第9話 親友

「ゆらぐ君は、彼女とやることやりたいとかある?」

「いきなり何聞いてんだあんた」

 今日は屋上前の階段で落ち合った。

 既に一晩経ってるのにインパクトが強かった。夏樹はぶるぶると拳を震わせて動揺している。

「いや……私、普通にプライベートにお邪魔してついてるけど、監視されてる気分になってたらどうしようとか。少なくとも好きな人といちゃいちゃは出来ないよねとか……」

「幽霊に見られるのは今更だし、ずっと付きっきりじゃないから平気。

あと、俺に彼女がいるように見えるか……」

「……………見えないけど」

「だろ。気にしなくていいぞ」

 手を軽く振ると、夏樹は少し安心したようだった。

 しかし何だか様子がおかしいし。顔が赤いし、ふるふると震えてるし。

 幽霊は風邪を引かないはずなのだが……。

「夏樹先輩、大丈夫か?」

「えっ、大丈夫だよ!」

「調査は進んでるか?」

「え、ええと………」

 ぼんっと顔を赤くした。もじもじとしている。

「………覗き見って罪悪感凄いね……」

「……………そうだな……」

 そういえばこの先輩、まともな倫理観を持ってる幽霊だった。

ーーこれはきゃっきゃうふふでも見たな……

 察する能力は高い揺である。

ーー少し意地悪するか。

「一部始終覗き見でもしてたか?」

「!! そんなことしないよ!しないってばぁぁ!!」

 わたわたと慌ててぶんぶんと拳を振る。当たっても大丈夫なことが分かるから気が楽だ。

「だろうな。冗談だ」

「ゆらぐ君のいじわるーー!!!」

 ぎゃあぎゃあ。

 ひとしきり騒いだ後、漸く落ち着いてくれたようだ。


「結果だけど、佳代子も好美も私を殺してないと思うよ」

「うんうん。どんな様子だった?」

 夏樹は調べた結果を、ふたりの様子を詳しく話した。

 佳代子は時折涙を流して寂しがってることも。好美は心の拠り所に支えてもらいながら進もうとしていることも。

 ふたりからは罪が暴かれるような恐れは感じなかった。

「なるほど……。自分の家でその様子なら確かに可能性は薄そうだな。

特に高橋先輩は出来るなら協力すら惜しまないかもしれない」

「だよね。私の姿は見えてなかったから、見えることが出来たら私とも話してくれそう」

「霊感のない人間に霊感を与える能力は俺にはないけど…。なにか情報が必要な時は俺から聞いてみるよ」

「はぁい」

「普通に授業受けてくるから。今日はどうしたいとかあるか?」

「今日は少しのんびりしたいな。明日からまた張り付いてみるよ。罪悪感に負けないから!」

 負けた方が人として良心的なのだが、時に人は負けられない戦いがあるのだ。

「分かった。じゃあ放課後に裏庭に集合な」

「了解だよー」


 放課後、花束を持った佳代子はひとりで裏庭にいた。

 視線を上まで、空まで上げると、屋上が見えた。

 あの日親友である夏樹が落下して亡くなった場所だ。

ーー夏樹……。

 夏樹は佳代子にとって一番の親友だった。

 今はそれなりに気遣いを覚え、交流が上手くできているが、実は中学までは友達を作ることが、話すことが下手だった。

 高校生になったらそんな自分を変えたいと、常々そう思っていた。

 高校生デビューを上手く飾ろう。そう思ったものの、いざ教室のドアを開けようと思ったら手が震えた。

 その時、肩がぽんと叩かれる。

「同じクラスだよね?よろしくね!」

「! うん、よろしく…!」

 明るくてお人好しで人懐っこい子が目の前で優しく笑ってくれて、とても励まされた。

 その時に話しかけてくれたのが夏樹だ。それ以来クラスは一緒で、楽しいこともしんどいことも共有出来る親友になった。

 進路で悩んだ時も相談できた。体育祭で優勝して手を取り合って喜んだ。失恋した時は慰めてくれた。夏樹が告白されてわたわたしてたときも相談に乗った。文化祭のクラスの出し物の演劇でトチった時もフォローしてくれた。好美も加えて勉強をしたり喫茶店に行ったりした。

 そんなかけがえの無い親友が、もう、いない。


「………うう……」

 取りこぼしそうになりながら仏花を供える。この近くには他にもいくつもの花束が置かれていた。

 今でも夏樹の死を悲しむ者が沢山いる。勿論自分もだ。

 夏樹が死んだと聞かされた時は何を言われたか全く分からなかった。

 登校しても姿は無い。お通夜と告別式に行っても家に行って焼香をした時も悪い夢の中にいるようだった。

 日を重ねるごとに喪失感が佳代子を襲った。ああ、本当にもう夏樹はいないんだ。

 やがて夏樹のない日々に慣れて、受け入れている自分を恐れた。覚えている人が減れば、忘却されれば夏樹は記憶からもいなくなってしまうのに。

 これからどんどん新しい日々を重ねて忘れてしまうのだろうか。そんなの寂しい。

「忘れたくない……」

「忘れる必要ないと思います、高橋先輩」

「えっ」

 後ろから話しかけられて、弾かれるように振り返った。

 涙で濡れた目を拭い、彼を見る。

 土居揺が立っていた。

「貴方は……」

「土居揺です。土居標の弟です」

「そうなの……」

 佳代子はクラスメイトの弟と名乗る少年を観察した。

 前髪が長く表情が見えないからなんとなく不気味さを感じさせる。

 けれど顔立ちは確かに告げられた名前に似ていると感じた。クラスメイトの弟を邪険にする訳には行かないか。

「……高橋佳代子です」

「高橋先輩。夏樹先輩を忘れたくないなら、忘れる必要はないと思います。思い出を覚えていたいんじゃないですか?」

「そうよ、忘れたくないの。覚えていたい……!

でも無理なの。どんどん会話の記憶が薄れていく…!今だってそう、夏樹の声がもう思い出せないの……!

他のクラスメイトが、友達が夏樹のことを忘れても私だけは覚えていたいのに……!」

 揺は少し視線をさ迷わせた後、考える素振りを見せた。

 佳代子には見えない姿が揺には見えている。

ーー遅いぞ夏樹先輩。

ーー少し待ち合わせ場所勝手に変更したけど。高橋先輩と話すチャンスだったしいいだろ。

 揺の視線の先では夏樹がおろおろとしている。

 よく知るふたりの姿が見えたから駆けつけてみれば、佳代子が酷く動揺しているではないか。

ーーこれ、私のせいだよね。

ーーゆらぐ君はなんだかんだで放っておけない性格だから、佳代子を助けようとしてるんだよねきっと。

 聡い夏樹は揺の意図をちゃんと察する。そして先輩が察してくれることも揺はちゃんと分かっている。

「その気持ちだけで充分だと思います。可能な限り覚えていたらいいんだと思います。きっと高橋先輩の中で夏樹先輩は生きるでしょう。彼女はきっとその気持ちを受け取って、高橋先輩のことを逆に心配するはずです」

「そうね……」

 夏樹はそういう人だ。根が善人でお人好しだ。

 初対面の後輩が声をかけてきてくれたのは、泣き崩れる自分を心配してのことだろうか。大切なことを思い出させてくれた。

 けれど、彼の夏樹への解像度が高いことが気になる。

「土居君は、夏樹と親しかったの?」

「親しいというか付き纏われているというか……。良くしてもらってます」

「そう。そうね、夏樹は人懐っこいもの」

 現在進行形なのがなんとなく気になるが、彼も夏樹のことを忘れていないのだと解釈した。

「少し気持ちは楽になりましたか?」

「ちょっと。ありがとう。

まだ夏樹が死んだ喪失感から戻れてないけど……」

ーーなるほど。

ーー賭けをするか。


「先輩。仮定の話をしてもいいですか?」

「仮定の話?」

「もし夏樹先輩が幽霊として存在していて、俺がそれを見えていたとしたらの話です」

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