第26話 真犯人
土居標は、教育思考の強い両親に育てられた。
高い学力をつけ、良い学歴を手に入れる。そうして一流の会社に入社し、キャリアを積み重ねて更に上に行き、名声と大金を手にする。
志の割に、有名企業の係長止まりのキャリアに小金持ちくらいの位置に収まった両親は、自らの望みを息子達に賭けた。
絵に書いたような頭の良い聞き分けの良い子に育て、学力を養わせる。
そうして育てられた子供達は、自慢の息子になるはずだった。
小学低学年の頃、弟の揺に変化が訪れる。
なんと幽霊が見えると言うのだ。読ませる本を間違えたのだろうか。
冗談は時と場合を選びなさいと躾けるものの、訴えは止まらない。
精神がおかしくなってしまったのだと嘆くが、名声が傷つくからと心療内科に連れていくことを避けた。
やがて幽霊がどうとか言わなくなって、ほっとしていたら、揺が背の高い木の太い枝に頭をぶつけて怪我をした。
普通に歩いていれば負傷するはずの無い怪我を見ても、彼らは目を背ける。
兄の標がなんとかすると言った後、揺も標も怪我が増えた。
けれど二人の言動が大人しくなったので、
揺は最初は理解者が欲しくて必死に助けを求めていたが、頼りになるはずの大人は目を逸らし、声が届いたのは兄だけだったのだ。
やがて諦めを覚えた子供は、信じて貰えた兄だけに心を開くようになった。
賢く弟思いの兄は想いに応えた。
隙あらば幽霊にちょっかいを出される弟を守り、両親に忠実な息子を演じて黙らせる。
揺は幽霊が見えることを周囲に隠すようになったが、やはり目線がよそを向いており、常にビクビクしているので、集団生活では浮いた存在となった。
やがて心を閉ざし、親しい人を作ろうとすることをやめ、一匹狼の引き籠もりへと成長していく。
兄の標ばかり評価されがちだが、揺も学力は良い部類に入る。
けれど、内申がいまいちな彼は両親の期待から外れ、一般家庭よりも放任されるようになった。
その分、両親の期待は出来の良い兄にかかる。
学校の成績が優秀で、性格も人として申し分ない程度のものを求められたので、標はそれに応えた。
特にやりたいこともなかったし、趣味と言えるほどの趣味もなかったので構わなかった。
実際は娯楽を遠ざける両親の影響がありその機会を奪われていたが、標は気が付かない。
人並みの楽しみ……つまり見目の良い服装に、ある程度の流行を把握する程度、学友との交流は許されたので、その範囲内で疲れを癒す。
しかし、過度な期待と裏腹にストレスが発散しきれなかった。
高校に入った頃に、標は自らの盗癖に気づいた。
流行のファッションも好きだが、特に好きなものはシルバーアクセサリーだ。また、使いやすい文具も好むため、小物の盗難が増えた。
盗もうと決心して盗むのではない。気を抜いたときに無意識のうちに万引きを行ってしまっていた。
帰宅してズボンやコートの内ポケット、鞄を確認したら購入した覚えのない商品が入っていたのだ。
気を抜くのが原因だと聡い青年は理解していたので、気を抜かないように気を付けていたのだが、ストレスが溜まるにつれてどんどん悪癖が増えていく。
高校3年生の春に、断腸の思いで両親に打ち明けた。
どうか休ませてほしい、精神科に行きたいので許可が欲しいと願うが、母親も父親も希望を一蹴した。
盗みたいと思うからそうなるんだ、心の強さを養えと言われ、治療を拒否される。
両親が気にしているのは、『受験も近いのに、盗癖があるなんて知られたら一巻の終わりだ』である。
分かっていた事だ。親に期待せずにとっとと病院に行けば良かったのだ。
分かっていたはずなのに――心のどこかで期待してしまっていたらしい。
店側の機転により発覚した盗難は、両親が買い取るという方法を取った。
けれど、青年は手先がとても器用だ。発覚しない盗難が目に見えて増えていった。
こうして、一度病院通いも拒否されたため、誰にも打ち明けられずに青年一人の心の中に抱え込んで月日が過ぎていく。
「兄貴、大丈夫か?期待が強すぎるだろ。俺から言おうか?」
「揺」
反抗心も養った弟がそう提案してくれる。
両親の過度な期待と介入、受験へのストレスを心配して申し出てくれたらしい。
けれど、今両親からの反感を買うのは面倒だ。有難くも思うが、丁寧に断った。
――揺に打ち明けようか……?
一瞬考えた後、標は迷いを振り払った。
打ち明ければ心は楽になる気がする。
けれど、ただでさえ霊感が高くて幽霊に寄って来られて心を閉ざしている弟の負担になりたくなかった。
幼い頃から標にとって揺は『守るべき弟』であり、それ以上の何者でもない。
頼る事を忘れたまま成長したため、信頼できる相手に相談するという手も取れなかった。
標の頭の中の辞書に『人に頼る』という項目はなかったのである。
そうしてついに最悪の日を迎える。
お気に入りの店でネックレスや指輪を見ていた。
五条アクセサリー店は質がとても高く、センスも頭一つ抜けて良いが、如何せん価格が高い。
買おうかなと思って値札を見ると、お小遣いではとうてい手の届かない金額が刻まれていた。
――働き始めてから買うか……。大学卒業した後だから……大分先だな。
まあ何年も先もこの店はあるだろう。
そう思って指輪をトレイに戻す――と意識しながら、黒の皮手袋を嵌めた指先は商品を胸ポケットに入れていた。
――あ、しまった。
まただ。時折こうやって意識が危うくなって、夢の中にいるような気分になる。
そもそも何分くらいここにいたんだっけ?
気づいたときには遅い。今戻すと怪しまれる。
いや、何食わぬ顔で戻しておこう。そうそう、見つかっても適当に言い訳をして――
そういった勘定をしていたから、人影に気づけなかった。
「……標、君?」
「………夏樹……」
――しまった、見られた……!?
いや、見られたとは限らない。平静を装って話しかけるが……。
――ああ、これアウトだな……。
夏樹は嘘や誤魔化しが上手くなかった。いや、やろうとすれば出来るのだろうけど、目撃したものの深刻さに誤魔化しが出来ていなかった。
間違いない。長谷川夏樹に、盗みの現場を見られた。
今品物を戻すと確定的になるため、話しながらそのままアクセサリー店を後にした。
当たり障りのない話題を選びながら、クラスメイトと話をして。
その翌日、標は夏樹に屋上に呼び出された。
時刻は夕方。二人だけになれる時間だ。
行くしかない。
どう会話の主導権を握るかが鍵だと自らに言い聞かせ、話し合いに赴いた。
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