第7話 変化

――夏樹先輩、姿見せねえな。

 昨日は屋上に行って実家に帰ったはずだ。

 ゆったりと寛いでいるのだろうか。

――その方がいいな。

 悪霊になりたくない幽霊だ。ゆったりと過ごし、本人らしくあってほしいと思う。

 相手は幽霊。人ならざる者。だけど、揺は夏樹の事を放っておけなかった。

 分かっている。厄介事に首を突っ込まない方がいいことくらい痛いくらいに分かっている。

 それでも、揺は夏樹を見捨てる事が出来なかったのだ……。


「今回の面談は終わりだ」

「はい」

 今日の放課後は担任による一対一の定期面談だ。

 英語教師の田口航たぐちわたるは人の良さが見えるけど、良く言って面倒見が良い。悪く言ってお節介だ。

「終わり……なんだけど……。その、いつも思う事なんだが、前髪切らないか?目が悪くなるだろ」

 ほら、お節介だ。直ぐあれこれ聞いてくる。

「……前髪を切る気はないです。お守りみたいなものなので」

「お守り……」

 意図は全く分からなかったが、自分なりに決めてやっている事なのは伝わったらしい。

「あと、親しい友人を作らないのもポリシーみたいなものなので」

「エスパー!!?」

 ぎゃー!と分かりやすく慄く担任を見ながら息を吐いた。

「……先生、お節介って言われません?」

「お前、結構ズケズケ言うな……。良く言われるぞ」

「お節介で困った事ってあります?」

「困った事……?」

 何度か瞬きをする。

 自分の知る土居揺という生徒は、あまり積極的に人に関わるタイプではない。

 その彼がお節介について聞いてきた。

 これは彼の分岐点を指すのかもしれない。

 そう考えて、誠実に答えを紡ぐことにした。

「そうだな……。迷惑がられることはあるし、関わった事で面倒が増える事はそりゃある。

けれど、俺はこの性格だから。自分がやると決めたからやってるから貫き通したいんだ。

俺が関わった事で良い方に動くこともあるから、そういう時はやっぱり嬉しいな」

「良い方に動くこともあれば悪い方に動くこともありますよね。怖くないですか?」

「怖い……?」

 田口教諭は自分の心を見つめ直した後。

「怖いとか思う前に動いてるな」

「根っからのお節介ですね。羨ましいです」

「喧嘩売ってんのか」

「いえ、純粋な感想です……」

 前髪が長くて目が見えづらいが、自嘲気味の表情であることは読み取れる。

――これは何かあったな。

 しかし、何があったか分からないので、何て声を掛けて良いのか分からなくて言葉に悩む。

――夏樹先輩の事を放っておけなかった。

――正直巻き込まれる怖さが強い。だから……。

「何かあっても自分の責任に出来る強さが欲しいですよ」

 それは本心からの言葉だった。

「……土居なら持てるさ」

 もう持っているかもしれないし。

 揺の独特の瞳が光を帯びる。

 今がチャンスだ。お人良しの教師が共感してくれているうちに――。


「先生、長谷川夏樹さんって覚えてますか?」

「長谷川?」

 忘れるはずがないと航は頷いた。

「覚えているさ。ひと月前に事故で亡くなった……。

一応英語を持っていたが、明るくハツラツとした生徒だった。あと、成績も優秀だったよ」

「当時どんな感じだったんですか?」

「どうしてそれが知りたいんだ?」

 目の前の生徒は野次馬と程遠い性質のはずだ。

 違和感を感じながら尋ねる。

「最近ちょっかいをかけてくる先輩が、夏樹先輩の死を悼んでるんですよ。

話も聞いてるので、客観的な話も知っておきたくて」

 その先輩は同一人物だけど。

「おお。その先輩とは仲が良いのか?」

「そこそこ……?何故か気に入られてます。

俺もその先輩の事は……そうですね、放っておけない感じですね」

「うんうん。客観的な視点は必要だな。

共感しすぎると引きずられそうになるし」

 影の薄い生徒が、先輩と交流を持って仲良くしようとしていると解釈し、嬉しさを隠せない様子だ。

「そうだな、不幸な事故だったって印象だな。警察の判断も早かった。

フェンスさえ錆びてなければ……。不幸な事故を繰り返したくないって教師が一致団結したな」

「クラスメイトや3年生の先輩はやっぱり凄く悲しまれてましたよね……」

「そうだな。正直見てられなかった。

長谷川は人懐っこくてお茶目で、困っている人がいたら必ず手を差し伸べるような生徒だった。

男女問わず人気があったんだ。

一時期休みがちになった生徒もいたくらいだ」

「へえ……。やっぱり親友とかですかね」

「そうだな」

 高橋佳代子、藤川好美、夕波海南、發知毅。

 ニュースになり報道陣も押し寄せた為、かなりの生徒が少なくとも一度は休んでいるらしいが、特に頻度が高かったと4人の名前を挙げた。

「お前の先輩、この中にいるんじゃないか?」

「内緒です」

「あっ、狡いぞお前」

「まあ……相談してくれている先輩は……出来る範囲で、ですけど支えようと思ってます」

「うん。無理しない範囲でな」

「分かってます。それにしても、本当に警察の判断早かったんですね」

「一応他の可能性も考えて現場を調べたんだろうけどな」

「そうですか。では、そろそろ失礼しますね」

「ああ。気を付けて帰れよ」

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