第6話 実家

 日が沈んでから夏樹は家に辿り着いた。

 生前は電車通学だった。一応タイミングを合わせれば電車に乗ることは可能である。

 一度失敗して乗り損ねたが無事に合法無賃乗車をすると、家に帰ることが出来た。

ーーまた学校に行く時やゆらぐ君に会いに行く時は電車乗らなきゃなあ。

ーー混雑時を避けた方が乗りやすいから、朝のラッシュ時を避けて乗ろう。

 玄関を見据えた後、すり抜ける。

 すり抜ける感触がなんとも慣れないが仕方ない。充実した幽霊ライフのためだ、頑張れ。


「ただいまー」

 誰にも聞こえるはずがないけど一応声をあげる。

 分かっていたが返ってくるおかえりはない。

 仕方ない。見えていないし聞こえていないから。

 けれど、いつも両親や妹が返してくれた挨拶が少し恋しい。

ーーもう帰ってるのかな?

ーー今の時間だとお父さん仕事で、お母さんと真菜がいるはず。

 きょろきょろと母と妹を探す。

 母は台所で夕ご飯を作り始めたところのようだ。真菜は部屋でだらだらと過ごしているらしい。

 いつもの光景。でももう戻らない日常。

ーーそっかあ。私、迎えるはずだった日々を奪われたんだなあ……

 悲しみが満ちるが、恨みつらみで悪霊になる気は皆無だ。正しい幽霊を目指そう。転生ができるなら目指したい。

 やがて父が帰宅し、家族は揃って食事をとる。

 夏樹の席は空席だ。でも今日は夏樹は自分の席に座った。

 自分のご飯は無いけど、誰も見えてないし会話にも混ざれないけど、この家族の一員に戻れた気がして嬉しかった。

 会話を聞いてると、妹がバスケットボールの大会に出て、チームで地区大会優勝したらしい。おめでとう!

 母は最近もともと患っていた肩こりが悪化したらしい。お大事にして欲しい。

 父方の祖母が認知症になりかかってるらしい。介護が大変そうだ。

 時に頷きながら話を聞いている。

ーー皆、元気そうでよかった。

 家族は夏樹のいない生活に慣れつつある。

 けれど、どこか変な間がある。まだ娘が、姉が亡くなったところから抜け出せていない気がする。

 張本人ですら抜け出せていないのだ……。


 夕飯を終えて、それぞれ思い思いに過ごし始める。

 そのタイミングで夏樹は自室に入った。


ーーおお。

 私物はほぼ部屋の中に入れられており、軽く整頓がされている。

 しかし、本格的な遺品整理はまだのようだ。

 私物を全部共有スペースから取り除き、普段の片付けをした感じに収まっている。

 夏樹だけの空間。

 まるでここだけ時間が止まったようだ。

 夏樹は、セーラー服のままベッドにダイブした。着替えられないので仕方ない。

 もしかして、イメージすれば着替えられるのだろうか。頑張ってみたが出来なかった。訓練してみよう。

「ああ……」

 部屋の配置も自分を囲んでいる私物も、ベッドから見える光景すらいつものもの。

 けれど懐かしさすら感じる。

 もうひと月経ってしまったのだ。

 勉強机の上に手紙が纏められていた。1個1個宛名を確認して、事件の手がかりになりそうなものは何も無いことが分かった。

ーー事件に関しては収穫無しだけど……

ーーでも一度家に帰れて良かったな。

 生きて生活している家族の顔が見られただけで嬉しい。

 充実感を覚えながらベッドに横になり、やがて目を閉じた。


 いつの間にか眠っていたらしい。

 身を起こせば、枕元の目覚まし時計は午後23時を指していた。

ーー数日家でだらだらしてたい気持ちあるなー

ーーでも何も触れられないから、することないんだよね。

 やはり実家はとても落ち着く。

 生前の生活を噛み締めたかったから、部屋を出た。

 リビング、台所、別の部屋にクローゼット部屋、客室。

 ゆっくりと歩きながら、自分がこの家の子供であることを実感していると、仏壇が目に入った。

 真新しい写真がある。笑顔の自分の写真だ。

 その傍に夏樹の大好物のクッキーがお供え物として置かれている。

「……………。」

 こうして家族は自分を悼んでくれているのか。

「ありがとう……」

 手を合わせてお祈りをする。

ーー早く私を殺した相手が見つかり、謎が解けますように。

ーーお父さん、お母さん、真菜は長生きしてね。

 お祈りしていると、聴覚が足音を捉えた。

 母親がスリッパを脱いで入室してきた。

「お母さん」

 テレビでも見るのかな。本でも読むのかな。

 見守っていると、母親は仏壇の前に座り、線香に火をつけた。そのままお参りをして、夏樹の冥福を祈る。

「お母さん……私ここにいるよ」

 届かない。聞こえていないようだ。

「夏樹………」

「うん」

 返事をするが、どうしても一方通行になってしまう。

 それでも話したい。

「………なんで、死んじゃったの………」

 どうして危ないことしたの。取り返しがつかないのに。

 家族は皆、夏樹は事故死だと思っている。

 古いフェンスに身を預けてしまい、そのまま落下した不幸な事故だと。

「ごめんね……死んじゃってごめんね……」

 はたりと涙を流す母につられ、夏樹もぼろぼろと涙を零した。

「分からないの……私にも、分からないよ……」

 誰が私を突き落としたのか分からない。

 どうして死ぬ羽目になったのか分からない。


「きっと、見つけてみせるからね……」

 相手を見つけて理由を知る。

 犯人をどうしようなんてまだ思い浮かばないけど。

 両親に恥じない振る舞いをするから、誇り高くあってみせるから。

 だから、安全なところで私の健闘を祈っていて。

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