第10話 嘘のない仮定の話
「夏樹が幽霊になってて、土居君がそれが見えてたとしたら……?」
「空想話です。もしこうだったら的な」
「………??」
その例え話に何の意味があるのだろう。
ただ、目の前の彼に悪意は全く感じない。逆だ。夏樹と似たものを感じるのだ。
「そうね……幽霊だとしても夏樹には会いたいわ。ちゃんと話をしたい」
「うんうん」
「いなくなって寂しいって。戻ってきてって伝えたい」
涙ぐむ佳代子に、夏樹の胸が締め付けられる。
「佳代子!!聞こえてるよ、伝わってるよ!!」
でも霊感のない佳代子には伝わらない。なんともどかしいことか。
「そして、できる限り忘れないからって伝えたい……」
真っ直ぐな佳代子の思いを受け取った。
夏樹は唇を震わせ、言葉を紡ぐ。
「………佳代子、寂しがらせてごめんね。いきなり死んじゃって本当にごめんなさい」
声に出したのは揺だ。
「………っ!?」
「佳代子が忘れずにいてくれるのとても嬉しいよ。でも辛い時は無理しないでね。手放しても絶対に怒らないから。
ねえ。いつでも一緒にいて進んでいけてたよね。ありがとう。あなたは私の一番の親友だよ」
「………」
揺の代弁を聞いて、ばくばくと佳代子の心臓が跳ねた。するりと汗が流れた。
なんだ、なんだこの異常な解像度は。
自分の知る長谷川夏樹そのものではないか!!
ーーもしかして、この仮定は仮定じゃない……?
ーーでも幽霊が見えるなんてそんなこと……。
そこで佳代子は気づく。
目の前の少年の瞳は、自分を素通りして、少し左後ろを見ているということに。
ばくばくと心音が大きくなる。チラリと視線を左にずらしても人は立っていないけど………。
「夏樹………?」
ーー佳代子!
夏樹は祈るような気持ちで両手を組んだ。
サァァァァ!!
偶然か、はたまた霊力か。夏樹のすぐ後ろの茂みが風で揺れた。
「!! 夏樹!!」
がばっと佳代子が振り返って、夏樹のいる場所を見る。
よく知る親友の姿は見えないけど、意識したらなんとなく気配を感じる。
「夏樹、ここにいてくれたんだね……!」
「佳代子……!気づいてくれてありがとう!!声は聞こえてないよね?姿は見えてないよね?」
夏樹の言葉を通訳しながら、揺は淡々と言葉に出していく。
「それが私には見えてなくて……。幽霊が見えるって話も半信半疑かなあ……」
「仮定の話ですし、他言無用でお願いします」
「あっ、分かりました」
思わず敬語になってしまう。
仮定の話は恐らく保険のようなものだろう。そりゃそうだ、霊感があるなんてかなりの秘密のはずだ。霊感があるなんて言ったら普通の人は遠ざかってしまう。自分も発せられた言葉が夏樹そのものでなければ不審人物と捉えていただろう。
「夏樹……どうして幽霊に?」
「それが私にもよく分かってないんだよね。この世界に残ってるのを意識したのはつい最近だし。気づけばひと月近く経ってたみたい」
「そうなの……」
「ただ、成仏できる様子は無いから、未練があるんだと思う。今はその未練がなくなって成仏できるように活動中だよ。転生もできるならしたいし」
「そうね……」
自分が殺されたと佳代子に言う気はなかった。言えば独自で調査をしかねない。ふたりを守る余裕は無さそうだ。
揺から他言無用と言ってくれたし、口の堅い佳代子なら守るだろう。
「夏樹先輩は未練はあっても悪霊っぽい感じは無いから、まだ大丈夫ですけどね。生きてる人を恨んだりはしてないです」
「そうよね、道連れにする気全くないわよね」
「その気でいるなら俺は高橋先輩に鳩してませんし」
「偉いぞ自慢の後輩君」
「夏樹先輩が俺に付きまとって離さないんでしょうが」
「あー!!それを言う!!?」
佳代子には夏樹の声は聞こえないが、揺が夏樹と会話していることをもう疑っていなかった。
「高橋先輩。いずれ夏樹先輩は成仏していきます」
「そうね……」
後輩の意図を察した。伝えられることは今伝えなければ。
ーー佳代子が、いつまでも私が傍にいるって思うと振り切れないよね……。
ーーそばに居てずっと守ることも出来ないし。
どこまでよく出来た後輩なのだろう。
「夏樹。さっきは想いを伝えてくれてありがとう。
あのね、私にとっても夏樹はとびきりの親友で、一番の親友なの。
出会った時、話しかけてくれて本当に嬉しかった。そこから付き合いが始まったのも嬉しかったよ。夏樹との思い出のひとつひとつが大事だよ。
本当にありがとう」
「私の方こそ、本当にありがとう」
「夏樹が安らかに眠れることを願ってるよ。未練がなにか私には絞れないけど……。生きてたら叶えられること沢山あったもんね。ここにいられる限り、楽しく過ごしてね。
私はいつだって夏樹の味方だから」
「ありがとう、佳代子。大好きだよ!」
ふわりと浮かび上がると、佳代子に抱きついた。
佳代子はぱちくりと瞬きをする。
ーー夏樹……。
いつもの様に、抱きしめてくれた気配がした。
やがて佳代子は揺に向き合った。
「土居君。本当にありがとう……。
土居君は、夏樹の姿が見れて声が聞こえるのよね。
話しかけてくれて、夏樹と話せて本当に良かった」
「こちらこそ、話を信じてくれてありがとうございました。あの、高橋先輩」
「なにかしら?」
「良ければメッセージアプリのIDを交換してくれませんか」
「勿論いいわよ。夏樹が成仏したら教えてね」
ふわりと笑って、連絡先を交換する。
何かの役に立つかもしれないし、何より友達想いのこの先輩に自分が教えられることがあるのなら。
やがて裏庭で別れた。
佳代子は何度も振り返りながら、手をぶんぶん振って去っていった。
すっきりとした晴れやかな表情に変わったことを確認し、夏樹と揺は安堵した。
◆
「本当にありがとう、ゆらぐ君」
帰り道。夕焼けの橙を浴びながら、ふたりは並んで歩いている。
「どういたしまして」
「本当に良く出来た後輩だよねー」
「ようやく分かったか。夏樹先輩がぐいぐい来てたからだけど」
「佳代子の気持ちを楽にしつつ、前に進めるようにしつつ、危険にも巻き込まないようにする。凄いよ。
本当は滅茶苦茶空気読むの上手じゃない?」
「まあ、上手く周りと合わせてフェードアウトしてるから。でも空気読むのしんどいから必要なければやらないぞ。性格これだし」
ーーそういえば、俺は夏樹先輩にはそういうの考えずに本音100%だな。
ーーそういうの上手く解してくれるのかもな。
ーーあと、出来ないことは出来ないと言った方がいいタイプだ。
「お陰で佳代子に伝えたいこと伝えられたよ。とても大事な親友なの。
佳代子が前を向けるようになるためにも、未練解消を目指さなきゃ」
「あまり気負いすぎないようにな。記憶もない中で手がかりを手探りで探してるようなものだし」
「どうして私は死んだ時の記憶が無いんだろね?」
「さあ、幽霊の記憶のメカニズムは分からねえからな。人として考えるなら、一般的に大きなショックを受けた時や、思い出したくないくらい嫌なものを忘れるって言うよな」
「どっちにも当てはまるね……」
それはもうこの上ないくらいの衝撃な気がする。
「これも一般論だが、同じ状況になった時や、リラックスしてる時にふっと思い出すとか言うよな」
「屋上にはもう行ってみたけど、欠片しか思い出さなかったんだよね。幽霊の私がまた殺されるような状況にならない気がするし、リラックス出来る時間を作った方がいいね」
「そうだな」
揺の家に着いた。
鍵を開けて、ふたりは家の中に入った。
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