第35話 覚悟
ジークフレアがもう一度、問う。
「本気で、殺したいか? あの男に辿り着くまでに、たとえどんなことをしてでも」
「わたしたちは」
「ジークフレア様──!!」
グリム兄妹が口を開いた瞬間に、オリバーがその言葉を遮った。
「いい加減にしてください! 貴方は彼らがどうなってもよいのですか?」
いつになく険しい表情をジークフレアに向ける。
「平民が貴族を、しかも自分たちの領地の領主代を暗殺しようなんて……。
「その通りさ」
シャルロッテに寄り添っていたヘレンも立ち上がる。
「気持ちは分かるよ。けどね、ちょっとはこの子たちのことも考えてあげな!」
「当然、わたくしも反対です」
そう言ったのは司祭ポポイヤだった。
「止めてあげるのが、優しさでしょう? 復讐からは何も生まれません」
「……呵々」
三人の顔を見やり、ジークフレアは嗤う。ゆっくりとその顔をグリム兄妹に向けた。
「さっそく邪魔が入ったな。どうだ、餓鬼? コイツら、
「なっ!?」
「馬鹿な!?」
「ななな、なにを!?」
三人が動揺する。
「邪魔する奴ら、皆殺しにしてでも仇討ちしたいか?」
「……!!」
シャルロッテの顔から表情が消える。瞳が暗く輝き、自分を阻む者たちを見据えた。
「ヒィィィ!?」
十四歳の少女のものとは思えない殺気に、ポポイヤが思わずレシィの後ろに身を隠す。
「マジやめましょうって! 煽ってどうするんすか!?」
クラインは思わずジークフレアの肩を掴んでいた。
「外ぉ、暗くなってきたなぁ~」
「何の話だよ!?」
ピエールの場をわきまえない突飛な発言にクラインがキレる。
「夜に暗い話題はしない方がいいってばーちゃん言ってたぜ? 余計に暗くなるって」
そんな相方に向かってピエールが返す。
「深刻な話も、朝の陽ざしの下でやれば実は大したことないんだってさ」
「良いこと言うよ! お前のばーちゃん最高かよ!?」
怒り口調のままクラインが褒める。何だか脱力して、深い溜息を漏らした。
「俺も今日はもう疲れた。もうお開きにしね? みんなで飯食って酒飲んで寝ようぜ? ああそうさ、俺はダメ人間さ!!」
だがそんなやり取りの間も、ジークフレアとグリム兄妹は黙ったまま、互いの視線を決して外さなかった。
その中で、最初に視線を落としたのは意外にもジークフレアであった。
「確かに、俺がどうこう言う問題でもないな。俺には関係の無いことだ」
にやりと嗤うと、ジークフレアは二人にくるりと背を向けた。
カチャリ。
扉を開いて、立ち止まる。
「さっきは悪かったな、餓鬼ども。お前たちの好きにすると良いさ」
そう言い残して、彼は部屋を後にした。
早朝、ジークフレアは裏庭で木刀を手に立木を打っていた。
「うるせぇなぁ。朝っぱらからバシバシ、バシバシ……」
「ヴィルヘルム」
「シャルロッテも」
ジークフレアと共に汗を流していたクラインとピエールが驚く。
「俺たちにもやらせてくれよ」
「え?」
クラインとピエールは戸惑い、その顔をジークフレアに向ける。兄妹に顔を向けると、ジークフレアは黙って顎をしゃくった。
クラインとピエールは二人に自分たちの木剣を渡し、兄妹と交代した。ヴィルヘルムとシャルロッテが立木の前に並ぶ。
「キィエ゛エ゛ア゛ア゛ア゛───ッ!!!!」
二人に構わず、ジークフレアはまた木刀を振るいはじめた。彼が握るそれは、木刀と呼ぶにはあまりに粗野なものだった。太い木の枝の皮を剝いで、丸く削っただけの棍棒のようなものだ。兄妹が手にする片手剣タイプの木剣とは厚みも長さも何もかもが違った。
丸太木剣から繰り出される風圧に圧倒されつつも、兄妹も目の前の立木に向かい木剣を握りしめる。
「うわぁぁ──!!」
「やぁぁ──!!」
ジークフレアの見よう見まねで、立木に木剣を打ちつけ始めた。
すぐに剣速は鈍り、腕も上がらなくなる。足腰も言うことを聞かなくなってきた。横では一切変わることなくジークフレアが立木を打ちつけ続けている。その剣速と打撃の重さは寧ろ上がったように思われた。
二人もヘロヘロになりながらも、それに喰らいついていく。クラインとピエールはタオルで汗を拭きつつ、しばらくその様子を眺めていた。
「ハァ! ハァ! ハァ!」
ヴィルヘルムとシャルロッテが大の字に寝そべっている。もう指の一本さえ動かせなかった。息をするのがやっとだ。
「大丈夫か?」
「うわ~、手の皮べろっと剥けてんじゃん」
クラインとピエールが二人を覗き込んで笑った。
「ハ、ハハ……。全身、痛ってぇ。ハァ! ハァ!」
「でもちょっとだけ、スッキリしました。ハァ!」
息絶え絶えに、二人は答えた。
「俺たちも最初はそんな感じだったよ」
「ここんとこやっと豆できなくなったもんな」
「ああ。まだ、ジーク様の半分くらいも続けらんねぇけどな」
兄妹はしばらくの間、ただ息をしながら蒼穹を全身に感じていた。真っ青な空がどこまでも広がり、ところどころに流れる雲は朝の陽を受けて金色に輝いている。
やがてヴィルヘルムとシャルロッテが静かに口を開く。
「ジークさん。覚悟決めたぜ、俺たち」
「だから……、力を貸してください」
二人の言葉にクラインとピエールがまた驚いて顔を見交わす。
「そ、それってつまり……」
「マティアス、首チョンパ確定?」
「うん」
「ま、そう言うことかな」
「いや、うんて……。マジかよ」
平然とうなずいた兄妹にクラインは溜息を漏らした。困惑した表情で、ピエールの脇を小突く。
「おい、どういうことだよ!? 朝なのに結局、復讐ルートまっしぐらだぜ、このままじゃ!」
「ん~、なら仕方ないんじゃない?」
「軽っっ!!」
困ったように顔を顰め、クラインが頭を掻く。
「あのさぁ、二人とも。昨日、オリバーさんたちも言ってた通りもうちょっと考えた方がいいんじゃないか?」
「考えたら何か変わんのか?」
「えっ?」
「考えてたら、マティアスの奴がいなくなんのか? 父さんたちが生き返んのかよ?」
「それは……」
「今も、町の人たちは苦しんでる」
今度はシャルロッテがそう言った。
「このままじゃあ、カレの町の人たちもほかの村の人たちも、平民はみんな飢えと貧しさで死んじゃうよ。わたしたちと同じような子たちも出てくる。いや、もう出ててもおかしくないよ」
「貴族の暗殺を計画しただけで罪人だとか、復讐は何も生まないとか。色々言ってたけどさ。じゃあ、なにかやってくれんのかよ? 助けてくれんのかよ?」
その問いに、クラインは答えられなかった。
「でもその人は、ジークさんは違う。最初から、一切の迷いはなかった。俺たちも、もう迷わねぇ」
ヴィルヘルムとシャルロッテが苦痛に顔を歪めながら身体を起こした。
「頼むよ、ジークさん」
「復讐の先にどんな未来が待っていようと、わたしたちはそれを受け入れます」
「呵々呵々!!」
ジークフレアは大笑いした。
「川で手、洗って来い」
「へ?」
「飯にしよう。話は腹が膨れてからだ」
からりと笑いながら、ジークフレアは先に表に引き返して行くのだった。
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