第16話 孤独に差す光

 揺は帰宅して、ベッドに大の字になって身を預けている。

 少し自分がお節介気質になっている気はするが、夏樹曰く『少し面倒見が良いくらい』らしい。となると問題は無いのだろうか。

 夏樹は揺を家まで送り届けた後、少し心配だからと毅の家に向かった。

 自分に思いを寄せており、夏樹自身も友人として好ましい相手だ。早く元気になって欲しいらしい。

ーーホント、生きてたらあの二人今頃付き合ってたかもな。

 仮定の話などしても仕方ないけれど。

 

 少し寛いだ後、飲み物を取りに下の階へと降りた。

 台所で冷蔵庫を開けていると、後ろに母親が立ってる。

「……?ただいま」

 見つかったので一応挨拶はしておく。不仲のままだと夏樹に心配をかけそうだし。

「おかえりなさい。

あの、揺。最近よく部屋で誰かと話してるみたいなんだけど」

「ああ……」

 家の壁が薄いのは悩みどころだ。一軒家なんだけどな。

 母親の瞳が、表情が気味悪がっていることを全く隠さない。だからもう、両親には心を閉ざしている。

「ダチと電話で。煩かったか、悪い」

「一人で話してたら驚くのよ。気味も悪いし」

 友達と電話で通話という口実は曲がりなりにも安心を与えたようだ。僅かに安堵が見られる。

 同時に放たれた気味が悪いという言葉は揺の胸に影を落とす。最も、そんなのいつものことだけど。

「通話しすぎは控えるよ」

「そうしてね」

 コップに水を注いで、早々とリビングから去る。

 両親のいる1階は居心地が悪い。2階が、俺の部屋が唯一落ち着ける場所だ。

 部屋に入って扉を閉めると、冷たい水を飲み干した。ごくりと喉を上下させると冷たさが満ちた。

 今に始まったことじゃない。

ーー霊感が無いやつは楽でいいよな。

 いつも思う。見たくないものが見えないのはなんて楽だろうと思う。見える人の事を否定するだけで受け付けようともしない。そんな生活が出来る人が羨ましくなる。

 幽霊なんて見たくないよ。敏感に知りたくないことに気づきたくないよ。

 もっと鈍感に生きたかった。

 センチメンタルに心の中で叫んだところで誰にも届かない。

 高校を卒業したら家を出ようか。そう思えども、幽霊に対抗する手段が見えなければ死にかねない。

 理解者のほぼいないこの世界で、兄が、兄だけが味方だ。

 いつだって揺の言葉に耳を傾け、幽霊から助けてくれる。

 現在は夏樹もいて、揺は夏樹を味方と認識している。相談すればなんでも親身に聞いてくれるだろう。

 けれど、夏樹はいずれ成仏していく身の上だ。永遠の先輩後輩関係は求められない。

 静かな家にいると、孤独が身に染みる。

ーー兄貴は今日塾か。早く帰って来ねえかな……

 いつまでも兄に依存するだけでは何も成長できないことくらい、分かっているのに。


 夏樹はその日は毅の家に泊まった。

 邪魔にならないように部屋の端で眠る。

 毅が落ち着くことを見届けていきたかった。幸いにして毅は落ち着いた様子で長く眠っていた。

ーーもう見守らなくても大丈夫だね。

ーー幸せになってね、毅君。

 早朝、眠り続ける毅の顔を覗き込むと、柔らかく微笑んで夏樹は毅のアパートを後にした。

 揺の家に戻ろう。歩いていると、私服姿の人が多いことに気づく。

ーーあ、今日は土曜か。

ーー少し人が多いね。

 目覚めてから学校に行って犯人探しをしたり、関わりのある人を見守っていたから慣れない感覚だ。曜日の感覚が無くなる。

ーー今日は遊ぼうかな?

 揺は引きこもりだと言うし家だろう。

ーー一応誘おっか。行かないって言われたら一人で行こう。

 方針は決まった。あとは声をかけるだけだ。


「いいぞ」

「えっ」

『一緒に外に行って遊ばない?』という誘いの結果はまさかのOKだった。誘っておきながら想定外の事態に目をぱちくりさせる。

「なんか意外……家で過ごすのかと思った」

「まあ……たまにはいいかなって……」

 昨日独りで眠るうちになんか虚しくなったのだ。

 今日は兄も気分転換に友達と遊ぶと家を出ている。

 誘いを蹴って一人でごろごろ寝転がって過ごしてもどんどん気分が塞ぐ気がした。

 この騒がしい先輩と一緒に気分転換も悪くない。

「でも疲れるから遠出は出来ないぞ」

「近くの商業施設でいいよ!えー、どこ行こっかなー。

お洋服見たいな。映画館も行きたいな」

 想像しながら楽しくなったようで、顔に両手を当てながらうきうきとしている。

 霊力を研ぎ澄ませると、ぼふんっと砂煙。セーラー服から私服へと変化した。

「凄い!着替えられたー!」

「おお、良かったじゃねえか」

 茶色のハイネックにカーキ色のミニワンピ。薄い橙色のズボン。髪もひとつに編み込みヘアになっているし、ほんのり化粧もできている。

 夏樹は鏡の前で大はしゃぎだ。

「じゃ、支度してくるからどこ行きたいか考えておけよな」

「はーい」

 にこにこと笑って部屋を出て行った。

 エスコートをする気皆無。しかし夏樹も好きなところに行きたい気分だったので丁度良かった。

ーー良かったあ。

ーーゆらぐ君、元気なかったし、少しでも元気出るといいな。

 相手は思春期男子、沢山の悩みを抱えるお年頃だ。

 思いっきり遊ぶことで少しでも気分が晴れるといいな。


 やがて支度を終えて出てきた揺を笑顔で迎えると、ふたりは並んで家を出た。

 目的地は一番近い大きな商業施設。

 今日は思いっきり遊ぼう。

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