第16話 魔族のお宝

 森に、静寂が戻る。


 蠢いていたガイコツ兵士たちの姿は、もうどこにも無かった。


 だが暫くの間クラインとピエール、そしてレシィの三人は呆然と立ち尽くしていた。


「ふぅ、助かったな!」


 笑いながらピエールが剣を鞘に納める。クラインの肩を、ハハハと叩いた。しゃがみ込んで骨の欠片を摘まむ。


「流石にここまでになると復活できないみたいだな」

「だ、だろうな……」


 クラインはつまづくようにうなずいた。


 ガイコツ兵士の成れの果てが、そこら中に散らばっている。その多くが頭蓋骨と背中を砕かれていた。


「ジークフレア様~、ありがとうございます!」


 十体以上いた敵はすべて、ジークフレアが一人で倒してしまった。怒涛の斬撃になす術なく、ガイコツ兵士はほぼ一撃で倒されていった。


「おっさん、マジパネェ」


 放心状態で、レシィもぽつりとつぶやく。


「おい、女」


 そんなレシィを、ジークフレアはどこか不機嫌そうに見つめていた。


「なに?」

「刀と言っていたのは、まさかこれのことじゃあるまいな?」


 レシィに向かって、グッと何かを突き出す。ジークフレアが握っていたのは、片刃の剣だった。ガイコツ兵士が手にしていた武器である。


「あ~、うん。多分それじゃないかな?」


 レシィが半疑問形で首を傾げる。


「ね、これでしょ?」


 剣を指差しながら、今度はクラインとピエールに顔を向けた。やっと落ち着きを取り戻し、クラインが溜息を漏らす。


「そっか、そもそもそんな話だった」

「幽霊が刀持ってるってことで森に入ったもんな」


 クラインとピエールもその辺に落ちているガイコツ兵士の剣を拾い上げる。


「でもこれって……」

「ああ。刀じゃないな」

「えっ!? 違うの? でも細長いし、片刃だし、曲がってんじゃん」

「いや、これってカトラスっていう片刃剣ですね」


 ピエールが答える。


「海賊とかがよく使う武器ですよ。【アシハラ】の刀はもっと細くて長いんです」


 舶刀カトラスやサーベル、シャムシールなど、片刃の剣はエルデランド王国が位置する西の大陸にも存在しており、それらは刀とは別の類のものだった。


「っ────!!」


 顔を顰めると、ジークフレアはカトラスを思い切り森へと投げ捨てる。


「こんなものが刀と呼べるかっ!!」


 吐き捨てるとレシィを睨んだ。


「あんなものを持つくらいなら、この鉈の方がまだ心強いわっ!!」

「しゃーないじゃん! 武器のこととか知らないんだしさ!」


 レシィはばつが悪そうにそっぽを向いた。


「てか、もう良くね? ガイコツもやっつけた訳だしさ。ちゃっちゃと村に帰ろうぜ?」


 髪を弄りながら口を尖らせる。


「とんだ骨折り損だ!!」

「……ぐぷっ! でゅふっ!」

「笑うな、ピエール。いや、分かるけど。これぞまさしくな? 骨折り損だもんな?」


 ジークフレアはやり場のない怒りで、大鉈を思いきり地面に叩きつけた。砕けた骨が飛び散り、水や泥がはねる。


 ガシャンッ!!


 金属音がして、泥はねに混じって何かが宙を舞った。


「お?」


 手を伸ばし、ピエールがそれをキャッチする。


「これ、鍵だ」

「鍵?」


 クラインが覗き込む。


「これってさ、隊長のスカルディが腰に下げてたやつじゃないかな?」

「ああ、確かに持ってたな」

「……あ! ひょっとして!」


 急に閃き顔になると、ピエールは荷車の方へと駆けていった。置いてある棺をあちこち調べ始める。


「?」

「なにやってんの?」


 ジークフレアとレシィも何事かとピエールの奇行を目で追った。


「オ~イ、どうしたってんだよ」


 やれやれとクラインがピエールの後を追う。


「ピエール?」

「あ! やっぱりあった!」


 ピエールが棺の奥から顔を出し、三人に笑顔を向ける。


「ジークフレア様! これ多分、この棺の鍵っすよ!」


 カチャカチャと鍵を振ってみせた。


 ジークフレアたちは棺の前に集まった。近くで見るとその棺はやはり大きかった。人が二~三人余裕で入れそうな大きさである。

 そして側面に鍵穴があり、確かに鍵がないと開かない造りになっていた。


「そう言えば、奴ら方々から宝を盗んだと言っていたな」

「なら、この棺が宝なんすかね?」

「な訳ねぇだろ」


 首を傾げるピエールにクラインがツッコむ。


「宝は中身だ」

「中身って、死体が?」

「違うよ、鈍い奴だな」


 溜息交じりにそう言うと、クラインはジークフレアに顔を向けた。


「これ、多分アイツらの宝箱ですよ」

「宝箱……」

「マジで!? 中はお宝なの?」


 レシィの瞳が輝く。


「んじゃ、これは宝の鍵ってことか」


 ピエールが手に持っている鍵に目を落とす。


「開けてみろ、ピエール。金目のものに違いないぞ」

「そうっすね」

「え!? いや、いいのかなぁ」


 クラインは眉を顰めて、笑顔の二人を見やった。


「金目のモノって、やっぱ宝石とか!?」

「あんな連中が運んでいたんだ。そうに違いない」


 ジークフレアがうなずく。


「マジで!?」

「骨折り損は好かんからな。ごっそり頂いて帰るぞ」

「いいね、そうしよ!」


 ルンルンしながら、レシィが上機嫌で腰を振る。


「魔族が盗んだものを横取りする王族と聖女って……」


 それを見てクラインはドン引きしていた。


 相方を気にすることなく、ピエールは鍵を鍵穴に差し込んでいった。


 ガチャッ……!


「開きました」

「うむ」

「なに? どんなお宝!?」


 レシィもウッキウキで覗き込む。


「えっ!?」

「なにこれ!?」

「ほう!」


 三者三様、驚きの声を開ける。


「良くないと思いますよ~」


 少し離れた場所で、クラインは腕を組んでムッツリしていた。


「すごいっすね……」

「どうなってんの、マジで!?」

「なかなかだな」


 三人が感心している。


「そのくらいにしときなさ~い。怒られますよ~」


 クラインは横を向いたままそう言った。でも足が不機嫌そうにリズムを刻みはじめる。


「こんなんもありますよ!」

「スゴ!」

「珍品だな」


 三人はクラインを無視して、楽し気に喋っている。


「──っ!」


 頑なに見ようとしなかったクラインも、ワイワイ騒ぐ声に我慢できなくなった。


「なによなによ、気になるじゃないの! ちょっと俺にも見せなさいよ!」


 笑いながら三人を掻き分ける。


「うわっ! なんだこれ!?」


 棺の中の物を見て、クラインがひときわ大きな声を上げた。中には溢れんばかりに品々が詰め込まれていたのだ。


「ダガーに片手剣。槍に斧」

「こっちは杖だ。これ、全部武器だな。武器ばっかだ」

「しかも、どれもなんか雰囲気ヤバ目じゃね?」

「確かに」


 棺の中身はすべて武器。しかも見た目からして異様な物で、妖気のようなものが漂う品々ばかりだった。


「てか、宝石はないのかよ~」


 テンションが一気に落ちたレシィがつまらなそうに溜息を吐く。


「どーするよ、これ?」

「どーするって、返した方が良いだろ。全部盗まれたものなんだし」

「え~、めんど臭くない?」

「お前な。俺ら一応、騎士よ?」


 クラインとピエールがそんな話をしている間、ジークフレアは一人黙々と棺を漁り続けていた。


「あった!!」


 そしてどこか興奮したように言葉を漏らす。


 三人ともジークフレアが引っ張り出したものに目を向けた。彼が両手に抱えていたのは、細長く撓るように曲がった武器だった。


「あ! それって!」

「これだけ揃っているのだ。一本ぐらいは、と思ってな」

「まさかそれが?」

「ああ。刀だ」


 それはそのほかの武器と何もかもが違っていた。柄の部分には丁寧に紐が編み込まれ、鞘は光を放たない漆黒。


 だがそれ以上に異様なのは、刀全体を細い帯でぐるぐる巻きにしてあることだ。帯には黒い文字のようなものがびっしりと羅列されている。


 明らかに異様で、ほかの武器にも増して妖気を放っている。


「お、おいやめろ……!」


 刀に注意を向けている四人。その背後から、急に何者かが声を掛けてきた。


「!!」


 驚いて振り返ると、そこにはガイコツ兵士が立っていた。

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