第24話 辿る

 次の日、宣言通りに夏樹は揺を教室まで送って行った。

 標も一緒にいたので、霊力的にも物理的にも揺は守られた形になる。

 揺も夏樹もそれに頼もしさを覚えながら登校した。

 結局鋭い殺気を浴びたのも先日の休日の一瞬のみだ。

 とりあえず大丈夫そうだが、揺は気を抜かずに教室で過ごし、一人になることを避けた。

 神経は使うが、何事もなく時間が過ぎる。


 夏樹は一人で街に来ていた。

 あの日に殺気を浴びた場所に来るが、特に異変は無い。それはそうだ、不審な人物がここに居なければ殺気も浴びない。

 先日は揺と一緒に街を歩き、公園の噴水で遊んで映画を見て洋服を吟味した。

 今日はたった一人だ。

ーー少し寂しいかも。

 やはり揺と、誰かと一緒にいた方が楽しい。

 誰かと行動した方が楽しいし寂しくない。

 けれど、一人の時間だって好きだし必要だ。夕焼けの中で黄昏れる時間が、夕暮れの下で物思いにふける時間が、夏樹は好きだった。

「ゆらぐ君、引いてないといいけどな…」

 彼には自分がどのように見えているのだろうか。

 少なくとも心の底に秘めた空虚さは知られていなかった気はする。

 海南を救うために心の中を、本心を開示したことを、微塵も後悔していない。

 けれど、不安はあるのだ。落ち着かなさはあるのだ。

 揺は昨日は本心かと尋ねてきたが、今日は特に何も突っ込んでこなかったしいつも通りだ。

 受け入れてくれたのだろうか。それなら嬉しいな。

 周りに高嶺の花のように思われていたとしても、夏樹は自分に自信などない。いつだって思うように行動しているだけだ。

 けれど、自分の心は思うより人に伝わらないものらしい。

「あ、映画だ」

 気まぐれさだって大事だ。

 通りがかった映画館でポスターを見る。

 うん、このミステリーがやっぱり気になるから見てこよう。

 夏樹は意気揚々と映画館に入っていき、受付を無視して華麗に無料鑑賞を決め込んだ。


 午後の授業を終えて、揺はスマホのメッセージアプリをチェックした。

 一応家族のグループメッセージ欄もあるのでチェックはしている。

 標からだ。今日は塾を終えたら友達と遊んで帰ります、とのことだ。

 母親からの返信が早い。『また?受験は近いのよ、早く帰りなさいな』とのことだ。

ーー相変わらず兄貴に過干渉だな……。

ーー俺は放置気味だってのに。

ーーちゃんと連絡してくるだけ兄貴偉いのに。

 確かに遊んで帰る頻度は増えているように思うが、揺は特に気にしていない。

 遊びたい年頃だろうし、そもそも兄貴は真面目すぎる。そろそろ受験ストレスが限界に達する頃だろう。

 それに気づかないのが我が両親である。呆れてものも言えない。

ーープレッシャーもかなり掛けてるしな。

ーー必ず合格しなさいとか、兄貴の人生なのにな。

 自分から見て、兄は今の志望校を心から望んでいるようにも思えない。

 さりとて、特にこれがやりたいなどの夢も見えてこない。

 希望がないから敷かれたレールの上を忠実に歩いている。

ーーまあ、やりたいこと出来ればそっちにシフトすればいいしな。働き始めたら金銭的にも余裕は出そうだし。

 だから大丈夫とは思う。

 兄はいつだって要領良く物事を解決していく、自分にない器用さを持った人間だから。

 憧れているし、少し妬ましくもある。でも仕方ない。

 俺は兄貴に救われてきたのだから。


「あの人が犯人って!!気づかなかったよ!!

しかも自分の手を極力汚さずにスケープゴート立ててるとか。スケープゴートもスケープゴートなのに頭良過ぎだよ!!?復讐のために敢えて企みに乗ってるよねあれ!!」

 ネタバレ要注意の注意書きして呟かなければならないくらいの感想を垂れ流す夏樹。大丈夫、大抵の人には夏樹の声は聞こえないから。

 原作から評判の良かった物語の映画化だ。小説は時間の都合により読めなかったので前情報がないまま映画に挑んだ。結果、大満足である。

「はー、役者さんも実力派揃いで凄かったなあ。同じ作者さんのメディア化あったらまた見たいな」

 るんるんスキップ気分だ。

 やがて生前歩いていた気分で商店街を歩く。

 好きな洋服店に入って冬物を見て、好きな雑貨屋に入って癒される動物の小物を見て、好きなアクセサリー屋に入って鉱石のついた指輪やネックレスに見惚れる。

ーーわぁぁ、可愛いなあ。センスあるなあ。

ーー銀のアクセサリーもいいなあ。椿の形になってて綺麗だなあぁ。

「……?」

 商品のクオリティの高さに感動していると、夏樹の聴覚が誰かの声を拾った。

 神経を研ぎ澄ませていると、会話の内容が耳に入ってきた。店員二人の会話らしい。

「ったく……またやられたよ。店長がまた頭抱えちまう」

「だから防犯カメラ設置しろって言ってるのに」

「一個は検討中らしいけど、一個じゃ足りないだろ」

「やっぱり同じ犯人なんかな」

「どうなんだろな……?」

「盗難は勘弁して欲しいよな」

ーー盗難かあ。店員さんも大変だなあ……

ーーしかもこの辺のシルバーアクセ、高い奴だよね。

 気になって寄っていく。

 盗られたであろうアクセサリーは、価値の高いものなのだろう。

ーーあれ。

 なんだろう。既視感がある。

 一度この景色を見たことがあるような。

 それはとても大事な事だったような……。

 思い出せ、思い出せ。


「…………。」


 そうだ、あれは秋の日だった。

 学校の帰りに、この店に立ち寄り、綺麗なアクセサリーに見惚れた。

 知った顔を店の中で見掛けて声を掛けて、そこで会ったのは誰だった?

 そこで見たものは何だった?

「ーーー!!!」


 思い、出した……!!


「遅かったな、夏樹先輩」

 一年生の教室で揺は一人で待っていた。

 出来るだけ一人になりたくなかったが、クラスメイトが全員帰ってしまったから仕方ない。夏樹は定刻に迎えに来そうな雰囲気だったからそのまま律儀に待っていた。

 遅れたことを別に気にも留めていない揺は、夏樹が俯いたままであることに気づく。

「どうしたんだ?夏樹先輩……」

「ゆらぐ君。私、思い出したよ。私が殺される切欠になった出来事があったんだ……」

「なに、本当か!?」

 バッと顔を上げて夏樹を見る。

 進展があったことは喜ばしいことだが、夏樹が深刻な顔をしている。

ーーそりゃそうか。殺されてるんだからな……。

 思い出したばかりでショックを受けているのだろう。

 触れることも出来ないのに、肩を支えるように手を伸ばした。

 揺の気遣いが胸に沁みた。

 やがて夏樹は決意して顔を上げる。

「ゆらぐ君。ゆらぐ君に、急いで調べて欲しいことがあるんだけど……」

「うん、なんだ?」

 ふたりだけの教室で、打ち合わせが進んでいく。


 翌日の放課後。

 揺はある人物を屋上に呼び出した。

 予め夏樹に屋上の鍵を開けてもらっていたのだ。

 現在封鎖されている屋上は、限定で開放された形になる。

 今は立ち入り禁止になっているから誰も来ない。内緒話に持ってこいだ。


 それに、この場所で夏樹は突き落とされた。

 真実を解き明かして前に進むには絶好の場所だ。

 揺は呼び出した人物を後ろに連れ、屋上に乗り出した。


「………もう数ヶ月経ったんだな。その時は気にとめてなかったよ。会ったことない先輩が死んだくらいで。事故だと思ってたから」

 揺の声音は曇っている。

「それから俺は夏樹先輩に出会って、放っておけなくて手を貸すことにしたんだ。

思えば因果な話だよな。

何かあったら言えって言ってくれた言葉に俺は心から救われてたんだ」

 嗚呼、真実を知るのが怖い。

「夏樹先輩、死んだ時の記憶がなくてさ。

でも昨日やっと思い出したって言ってて。

自分は殺されたって言うんだ。あるものを見てしまったから突き落とされたって。」

 どうか、どうか否定をして欲しい。


「………その時のこと、詳しく聞かせてくれないか」


 最大の容疑者の顔を、心が震えながら見て。

 やがて名前を呼んだ。


「………なあ、兄貴」

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