第8話 地道な調査

「なるほどー。ゆらぐ君先生に聞いてくれたんだ。ありがとね」

「どういたしまして」

 放課後、夏樹と揺は学校の裏庭で落ち合った。

 夏樹は連絡手段を持っていないが、なんか居場所を探り当ててくる。幽霊こわい。

 揺はスマホを左耳に当てている。ひとりで話していると怪しい人認定されるのでカモフラージュだ。

 周りに人がいないことを確認しながら、お互いの情報収集の結果を伝えていく。


「なるほど……。屋上に行って少し記憶が戻ったと」

「本当に少しだけだけどね。外の景色を見る形で端っこにいたら、誰かに背中を強く押されたよ。

 私が背中を向けてた事から、相手は顔見知りだと思ってる。少なくとも不審者とか外部の人間とか初対面は外していいね」

「夏樹先輩、初対面の人間にもフレンドリーだけどな」

「そこだよー。数回話しただけでも気を許しちゃうから、容疑者が絞れなーい。

 あと、フェンスは仮フェンスが取り付けられてたけど、周りのフェンスも錆びて朽ちてたから、もともとが古かったんだろうね。

 細工された形跡もなかったから、フェンスが外れたのは相手にとっても不測の事態だったかもしれないね」

「端にいる相手の背中を強く押した時点で殺意あるけどな」

「ほら、脅すだけのつもりだったかもしれないし!」

「それは可能性としてあるな」

 実家で決意した事は揺には伏せた。

 家には事件に関するものは見当たらなかったと報告する。

「教師陣は事故で見解が一致してる印象だったな。あの日以来、屋上で不幸が起きないように対策が熱心に練られたらしい」

「今は屋上も立ち入り禁止だしね」

「いずれはフェンスも全て新しくなって安全性の高いものになるだろうな」

「私の死は無駄じゃなかったんだねえ」

 しみじみと呟いた。次に活かされるのは純粋にいいことだ。防げる事故死は防ごう。

 続いて、夏樹の死後、クラスメイトは酷く動揺し、大体の生徒が一度は休んでいるという話をした。

 特に休みが多かったと4人の生徒の名前を挙げる。

「皆、受験前にごめんよー;佳代子と好美と毅君とミナミちゃんか。

佳代子と好美は分かるなあ。2人とも私の親友なんだよね。

いきなり親友が死んだって聞かされたら寝込みたくなるよね」

「そうだな」

「毅君はそこそこ話す友達だね。でもそこまでショック受けるほどと思ってなかったけど…。

クラスでも私の机の傍にいる事あったから、悼んでくれてるかも」

「そうなのか」

 机の傍にいるのは普通によく分からない。

 なんだろう、この先輩は人を疑う気持ちが他の人より格段に少ない気がする。

 お休みが多いのは、夏樹を殺してその罪の重さを改めて自覚して動揺したという見立てもある。

「ミナミちゃんはたまに話す感じ。でも話し込んだりすることもない普通のクラスメイト。

女の子何人かでグループになってて、楽しそうな話題をいつもしてるんだよね。でも私が混ざれる類の話はしてなかったから、軽く視界に入れるだけだね。

そっかあ、思うより繊細なのかもしれないね。休みがちになるなんて」

 ほら、人を疑わない。

 揺は肩を落としたい気持ちだ。

「夏樹先輩……。休みがちのクラスメイトの4人をもう少し調べた方がいいと思うぞ」

「うん?」

「その中に夏樹先輩を殺した犯人がいるかもしれない。

何か神経を逆撫でされて勢いで殺してしまったけど日が経って冷静になったら事態の大きさに恐れたってことも有り得るだろ」

「ああ…!それもそうだね……」

 夏樹は腕を組んで、うーんと右側に首を傾けた。改めて名前を挙げられた4人を頭の中で思い浮かべる。

ーー佳代子、好美、毅君にミナミちゃんかあ。

「本当に私を殺した人がその中にいるのかな……」

「それは分かんねえけどな。居ない可能性だってそこそこ高い。

でもクラスメイトだからって容疑者からは外せない」

「そうだよね」

 切ない気持ちになりながら夏樹は頷いた。

 分かっている。状況的に顔見知りの犯行の可能性が高いのだ。

「分かった。数日かけて、4人に張り付いてみるよ。

その間ゆらぐ君を守れないから、その間は目立つ行動しない方がいいかな」

「分かってる。犯人の耳に入れば俺が狙われることも考えられるから。危険な真似は御免だって」

「宜しい」

 夏樹は満足そうに笑顔を見せた。

 協力してくれている可愛い後輩に危害を加えられるのは断固阻止する。


 まず親友の佳代子と好美から調べることにした。

 学校にいるときは近くでふたりの様子を監察する。校舎を出てからは見えないから堂々とついて行って家にお邪魔する。

 着替えなどを極力見ないようにしながら、様子を伺う。

ーーこれ完全に覗き見だよね……

ーーふたりともごめんよぅ。

 心の中で謝って手を合わせた。


 結論から言うと、夏樹からはふたりとも怪しく見えなかった。

 高橋佳代子は、もともと気遣い屋さんだ。

 家ではのびのびとして、息抜きもしながら上手く勉強時間を作っている。まさに受験生の手本のような学生だ。

 志望校もランクを上げたらしく、更に気合いを入れている。

 時折ぷっつりと糸が切れるように手が止まり、集中が切れる。かと思えばぼろぼろと涙を零す。

 耳を澄ませてみたら、出てくる言葉は「夏樹……寂しいよ……」だ。

 触れることは出来ないけど、夏樹は佳代子の頭をそっと撫でるように手を伸ばして動かした。

 個人的に佳代子は容疑者から外して良いと思う。

 寂しいと会いたいと、泣いて悼む親友が犯人だなんてとてもとても思えなかった。

 藤川好美は佳代子とはタイプは違えど、夏樹にとって親友であり、佳代子と好美も仲が良い。

 佳代子と同じように堂々と尾行して覗き見したが、夏樹は好美に深く懺悔した。

 好美は学びたい分野が決まっていて、地元縛りもあるため学校推薦型選抜で受験に挑む。所謂推薦入試だ。

 ラストスパートであるが、勉強する、遊ぶ、とスイッチのオンオフをしっかり切り替えている印象だ。

 大学生の彼氏がいて、彼に勉強を教えてもらったり甘えたりが多かった。

 夏樹が見たことの無い顔も多かった。まるで心の隙間を埋めるように彼に甘え、ゆったりと過ごす。

 不安に駆られていると取れなくもないが、純粋に親友を亡くして拠り所にくっつく事しかできない印象だ。罪が発覚する怯えのようなものを感じない。

 余談だが、夏樹は親友と彼氏のいちゃらぶをたっぷり浴び、更にその先まで……

ーーうわぁぁぁあああ!!

ーー破廉恥なぁぁぁ!!

 慌てて窓をすり抜けて逃げ去って、家の庭に落下した。

ーーごめん好美、ちょっと見た!!

ーー超ごめん!!

 月明かりの下、庭の茂みの中でぽかぽかと自分の頭を叩く。

ーー年頃の男女ってああいうものなのかな!?

ーーゆらぐ君の家に普通に出入りするつもりだけど、彼女とあれこれとかしたいものかな!!?

 そもそも彼女がいない気しかしないが、自分が遠ざけてきた恋愛諸々をいきなり目にしたので衝撃が強くて暴走気味だ。バッドステータス暴走混乱だ。

 その日は逃げるようにその場を後にし、適当なホテルで宿泊客のいない部屋に泊まった。

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