第18話 出会った人は
揺と夏樹が入ったのは、男物の服も女物の服もある洋服屋だ。大量生産されており、比較的価格は安い。シンプルかつ着やすいものが多い印象だ。
揺は周りに神経を集中させる。嗚呼、ちらほら幽霊もいるけど。
先程感じた殺気は特に感じない。あれは誰のものなのだろう?姿形の想定が全く出来ない。
ワンピースを着たマネキンの前を通り過ぎ、コートの前に立つ。モッズコートを物色しながら、気配を探る。
ーーさっきの視線の持ち主、居なくなったか……?
周りの客に視線を動かすが、特に変わったことは起こらない。
ーー気の所為……?いや、違うはずだ。
意図は不明だが、今ここで揺を襲うつもりはないようだ。
「大丈夫そ……?」
きょろきょろとしていた夏樹が、控えめに聞いてくる。
揺はこくりと頷いた。油断は禁物だし、視線の主は不明だがひとまず安心してよさそうだ。
「モッズコート似合うね!良いね、モスグリーン」
ぱちくり。毒気を抜かれた気分だ。
モスグリーンのコートを手に取り、鏡の前で合わせてみる。深い緑色が落ち着いた印象を強調してくる。
「わああ!!似合うよ!いいんじゃないかな!」
ーーコートか。そういえば今あるのもう小さいんだよな。
成長期で背がぐんぐん伸びているのだ。去年に少し小さいくらいだったコートが今は違和感しか感じない。
夏樹が推すコートを買い物カゴの中に入れると横から歓声が上がった。
ーー夏樹先輩元気だな……。さっきああだったのに、肝が据わっているというか……。
他にも家で寛げる長袖Tシャツやセーターをカゴの中に入れていく。
シンプルイズベスト……なのだが、夏樹は焦げ茶色のスタイリッシュなベルトやメリハリのある黒とグレーのシャツなども勧めてくる。なんでそんなに期待したような目をしてるんだ。
二軒目は男物の服売り場に連れていかれる。あれ。
「夏樹先輩、自分のものが見たいんじゃないのか?」
こそっと小さく隣に尋ねると、夏樹は逆にキョトンとしている。
「いや、私買っても着れないし。服の参考なら見てるだけでいいし。
ゆらぐ君のお洋服見繕いたいんだよね。きっと格好いいよ」
なるほど、男子の服をコーディネートする女子か。彼女かよ!!
確かに女子のセンスの男性の服は格好良いとは言うけども……。
夏樹は、やれパンクだのスタイリッシュだのシルバーアクセだの合わせたがるが、夏樹の趣味には届きそうにない。
半分無視して、少しダボッとしたアイボリーのズボンや赤みが掛かったグレーのパーカーをチョイスする。
あまり買わなくても……とも思うが絶賛成長期。身体にあった洋服は必要だ。
「ゆらぐ君、ストリート系が好きなの?」
「ジャンルは良く分かんねえが、よく着るのはこの系統だよ」
試着室のカーテンで隔たれながら、小さく答えた。
「ストリート系もカッコイイよね!」
うんうんと頷いているようだ。
兄は揺と対照的にスタイリッシュ系やパンクが好きなようだ。よくシルバーアクセを身につけているところを見る。
ああいう格好良さも憧れるが、揺はダボッとしたスタイルに惹かれる方だ。
会計を済ませた後、二人で並んで商店街を歩く。
一度感じた鋭い視線を忘れかけるくらいには楽しかった。買い物にのめり込んだのは初めてな気がする。
ふと、たこ焼き屋の看板を見ていると、誰かの気配を感じた。
金髪の明るい髪に、青い瞳。先輩と思えないほどに愛らしい顔立ち。レースの着いたブラウスに短めのスカート。柄のついたストッキングにお洒落なブーツ。
夕波海南。
「あっ、ミナミちゃんだ!」
夏樹のクラスメイトであり、死後に欠席がちになった最後の生徒が立っていた。
揺は、直ぐに看板屋に視線を戻した。
夏樹はそのまま彼女を見つめていた。
ーーどうしてここにいるんだろう。偶然?
ーー今は殺気は感じないけど……。
もし、もし。先程の鋭い視線が海南だったとしたら?
少し構えていた夏樹だったが、海南は静かに歩いて、揺の横をすれ違っていく。
人の少ない道路だが、ちらほらと人はいた。大きなトートバックを持っており、普通に買い物に来ていての通り道のようにも見えるが……。
海南の肩が震えている。顔色も白く、口紅に隠されているが唇もどこか青い気がした。
ーーミナミちゃん、ずっと体調不良だなあ。
ーー最近体調が悪いのかな?
夏樹の死後に体調を崩し始めたのだろうか。タイミングがあまりにも気になる。
そのまま海南が通り過ぎて行った。揺が振り返る。
「………ちょっと気になるな。休みがちになった中で白取れてないのあの子だけだろ」
「そうだね……」
もう一度夏樹は視線を送った。
今はもう後ろ姿は見えない。ちゃんと調べなくては。
◆
揺が狙われていたらいけないので、あの後は直ぐに帰宅し、日曜も家に引き篭った。夏樹も傍に居たが、特に変わりはなかった。
どっちみち揺は引きこもりなので、日曜に夏樹が動く手もあったが、日曜は学校は休みである。海南の手掛かりも接触も出来ないのでひたすらごろごろしていた。
人の家で寛いでいると揺に呆れた目で見られたが、夏樹は全く気にしていない。幽霊たるもの図太く生きなければ。死んでるけど。
朝は登校する標と揺に付き添い、揺が教室に入ったことを確認してから、夏樹は自分のクラスに向かった。
佳代子は普段通り勉強に打ち込んでいた。
好美はスマホで彼に連絡を取っているようだ。
毅は少し落ち着いた様子で本を読んでいた。
ーー良かった……。良い方に進んだみたい。
心の底から安堵した。
自分のことを大切にしてくれた人達が哀しんだり不幸になるところは見たくない。笑っていて欲しい。
あの輪の中に自分がいた頃を懐かしむ。とても大切な思い出だ。
また一緒に過ごしたい気持ちはあれど、未練は募らせていない。
ーーえっと、ミナミちゃんの席は……。
きょろきょろと探す。
チャイムが鳴ると雑談に興じていた高校生達は席についていく。
真ん中の席の方に海南は座っていた。
参考書を開け、黒板の内容を必死に写している。
けれど、やっぱり。
ーー顔色悪いよ、ミナミちゃん……。
自分がいる頃はそんなことは無かった。いつだって友達に囲まれた華のある愛らしい生徒だった。
そもそも調子悪そうなのに、どうして誰も気が付かないのだろう。労るべきだ。
コツコツ。革靴の音を立てて夏樹は海南に近づいていく。
しゃがむと、海南の顔を見上げるようにして様子を観察した。
「………あ……」
「ミナミちゃん?」
突如、ガタンと椅子が引かれた。
「夕波?」
英語教師の訝しげな声が降ってくる。
「すみません……体調悪くて……保健室行っていいですか……」
「……顔色悪いな。いいぞ。
誰か、付き添ってやってくれ」
「はい!」
手を挙げたのはいつも海南の隣にいる友達だ。
そのまま海南は、友人に付き添われて保健室に移動した。
ーーミナミちゃん。
ーーミナミちゃんの変化は一体何なの。
どうしてそんなにしんどそうなの?
「怪しいよ、ミナミちゃん……」
少し考えた後、夏樹は教室を出て、海南を追いかける。
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