第14話 秘めた感情
昼休みもその後も毅の傍にいたが、特段変わったことは無かった。
彼は独りを寂しがることなく過ごし、授業を受け、たまに寄ってくる友達にも普通に話す。
身の潔白の証明はどうすればいいのか。
頼りになる人の知恵が欲しくなり、夏樹は踵を返して1年生の教室に向かった。
◆
懐かしいような音色のチャイムが放課後の到来を知らせてくれる。
廊下を出たところで顔色が悪くふらふらしている揺を見つけ、近寄る……
「うわっ、憑かれてる!!?」
揺の背後に、どんよりとしたオーラの女性がいるではないか。
声を上げるとギロリと睨んでくる。正直怖い。
「夏樹先輩……体動かない……」
「ゆらぐ君から離れろー!!」
叫びながらぶんぶんと拳を振り回す。離れろ離れろ!
「うわっ!?」
しゅる、と女の長い髪が夏樹の腕に絡みついた。幽霊同士なら触れられるらしい。
ずん、と腕に重みが加わる。
「夏樹先輩……」
こんな時はどうすればいいのか。幽霊同士だから鈍感な兄がやるように引き剥がせないし。
そうだ霊力!
「だーーっ!!」
頭の中に風で吹き飛ばすイメージを作り、幽霊にぶつけた。サァァと清々しい風が竜巻のように巻いていく。
「ギャァァァ!!」
成功したらしい。効いてる!
自分の腕に風を巻き付けながら威嚇すると、逃げていった。
「やったー!!なんかボディーガードっぽい!!」
「サンキュ……助かった……」
「どういたしまして…!本当にゆらぐ君、憑かれやすいんだねえ……。私といる時そこまでじゃ、なかったし……」
「そういえば夏樹先輩といる時はそこまで寄ってこないな……。……先輩?」
夏樹が膝に手を置いて、肩で息をしているではないか。
「大丈夫か?」
「平気……。ちょっと疲労が……。スタミナ足りないっぽい……」
「霊力使うの慣れてないからかも。あまり使いすぎないようにな……」
「ん、分かった……」
はあはあと息をしながら浮かび上がる。浮いてた方が楽だ。
「ゆらぐ君、もう少し人が来そうにない所に移動いい?ちょっと相談があるんだけど……」
「いいぞ」
そのまま倉庫に移動した。鍵もかかってないので入り込みやすくていい。
夏樹の話を聴きながら時折相槌を打つ。
「なるほど……。先輩は發知先輩を疑いたくはないと。犯人であって欲しくないし、無実の証明をしたいと」
「うん」
「大事な友達なのは分かったし、夏樹先輩の気持ちは尊重したいな」
話を聞く限り、確かに犯人っぽくはない。休みが多いのも純粋に夏樹の死を悲しんでいるからと取れる。
疑いの材料も失くしておきたいのはよく分かる。
となると打つ手は……
「ホント、しゃーねえな……」
「ゆらぐ君?」
「ひとつ貸しだぞ」
「!! ありがとう!!」
そのままふたりは倉庫を出てーー
◆
夕日が窓から差し込んでくる。
毅は、自分の教室で窓から弓道場のあたりを見ていた。
毅は夏樹のクラスメイトでもある。
弓道場の近くにゴミ捨て場。このあたりは野良猫達がよく出入りする場所で、毅もお昼を食べたり近くを通ったりと馴染み深い。
動物を愛でるのは好きだ。不器用でも受け取ってくれるから。
独りで猫を可愛がることが多いが、ひと月前まではたまに夏樹がついてくれていた。
可愛い可愛いと目を輝かせ、猫の頭や顎の下を撫でて愛でる。毅が煮干しをやると機嫌が良くなるので、更に夏樹が喜ぶという構図だ。
特に自分達が助けたクロには思い入れが深く、その兄弟猫にもよく会う。向こうも毅と夏樹のことは覚えているようで元気な顔を見せてくれる。
屋上では他愛ない話をした。夏樹が死んだ日の昼も一緒に屋上でお昼を食べた。時折会話をする感じで、ずっと一緒にいて会話をするわけでもなかったが、たまに片方が話して、片方が答える、その時間が好きだった。
その日の夕方に屋上の下に人集りが出来ていた。野次馬になる趣味は無いのでさっと帰ろうとしたが、夏樹の名前が出たので人集りの中心を見た。
「……………」
あの時の光景は忘れられない。
こんな事なら、こんな事になるなら、俺がーー……
「發知先輩」
後ろから声をかけられたので、ハッとして振り返った。
話すのは初めての男子生徒がいた。
見覚え自体はある。たまにクラスメイトである土居標に会いに来ているし、人のいない場所でよく見かける。彼も人付き合いが苦手なのだろう。
「………何か?」
「…………以前、会ったことありましたっけ。どことなく見覚えが」
「何度か弓道場の近くとか裏庭で見たことがあるな」
「道理で……。俺、あまり人付き合いが得意じゃないのでそういう場所が好きなんですよね」
「…………」
後輩を見る。自分から人を避け、影を薄くしている印象がある。長すぎる髪は陰気臭く思わせるのだ。
「………もうひと月前になるんですね……」
揺は寂しそうに悲しそうに目を伏せて、屋上の方に視線を向けた。
「………そうだな」
ひと月前で誰の事を言われてるかなんとなく分かった。
「夏樹先輩とは仲が良かったんですか?」
「それなりには」
それなりと言う言葉に、思案顔になっていく。
彼は夏樹の知り合いだろうか。そうなんだろうな。
夏樹は知り合いが多く、男女問わず人気があった。夏樹の傍で彼を見た事は無いが、夏樹はひとりの時間も好んでいたようだ。その時に会っていてもおかしくない。
「夏樹先輩に直接聞いたんですけど、クロ、元気そうで良かったですよね」
「! ああ、そうだな……」
野良猫を助けた話を目の前の彼にしたのか。野良猫の話は噂になっていないし自分は誰にも話してないので、お互い言いふらしたりはしていない。
それでも夏樹が彼に話したということは、目の前の彼は相当に親しいのか。
「名乗り遅れました。土居揺です」
「……發知毅」
ーーなるほど。
相手の反応を見て、ひとつの仮説が思い浮かんだのでカマをかけてみることにした。
「發知先輩。もしかして、夏樹先輩に片思いですか?」
ガンッッ!!
内緒話をするようにひそひそと訊いた言葉に、毅が窓枠に頭を打ち付けた。効果覿面。
その後頭を抱えてズルズルと崩れ落ちる。
「えー……お前まさか夏樹と付き合ってたとか……」
「恋愛関係じゃないです。親しくしてもらってましたが」
嘘だけど。親しくなったのは死後だけど、事実関係は洗い出しにくいのがこの先輩の恐ろしいところだ。だってとてもフレンドリーだもの。
何度もため息をついた後、毅は言葉を絞り出す。
「………こんなに急に会えなくなるくらいなら、告っときゃ良かった」
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