ち上がる。小石を拾うと川面に投げつけた。


「俺たちが知らされたのは次の日だった」


 町の広場。そこに集まった群衆に向かって、マティアスは自ら語ったという。


「調べにより、本物の宿屋夫婦は数年前に魔族によって殺されていたことが分かった!! それ以来、魔族が夫婦に化けてスパイとしてこの町に潜り込んでいたのだ!!」


 マティアスの話では、魔族の目的はカレの町の民衆を混乱させ、領地を内部から弱体化し、その隙を突いて攻め滅ぼすことだったらしい。そしてこの地を足掛かりに、王国全土を魔王の手中に収めるという恐ろしい策謀であった。


「だが、安心するが良い!! お前たちを騙し脅かし続けていた悪は、我らが処刑した!! 死体も焼却処分済みだ!! この地が魔族の手に堕ちることはなくなった!! お前たちは守られたのだっ!!」


 マティアスは声高らかに宣言したのだった。


「最後にアイツ、何て言ったと思う?」


 ヴィルヘルムはジークフレアたちを振り返った。


「まだ、魔族のスパイが潜り込んでいるかもしれないってさ。例えば税金のことで民衆を煽るような連中は、暴動を起こすのが目的の魔族のスパイかもしれないって」


 その言葉に、民衆は一瞬にして押し黙ったという。そんな民衆を見下し、マティアスは最後に言った。


「今後も町の治安を乱す輩がいたら通報せよ。我らはすぐに動く。今回のように、すぐに、な?」


 彼の顔は笑顔に歪んでいたという。


「どいうことか分かるでしょ? 脅しのために、お父さんとお母さんは殺されたのよ……!」


 シャルロッテは膝に顔を埋めて丸くなった。


 両親が亡くなり、二人の生活は一気に苦しくなった。宿屋には誰も寄り付かず、祖母も心労で体調を崩し、そのまま呆気なく死んでしまったのだった。


 こうして、兄妹は二人きりとなった。二人に残されたのは、復讐心だけだった。


「ジークフレア様ぁーーっ!!」

「ジークフレア様っ!! いらっしゃったら、お返事をーっ!!」


 突然、遠くからそんな叫び声が届いた。数人の男の声が少しずつ近づいてくる。


「なんだ?」


 ジークフレアもほかの四人も何事かと顔を上げる。


「村の連中だな」

「なんかあったのかな?」


 クラインが声のする方へと駆けていく。


「おーい、俺たちはこっちだ! なんかあったのか!?」

「あ、クライン!」

「大変なんだ! ジークフレア様、そこにいるのか!?」

「ああ!」


 すぐにクラインが村の男たちを連れて戻ってきた。


「大変です、ジークフレア様……」

「いま村に、カレの町の領主様がお見えになってて……」

「なんだって!?」


 クラインが腰を抜かすほど仰け反った。グリム兄妹も表情を険しくして互いを見やる。


「マティアス、様が来てるってのか?」

「そうだよ。そう言ってるだろ?」

「なんでまた……」

「わかんねぇよ。けどすごくお怒りなんだ」


 男が首を横に振る。その表情は蒼ざめていた。


「俺は屋敷のオリバーさんからジークフレア様を呼んでくるよう頼まれて、すぐに村を飛び出しちまったから」

「オリバーさんとヘレンさんが対応中だ。とにかく、すぐに戻った方が良い。ジークフレア様を早く出せってお怒りなんだよ……」

呴呵々クカカ


 ジークフレアは引き摺るように笑った。刀を手に、立ち上がる。


「小僧ども」

「「?」」

「運もお前たちの味方みたいだぞ? 向こうから首を差し出しに来てくれるとは」

「え!?」

「ちょ、ジーク様まさか……!?」


 クラインがギョッとする。


「斬りに行くぞ」


 何が何だか混乱状態の男たちをよそに、ジークフレアはもう一度、愉快そうに嗤った。

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