第15話 片思い

ーーあー、やっぱりそっか。

ーー俺に向ける視線がちょっと鋭いしさあ。夏樹先輩はフレンドリーで鈍感だし。

ーー普通に考えて、人付き合い苦手な奴が一緒に野良猫助けて屋上でたまに一緒に飯食べてってしてたら惚れかねないし。

 と言っても揺はまだ毅を容疑者から外していない。

 恋愛関係のもつれから突き落とした可能性はあるし、揺の手前、演技している可能性もある。

 こちらもカマをかけたのだ。話してもらえる内容に矛盾がないかを探り、白か黒かを判断する。所謂心理戦だ。

ーーまあこれ、一人でするしかないよなあ……

 チラリと左後ろを見ると、夏樹が真っ赤になった顔を両手で押さえて固まってる。

ーーええー!!えええーー!!?

ーー片思い!?毅君が私に!!?

 しっかり会話も聞いていたので、真っ赤になってジタバタしている。なんか訳の分からない踊りをしている。

 揺は夏樹をスルーして、毅との会話に戻る事にした。


「夏樹先輩と野良猫助けたり屋上でご飯食べたりしてたんですから。惹かれますよねそりゃ」

「そうなんだよ……。夏樹は夏樹で警戒心ないし」

 どこまで知ってるのかって思いながらも毅は答えていく。

「もしかして昼休みに無防備に横で寝てたり?」

「何度かあったな……。時間になったら起こしてーみたいなの。屋上には他にも人いるから変な気は起こさねえけどさ……。心配になるよなあれ」

「いつ頃から好きだったんです?」

「……俺の部屋で保護したクロに会いに一度俺のアパートに来たんだ。

いろいろ差し入れしてくれたり、クロにキャットフードを持ってきてくれたり。

俺の話を優しく聞いてくれて、労わってくれて。その時には夏樹のことが気になってた。

本気で好きだって気づいたのは、夏休みの頃かな。会えなくて寂しくて、補習で会えた時に凄く嬉しかった」

 躊躇いながらも話してくれる毅の言葉に嘘は見当たらない。こうして話しているのも、独りで胸の中に抱えていたからなのだろう。

「……告白はしなかったんですね」

「しようかと思ってたんだけどな。付き合いたかったし。

でも夏樹はフレンドリーだけど高嶺の花だ。周りにも狙ってる奴はいたし、仲の良い奴は多いし。

告白した奴が尽く振られていってるって聞いたからなかなか告れなかった。今の距離でも心地良かったから、告白して友達にも戻れなくなるのが嫌だったし。けど……」

 毅はあの日を思う。

 夏樹の遺体を目にした時、目の前が真っ暗になった。

 身体を打ち付け、赤黒いものがコンクリートに散っていた。あの光景を忘れない。

「あんな風に夏樹が死ぬくらいなら、目の前からいなくなるくらいなら…!とっとと告白しておくべきだった。

告白して、付き合えなくても傍に居て、守ってやりたかった。クロの事は救えたのに、鴉からは守れたのに……。なんで事故るんだよ。死ぬの早すぎだろ……夏樹……」

 ぼたぼたと涙が零れ落ちるのを止められない。

 不器用で、でも優しい男の愛が溢れて止まらない。

ーーこれは……とても演技じゃない……。

「……そうですよね……。辛いですよね……」

「ああ……。あの日の夕方、俺は校内にはいたんだ。ダチと軽く話して、帰る途中に裏庭に人集りが出来てて……。

変わり果てた夏樹を見た……。なんで、校内には居たのに守れなかったんだって、後悔してもしきれない……」

「……優しいんですね、發知先輩は」

 面倒見が良くて優しくて。不器用ながらも愛が深い毅は、夏樹とお似合いだと思う。自分と似た人間のようで居心地が良いのに、蓋を開けたら眩しかった。

 事件当時は友達と居たようだ。確かめるのは難しそうだが、こんな風に吐露された心情に、愛情に嘘があるなんてとても思えなかった。

ーーもう信じてもいいよ、夏樹先輩。

 振り返った時には、夏樹の長い髪が揺れていた。

「毅君……」

 近寄って、そっと抱きしめる。

 触れることは出来ない。会話すら成立しない。

 だけど、少しでも温めることが出来たらいいなと願う。

「毅君。私の事を好きになってくれてありがとう……。こんなに想っていてくれて嬉しいよ……。

心に傷をつけちゃって、ごめんね……。どうか、どうか幸せになって。優しい毅君が傷つくことも苦しむことも嫌だよ」

 優しく語りかけるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 揺が代弁しようか悩んでいると、毅が涙で濡れた瞳を瞬かせた。

「不思議だな……。なんで、なんで……夏樹が傍にいてくれてる気がするんだろう……」

ーーとても温かくて心地好い。

 まるで一緒に過ごした日々のように優しい気持ちになれる。

「夏樹先輩は、きっと發知先輩に幸せになって欲しいと思いますよ。苦しんで欲しくないと、自分のことで傷ついて欲しくないと願ってるはずです」

「そういう奴だよな……夏樹。

だからこそ、俺は好きになったんだよ……」

 また泣いてしまう。

 でも今は泣いて思い出に浸っていたい。

 誰かに感情を吐露するのが久しぶりすぎて、このまま身を委ねていたいんだーー。


 毅はひとしきり泣いた後、バツが悪そうに顔を背けた。

 顔が少し赤いから照れ隠しであることを揺は見抜いていた。

 やがてどこかすっきりした顔で背を向けて教室を出ていった。


 揺と夏樹は帰り道、日が沈みそうな中並んで歩いている。

「もう泣き止めよ、夏樹先輩……」

「だって、だってえええ」

 毅から貰い泣きしたのか、ずっとえぐえぐと泣いている。

 泣くと足先から力が抜けてバランスが崩れるが、幽霊なので上手く浮いてバランスを取ってるらしい。

「毅君にあんな思いさせてたなんて分からなかったんだよぅぅう」

「夏樹先輩は鈍いもんな」

「鈍くないし!」

「俺、視線ですぐ分かったけど」

「ゆらぐ君がエスパーなんだよ!!」

ーー俺、エスパーでもなんでもないけどな。

ーーでも、この恋はちょっと気になるな。

「發知先輩は告白できずじまいだったけどさ。夏樹先輩、告白されたら返事どうしてたんだ?」

「え、ええ……!?」

 やっと涙が止まったと思ったら湯気が出そうなくらい真っ赤になった。百面相が止まらない。

「た、毅君に告白されたら……!?そんなまさか。いや、片思いって、告白しとけば良かったって言ってたもんね……わわわ」

 両手で顔を覆い、じたじたする。出来損ないのスクワットみたいな動きをしている。

「………付き合えないかも。毅君のことは好きだよ。優しいし面倒見良いし素敵な人だと思うよ。

でも、恋愛の好きって、私はよく分からなくて……。恋するってどんな感覚か分からないから、恋人になるって言ってもどうしたらいいのか分かんない、かなあ……」

「夏樹先輩は難しく考えすぎな気はする。一緒にいて楽しかったり落ち着くのが一番だと思うし。

俺も男女交際よく分からねえけど」

「ううん……」

 もしあったらの可能性を考えておめめぐるぐる。

 もう叶うことは無いが、一度振っても毅は傍に居てくれた気がする。

 そうしたらふたりが付き合う未来はあったかもしれない。

 改めて揺は、そんな未来が閉ざされていることを残念に思った。

 そして恋愛とは何か?の問いには答えを出すことが出来なかった。

「なんにせよ、先輩が思いっきり泣けて良かったと思う」

「そうだよね。毅君、感情を溜め込みがちに思うから……少しでもすっきりしてるといいな」

「夏樹先輩への想いは暫く続きそうだが、少なくとも今日はよく眠れるだろうな」

 夏樹に抱きしめられて、見えることが出来なくても聞くことも出来なくても、なんとなく気配が感じられたようだったから。

 少しでも落ち着ける機会が得られたなら何よりだと思う。


 過去の揺は面倒事を欠片でも感じたら直ぐに逃げていた。厄介事はひとつも関わりたくなかった。たとえそれが心を楽にする事だとしてもだ。

 それなのに、今は夏樹のために積極的に話しかけに行っている。

 揺は自分の中の変化に驚きつつ、それを素直に受け入れた。

ーー夏樹先輩、ホント不思議だよな……。

 俺の事を落ち着かせて、明るくしてくれる。元気を分けてくれる。

 だからこそ分からないのだ。

 誰がどんな動機でこの人を殺したのだろうか?

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