第17話 お出掛け

 夏樹は揺と並んで歩く。

ーー街にお出掛けだ、お出掛けだ。

ーー久しぶりだーっ!

 更にお洒落して、モスグリーン色のコートを着た。

 自分の記憶にある頃より寒くなり、秋も深くなっている。道端に赤い紅葉を見つけてはしゃいだ。

ーー視点が変わればこんなにはしゃげるもんなのか。

 揺は感心してしまう。秋の植物や景色など背景として気にも止めていなかった。

 命を奪われてもなお、綺麗な風景にはしゃげる夏樹が少し羨ましい。自分なら一瞬でも悪霊になってしまいそうだ。

「行くコースは決まったか?」

「ええとねええとね、近くの公園のパワースポットから!」

「パワー、スポット……?」

「縁起がいい場所ってことだよ!パワーを貰えるかも!」

 嘘くさいなあなんて思いつつも付き合うことにした。

 公園なら変なものも多くないだろう多分。

 広い公園で、噴水がある。

 夏樹は噴水の上に浮かんであぐらをかいたり、浮いてきゃっきゃと楽しんでいた。その後はパワーが貰える場所なる所へ連れていかれる。

「おお……」

 公園の裏には木が多い場所があった。長閑で、少し違う世界に来たような錯覚さえ覚えてしまう。そんな清々しくも見惚れる自然がそこにあった。

「この木だよ、御神木!」

「御神木か」

 人は古より木を祀る文化がある。御神木と祀られ、近くに看板が立っている。いろいろと逸話があるらしいが、肝心の木は、かなり古く、うねうねと曲がりくねっている。背も高く堂々とした立ち姿で貫禄がある。なるほど、御神木と言うに相応しい。

 夏樹はうきうきしながら御神木に手を翳し、パワーを貰える想像をしている。

ーー御神木にパワーを貰う幽霊ってシュールだな……

 それとも神は種族問わず、心が広いのだろうか。

 夏樹を倣って、御神木に手を翳した後、お参りをする。

 揺は特に夏樹に変化を感じなかったが、夏樹は満足したように頷いて、足取り軽やかだ。

 よく分からないが、楽しそうなら良かったと思う揺だ。

「次は映画だよ!」

 きゅぴぴぴーん!と効果音が鳴りそうな表情で無駄に決めポーズ。

 この先輩ウキウキだな…と思いながらも付き合う揺。

 幽霊になっても明るいのは純粋に才能だと思う。

「何が見たいとかあるか?」

「それが私、今何やってるか分からないんだよねー。前に映画館行った時は夏休みだったから、映画前の広告のやつはもう終わってるし」

「ジャンル言ってもらったら適当な奴探すぞ。映画館ではこんな感じに話せないしな」

「あっ、そうだよね!

やっぱりコメディ見たいな。楽しく笑えるやつ!

ミステリーも捨て難いんだけどね」

「俺もミステリー好き。どんでん返しとか伏線とか最高だよな。

でも今日はコメディの気分かな…」

 思いっきり笑いたい気分なのだ。昨日の憂鬱気分を引きずってしまっている。

「あとは映画館行って決める?コメディかミステリーでピンと来たやつ選んでいいよ」

「分かった」

 予め打ち合わせしておくといざと言う時怖くない。

 しかし、自分が見えるのが当たり前の人が、周りの人からは全く見えていないというのはやりにくい話だと常々思う。

 映画館に着いて、映画のポスターを見て、スマホで検索をかけて候補を絞り込む。

 若く演技実力派の俳優を揃えた、未来から自分の血を繋いだと名乗る高校生の女性が尋ねてくるラブコメに決定すると、チケットを購入し、ポップコーンとカルピスも購入した。

 どうしても時折隣にいる夏樹に視線が行ってしまうので、意識して普通の人を装った。ポップコーンとかついつい大きなサイズを選びそうになったし。高校生男子なので大きなサイズを買っても別に怪しまれないが、ジュース2本はまずい。

ーー映画とか久しぶりだな。

 過去に映画館で映画を見たのはいつだっただろう。もう懐かしい思い出だ。

「あ、始まる…!」

 ひそひそ。指定席を選ぶ時に隣が空席だった。運良く映画が始まってからも空席だったのでそこに夏樹が座っている。

 次シーズンの映画の広告を見終えた後、映画の内容に集中してーー


「面白かったねー!」

「ああ。まさかのラストだったよな。ちょっとミステリー要素もあったし」

「ドタバタ展開流石だよね!ツッコミもキレッキレで見てて楽しかったし!」

「そうだな」

 何かに集中することは良い事だ。面白い映画に当たり、何度も肩がぷるぷると揺れたしお腹も痛かった。夏樹も何度も笑いを堪えていたし。

 少し気分が晴れた気がする。

揺はスマホを耳に当てて、電話している振りをしながら夏樹と会話する。もともと空いている映画館だが、中にいる客も此方を気にしていない。

 次は洋服屋に行きたいと言うので、そのままされるがままだ。

ーー夏樹先輩、洋服見ても買えないけど……

ーー霊力で着替えられるようになったから、インスピレーションが欲しいのかもな。

 これ、という洋服があったらその場で着替えられる。とても便利である。

 洋服店をナビしてくれているので、そのまま着いて行っている。

ーー楽しいな楽しいな。

ーー受験中だったから息抜きもそんなに出来てなかったし……。思いっきり遊ぶぞー!

 夏樹は人に見えないのを良い事にはしゃぎまくりである。映画も当然幽霊特典で無料で見ているし。また行きたい所存だ。今度はミステリーがいいな。

 その時、視線を感じた。

 まるで突き刺すような、禍々しい視線が、此方を真っ直ぐと貫いてくるーー!!

 ゾワリ、と夏樹の背筋が凍った。がばっとその場で振り向く。

 人がちらほらと居たけれど、誰のものなのかまるで分からない……。

ーー気の所為?いや違う……

ーー私、あの感じ知ってる……

「夏樹先輩……なんか今」

「うん。なんか視線と……殺気を感じたよ」

 なんか嫌な感覚だ。夏樹は両手で身を抱きしめている。

「誰か全く分かんねえな……」

「ゆらぐ君。私、あの視線浴びたことあるよ……。いつのか全然思い出せないんだけど」

「!そっか……」

 鼓動が跳ねる。

 もしかしたら、もしかしたらーー夏樹を殺した犯人なのかもしれない。

 幽霊である夏樹は普通の人には見えないはずだ。

 犯人が揺を狙っているのか、幽霊である夏樹が見えているのか……。それは分からない。

 夏樹と揺は何度も顔を見合せ頷くと、やがて人通りの多い方へ歩いていく。

 予定通り洋服屋に行こう。

 何かアクションを起こしてきたら返り討ちにしてやる。

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