第25話 最大の容疑者

 冷たい風が通り過ぎる。

 ひりひりと皮膚を痛めつけるようなそんな錯覚さえ覚える。

 標は、軽く笑って答える。

「どうしたんだよ、揺。こんなところに呼び出したと思ったら、藪から棒に」

「俺も本当はこんなこと言いたくないんだ」

 それでも真正面から兄と向き合う道を選んだから。

 だから会話を試みる。


 夏樹から打ち明けられた記憶は信じ難いものだった。

 けれど、彼女が嘘をついているとも思えない。

 だからこそ、尊敬する兄自身の口から聞きたい。


「夏樹が揺のところにいて、成仏のために行動しているのは話してくれたよな。それは知っているよ。だからこそ俺も応援しているし」

「ああ。そう言って貰えて、俺は本当に嬉しかったんだ。

夏樹先輩は、少し前に出会って。だけど先輩は死んだ時の記憶がなかった。だけど、自分が屋上から突き落とされて殺されたって言っていた。でも、相手が分からないって。

多分成仏が出来ないのは真実が分からないからだって言っていたよ」

「なるほど。それで、夏樹に協力を頼まれたのか?揺は真実を探していたのか?

危ない真似を……。本当に他殺なら殺人犯に狙われるかもしれないのに」

「自分でも危ない真似をしていると思っているよ。実際に街中で殺気を感じたことはあるから。

けど、幽霊相手だと夏樹先輩が霊力で追い払ってくれるし、物理だと兄貴がいるから。出来るだけ危険を避ける方向で調べてたんだ」

「………。それで、どうしてその誰かが俺だって言うんだ?

他の誰かの可能性の方が高いだろ?

夏樹はモテてたから、恋愛関係のもつれとか……。同性からの嫉妬を買って喧嘩の後についカッとなって……とかありそうだけどな」

「俺もそう思ってた。夏樹先輩はモテるよな」

「だろ?」

「でもすげえウブで恋愛経験の欠片もない」

「そうなのか?」

「おまけに男に免疫が全くない。男の着替えとか顔真っ赤にしてるぞ」

「揺がどうしてそんな事知ってるか逆に聞きたいよ俺は」

 揺が目の前で着替えてたりしたらセクハラで夏樹に謝らないといけない気がする。

「話が脱線したけど、モテるよなあの人。周りに嫉妬されるのも分かるよ。

実際片思いをしている人もいたし、嫉妬してた人もいたよ。話もしてきた。

夏樹先輩が死んで動揺して学校をよく休んでた人から調べてた」

「俺はほぼ休んでないけどな」

「………それが兄貴の恐ろしいところだよな」


 本当に夏樹の言う通り、標が殺人犯なのだとしたら。

 人をひとり殺しておいて、平然と日常を過ごしていたことになる。

 幽霊の夏樹が弟にくっついていても普通に会話に混じって、あまつさえ協力するとも伝えていた。

 自分が手を汚してもそれを乗り越えてしまっている可能性が高い。自然にポーカーフェイスが出来てしまっているのだ。

 けれど……。

「だけど、そんな兄貴にも変化はあったんだ。

最近帰りが遅くなってただろ」

「ああ、まあ。受験勉強に真面目に取り組んできてたから、ついしんどくなって、歯止めが聞かなくて遊んじゃって……」

「そうだよな、って……俺だって言いたいよ」

 事実、昨日まではそう思っていたのだ。

 あの後夏樹に頼まれて色々調べるまでは。

「そもそも兄貴には夏樹先輩を殺す動機がないって容疑者から自然に外してたし」

「そうだろ?普通のクラスメイトだし、俺は夏樹に片思いしていたわけじゃないし。特に嫉妬することもないし。殺す動機がないだろ?」

 揺の仕掛けた会話誘導に掛かってくれた。

 揺は、夏樹から聞き出した根拠を話し始める。

「夏樹先輩はお気に入りのアクセサリー店があるんだけど。鉱石とかシルバーアクセとか揃えてる、五条アクセサリー店」

「あー、聞いたことあるな。センスが良くて俺も憧れるな」

「兄貴はシルバーアクセ好きだもんな。よく着けてるよな。

……でも兄貴」

 揺は悲しそうに標を貫く。


「今兄貴が首から下げてるの、その五条のシルバーネックレスだよ」

「……!!」

「昨日行ってきた。盗んた相手に心当たりがあるけど、警察に行くように説得するから一日待って欲しい。盗品がどれか教えて欲しいって言ったら教えてくれた。俺の名前も教えておいたから、音沙汰なくても向こうは警察を頼れば調べられるな。」

「ハッタリだろ?これは別の店で買ったものだし……。というか高校生にそんな事教えないだろ」

「大人の協力者がいたもんで」

 サンキュー田口先生。

「それに……そのネックレスの十字架の裏に、ブランドロゴマーク刻んであるんだよ」

「…………。」

「だから調べればわかるはずだ。店で盗まれた品物と一致する……」

 兄貴。

 否定してくれよ。

 そのネックレスを外して、そんなロゴマークないって笑って見せてくれよ。

 標は黙り込むと、静かに自らの首元に手を回し、ネックレスの精巧な細工の留め具を外した。


 するりとネックレスが床に落ちた。

 シャラッ……。

 標の手から滑り落ちたそれを揺は拾い上げた。

 兄の前で、恐る恐るネックレストップを裏返した。


「…………」

 『G/A』の文字がしっかりと刻まれていた。

 昨日店主に教えて貰ったブランドマークだ。

 昨日の盗品と一致している。


「………兄貴………」

「………………」

 ああ、視線が痛いな。

 憐れんでるのかな。それとも呆れた?

 静かに見下ろすと、弟は胸を締め付けられたかのような苦しそうな表情をしている。

 嗚呼、どうして揺がそんな顔をするんだ。


「それが動機だ。

夏樹先輩は、兄貴が売り物を盗んでるのを見ちまったんだよ。

そして兄貴を屋上に呼び出して話をした」

 その結果、夏樹は屋上から突き落とされた。


 自分がそうなるかもしれないと覚悟を抱いた上で揺はここに立っている。

 否定してくれてもいい。寧ろそうしてくれ。

 盗みの事実は消えないけど、殺人犯の疑いを晴らしてくれたらまた手を考えるから。


 揺の願いも虚しく、標は押し黙っている。


 やがて、胸の中の不純物を吐き出すように長いため息をついた。

「…………潮時だな……」

「……兄貴………」


「………揺の言う通りだよ。

俺には盗癖があるんだ。メンタルが弱くなった時に、気づいたら品物がポケットや鞄に入っていた……。

最近どんどん酷くなっていて……。

それを夏樹に見られて……、その翌日に屋上に呼び出されて……」


 その日を、その時のことが遠い昔のようだ。

 思い出しながら標は目を瞑る。


「…………そうだ。俺が夏樹を殺したんだ」

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